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19 セントラルマーケット

 

 闇の中にいた。

 上も下も、右も左もわからないその中で、ただぼんやりと揺蕩う。


 何も感じない。いや、本当にそうだろうか? はっきりとした形があるのかどうかもわからない、ぼんやりとした自分という存在の中には、一かけらの情すらありはしないのだろうか?


 違う。欲しい。あれが欲しい。欲しい。知りたい。触れたい。欲しい。なんで欲しい?


 だってあれは、こんな闇の中でもあんなに眩しく輝いて――。




「……」


 エマはぱちりと目を覚まし、白く高い天井を見上げた。


 不思議な気分だった。起きた直後の眠気は微塵もなく、昨日も目にした時計塔の客室だというのに、まるで自分だけが外界と切り離されたようなもの悲しさを感じる。

 それによく覚えていないが、何か大事なことがあったような気がする。そして、何か大事な事を忘れているような――。


 エマの意識が思考に飲まれようとした時、部屋のドアがノックされた。


「エマ様、アイラです。もう起きてますか?」


「うん。えっと、今起きたところ」


「朝食の準備ができたので、呼びにきました」


 もうそんな時間かとエマがメニュー画面から時刻を確認すると、八時を少し過ぎたところだった。

 エマはすぐに行くと答え、下着姿のまま用を足して髪を整えると、白いブラウスと黒のキュロットパンツに着替えて外に出る。

 律儀に待っていたアイラはエマを一目見るや呆けたように静止し、それから笑顔でその慎ましくも清楚で可憐な姿を褒めた。


「エマ様、とっても似合ってます! いつもの服装と違ったので、ちょっと驚いちゃいました」


「レオナが用意した服なんだ。あんまり女性っぽい服装は好きじゃないんだけど、今日は市場を回る予定だからね」


 マギノリアを出発する直前、城の侍女レオナはエマに数日分の着替えを持たせていた。その中身はいずれも女性用であり、元々男であるエマの好みではない上にダンジョンに行くにはどう考えても不適切ということで、今まで着ていなかったのである。

 だが今日はこのベルクローデンを存分に観光する予定だ。その上で無視できないのがエマの認知度だった。

 自分が本になっているというだけでも恥ずかしくて転げ回りたいほどなのに、マルグリット曰くこれが大ヒットして、今では漫画本すら発刊されているという。

 セシアが外出時に用いる認識阻害魔法はエマも使えるが、純粋な術士ではないエマではどこまで効果があるのか、確かめることは未だにできていない。万が一にもマギノリアの時のように注目されて人だかりでもできようものなら、ゆっくり観光を楽しむことなど不可能だろう。


 よって普段とは違う服装にしたのだ。決して自分の趣味ではない。そう内心で誰に対するでもない言い訳をしつつ、エマはアイラと連れ立ってリビングへと足を運ぶ。


「あ、来た来た。おはようエマさん。よく眠れたみたいね」


 キッチンで調理中のマルグリットが顔を上げ、笑顔で朝の挨拶を投げかけてくる。その横で大皿にサラダを盛り付けていたミーナとスープの味見をしていたリゼル、そして出来上がった料理をせっせと運んでいたミーアがその声に反応してエマに気付く。

 彼らはエマの格好を見て先ほどのアイラのように一瞬呆けたが、すぐに気を取り直すとはつらつとした様子で元気に挨拶を交わした。


「おはようマルさん。セシアはまだ寝てるのかい?」


「そうなの。普段は毎日夜遅くまで色々やってるから、朝はいつも遅いのよ。もう少ししたら起きてくると思うから、それまで寝かせておいてあげて」


 なるほど、それで朝はいつもマルさんが用意しているのかと、エマはマルグリットの料理技術が向上した理由に納得しながら、自身も調理に加わる。


「リゼル、手伝うよ」


「ありがとうエマさん。何か甘いものでも作ろうと思うんだが、頼んでもいいか?」


「うん。任せといて」


 快諾するエマだが、そこでミーアから抗議の声が上がる。


「ちょっとリゼル! なんでエマとミーナは調理に参加できて、私だけ仲間外れなのよ!」


 猫耳をぴんと立てて憤慨するミーアに、リゼルは冷静そのものといった様子でばっさりと斬り捨てる。


「文句は一人前に料理できるようになってから言え。まともに作れもしないうちから隠し味がどうこうとあれこれ入れようとするヤツを信用できると思うか? エマさんは話を聞くに料理に自信がありそうだし、それに見てみろ、この手際の良さを。疑いようもないだろ」


 手早く冷蔵庫から卵や牛乳などの材料を取り出しかき混ぜ始めたエマ。その手つきは熟練の技を感じさせるものであり、ぐうの音もでないミーアは悔しそうに「ぐぬぬ……!」と唸ると観念して再び皿を運び始めた。


 ほどなくしてすべての料理が完成し、不機嫌から早々に帰ってきたミーアはアイラの手伝いも加わり、怒濤の速さで皿を運んでいく。両手と頭に皿を乗せ、それらをまったく揺らすことのないその動きは軽業師のようであった。曰く、昔から足の速さと手先の器用さ、そしてバランス感覚には自信があるらしい。


 その頃には目覚めたセシアも合流し、全員でテーブルを囲んで朝食が始まる。献立はマルグリットの焼いた食欲を誘う香ばしい香りの漂うベーコンエッグに、ミーナ手製の彩り豊かなサラダに加え、リゼルこだわりの魚介スープと、食後のデザートとしてエマが焼き上げたフレンチトーストである。

 それぞれの料理に舌鼓を打ち、時折楽しげに会話を交わしながら、朝食の時間は和やかに過ぎていくのだった。




 食後、マギノリア特産のハーブティーで休憩を挟んでから、エマとアイラは街へと繰り出した。セシアは市長や作家、社長としての数多の業務に追われ、マルグリットはその補佐。獣人三人はさっそくエマに受けた指導を活かさんと、買い物や特訓のために別行動である。


 この街に来てから初となる二人きりの外出。空には雲一つない晴天がどこまでも広がり、爽やかなそよ風と暖かな陽光が気持ちいい。贈り物の黄仙華の髪飾りをきらりと光らせつつ、アイラは弾むような声で、隣を歩く少女スタイルのエマに話しかける。


「いい天気ですねエマ様! どこに行きましょうか?」


「とりあえず、商業区にセントラルマーケットっていう市場があるらしいから、そこに行ってみようか。ちょっと歩くけど、馬車を呼ぼうか?」


 寄り道なしでも商業区までは歩いて二十分ほどかかる。そのため、ベルクローデンでは区画間を移動するために馬車がそこかしこの車道を走っていた。エマは利用を提案するが、アイラは首を横に振った。


「いえ、大丈夫です。お散歩しながら、色んなお店を見て回りたいと思います!」


 熱く意気込みを語るアイラに、エマは微笑んで頷き、二人は商業区に向かって歩き出す。


 カジノ区はエマの予想通りその本分は夜のようで、朝の日が昇る時間帯である現在は開いている店もまばらで、人の数もさほど多くはなかった。

 この区画はここで働く従業員の居住区も兼ねているようで、目に映る人々はタキシードの男性や、華やかな衣装を着た見目麗しい女性が多いようだ。彼ら彼女らは仲良く歩く二人の美少女を目にしてはにこやかに手を振り、愛らしい少女の花が咲くような笑みと、もう一人の少女の可愛らしくも凜々しさを含んだ微笑みにやられて悶える事になるのだった。


 カジノ区を抜けた二人は、レジャー区を歩いていく。

 カジノ区にある、いわゆる大人の遊びを除き、あらゆる遊びを詰め込んだようなレジャー区には子供の姿が最も多く、あちこちからはしゃぐ声と走り回る音、そしてそれを制止する親達の困ったような、しかし幸せを噛みしめるような温かさを含んだ声が聞こえてくる。そんな中を歩きながら、二人はあの遊具はどうやって遊ぶのか、公園らしき場所で行われているあれはどんなスポーツだろうかと、楽しそうに予想を語り合う。


 一人では長く感じるかもしれない時間も、誰かと話しながらではあっという間に過ぎていくものだ。気付けば二人は目的地である商業区に到着しており、セシアに教わったセントラルマーケットを目指して歩き続ける。

 それから五分ほど歩き、二人は目的地にたどり着いた。

 白いテントが立ち並び、その下では世界各地の食材が並べられ、あちこちでそれらを買い付けにきた商人と店主達の景気のいい声が飛び交い、マーケット全体が活気で満ち満ちている。


「エマ様、すごいですね! 見たこともない食べ物がいっぱい並んでます!」


「うん、これはすごいね! 何から見ようかな……」


 きょろきょろと視線を彷徨わせたエマはとある店に目を留めると、迷いのない足取りでそこへ向かう。

 そこは見たところ香辛料を取り扱う店のようで、軒先では恰幅のいい店主が人好きのする笑みを浮かべて呼び込みを行っていた。


「もしもしご店主。少し見ていってもいいかな?」


「もちろんだ! お嬢ちゃん、お使いか何かかい?」


「いや、個人的な興味さ。料理が趣味なものでね。調味料の中でもスパイスは特に組み合わせがいくつもあって奥が深いから、見かけないものがあるとつい気になるんだ」


「おっ、嬢ちゃんわかってるな! ウチは品揃えならどこにも負けないつもりだから、気の済むまで見てってくれ!」


 そしてエマは陳列された香辛料を指差しては質問し、店主は嫌な顔一つせず律儀に答えていく。

 そんな問答を何度か繰り返してから、エマは数種類の香辛料を購入した。


「ありがとうご店主。おかげさまでいい買い物ができたよ」


「嬢ちゃんこそなかなかの目利きで、説明のしがいがあって楽しかったぜ! また買いにきてくれよな!」


 スパイスにこだわりを持つ者同士、何か通じ合うものがあったのだろう。エマと店主はまるで死線をくぐり抜けた戦友のようにどこかやり遂げたような顔でがっちりと握手を交わし、笑顔で別れた。


「ごめんねアイラ。置いてけぼりにしちゃって」


「いえ、私も勉強になりました! スパイスってあんなに奥が深いものだったんですね!」


 アイラもエマに倣って真面目に店主の話を聞いて、単なる味付けにとどまらず、肉を柔らかくしたり臭みを消すなど様々な効果を持つ香辛料の奥深さに感銘を受けたようだ。「それならよかった」と安堵の息をついたエマは、アイラを伴い上機嫌で市場を回っていく。


「……ん?」


 ふと、店の一角でエマが足を止める。また興味を引くものでもあったのかとアイラが見ると、十歳くらいの少年が浮かない顔で椅子に座って何かを売っていた。


「君、ちょっといいかな。ここは何を売っているのかな?」


 微笑んでエマが聞くと、俯いていた少年ははっとして顔を上げ、目の前で微笑む少女に気付くと慌てて声を上げた。


「い、いらっしゃいませ! えっと、ここはその、石を、売ってるお店です……」


 喋るにつれて少年の勢いはどんどん落ちていき、最後には消え入りそうになる。


「石? 普通の石かい?」


「は、はい。近くの川で見つけて、キレイだと思ったので」


「ふうん……」


 少年の答えにエマは何事か思案するように手を顎にあてる。


「わあ、どれもきらきら光って、とってもキレイですね」


 並べられた石を一目見たアイラがそう言うとなぜかエマが驚いた顔でアイラを見て、それから声を抑えて笑い出した。


「ふふっ、なるほど。確かに、これとか一見ただの石に見えるけど、よく見ると赤く光って綺麗だね」


 そしてエマは石を一つ手に取り、懐から革袋を取り出すと、中から金貨を五枚抜き取って少年に手渡し言った。


「じゃあ君、これを売ってくれるかな? それと、もしよければどこかで話さないかい?」

 自分、いくつかある好物の中に焼き芋があるのですが、品種によって甘さや食感にかなりの差があるということを先日初めて実感しました。

 普段は紅あずまという品種を食べているのですが、縁あって他の名も知らぬ焼き芋を食べてみたところ、失礼ながらかなりの頻度で繊維が歯に引っかかり、甘さも比較的ひかえめで、あまり美味しく感じることができなかったという次第です。

 ちなみに芋を食べるとおならが出るというのは、食物繊維が分解される際にガスが発生するからだそうです。肉をたくさん食べた時と違って、あまり臭わないそうですね。


 ぜんぜん話が変わりますが、5000PV超えました。感想もいただき、感謝感謝でございます。

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