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17 戦術指南

 攻撃圏内まで接近したリゼルが右の拳を打ち出す。武闘家の特徴は攻撃を受け止めるのではなく回避や受け流しによって無力化することと、近距離での怒濤のラッシュによる手数の多さにある。

 よって対処法としては、近づかれる前に遠距離攻撃などで倒してしまうのが最もメジャーなのだが、エマはそんなことは知らぬとばかりに悠々と接近を許した。

 空を裂いて迫る拳にエマは右手を突き出し、易々と受け止める。ゴブリン程度なら纏った闘気によって受けることなどできず吹き飛ばされる威力だったが、目前の少女は小揺るぎもしなかった。


(手応えがない――いや、なさすぎる! 何が――)


 闘気とは生物の闘争心が物理的な力を持ったものである。それには強度が存在し、闘気を纏ったもの同士が衝突した場合、剣で言うところのつばぜり合いのような状態となり、最終的により強い方が勝つ。

 リゼルは先のエマとゴールデンキングクラブの戦いで、エマが闘術を扱うことを知っている。そのため自分の攻撃が受け止められることも考えていたが、目の前の現象は想定の上を行っていた。まるで風に揺られるのれんでも殴りつけたように、何の手応えも返ってこなかったのである。


 違和感とともに嫌な予感がしたリゼルはすぐにその場から飛び退く。それを見て、エマはその感の鋭さに感嘆する。


「へえ、いいカンしてるね。上手く隠したと思ったんだけど、さすがはBランク冒険者だ」


 そして見せつけるように右手のひらを前に出す。そこには何かの術式が描かれた紙が貼ってあった。


「『吸撃の護符』っていうアイテムだよ。一度だけ衝撃を吸収して跳ね返すことができるんだけど、跳ね返す前に逃げられちゃったから、もう効力切れ。カウンターを狙ってたけど、失敗だね」


 そう言って笑うエマの足下に魔方陣が浮かんだかと思うと、そこから魔力の鎖が飛び出し、足首を縛り付ける。


(この鎖はミーナの【魔術"マジックバインド"】か。で、足を止めたところを――)


 リゼルに代わってエマの目前にミーアが迫る。エマは平然とそれを見据え、鎖を軽く引きちぎった。


「ええっ!?」


「はあっ!」


 後方からミーナが驚愕する声が聞こえたが、ミーアは意に介さず、気迫を込めてナイフを振るう。刃が付いていないとはいえ当然のように闘気の乗った、まともに当たれば怪我は免れないその一撃を、エマは刀身を優しくつまんで受け流す。


「なっ!?」


 そんな躱され方など今まで一度も経験した事のないミーアはそれに驚き、一瞬硬直してしまう。エマがその隙を見逃すはずもなく、ミーアの額にデコピンをお見舞いした。


「いったーい!」


 額を押さえてうずくまるミーア。入れ替わりにリゼルが再び距離を詰め、動揺から立ち直ったミーナから魔法が飛んでくる。しばらくして復帰したミーアも加わるが、そんな三人をエマはあの手この手で翻弄し続けるのだった。




「ぜえ、はあ、もうムリ……。降参、こうさーん!」


 模擬戦開始から三十分ほど経った頃、ミーアが息も絶え絶えにギブアップを宣言し、同時に獣人三人はその場にへたり込んだ。


「みんなお疲れ様。喉渇いたでしょ。はいどうぞ」


 三人とは対照的に息一つ乱れていないエマはアイテムボックスから瓶入りの特製ミックスジュースを取り出すと、三人に振る舞う。これはとある料理人を自称するフレンドから教えてもらったオリジナルの飲み物で、味覚が存在しなかったゲーム時代はあくまで回復アイテム兼バフアイテムとして、素材をそのまま食すより効果が高かったため重宝していた代物である。

 味の程はマギノリアでの自由時間にベアトリクスから聞いた、『アイテムボックスに入ったものは劣化しない』ということを実証するためにエマ自身も飲んでいるので問題はない。かつて大量に作って消費が追いつかず、盛大に余っていたそれを振る舞ってみたのだが、三人の反応は良好だった。


「ぷはあー! おいしいわねこれ! どこで買ったの?」


「フルーツの酸味と牛乳の甘味が絶妙ですね! これを知ったら、他のジュースでは満足できなくなりそうです!」


「美味いな。心なしか、体の奥から力が湧いて、疲れがとれるような気がするよ」


「それはよかった。これはぼくの友人から教えてもらったものでね。たくさんあるから欲しければあげるよ」


 エマは得意気に言うと、自分も一本取り出して飲み干す。口当たりの優しい牛乳の風味に混ざる、様々な果物の酸味と甘さが舌を楽しませ、エマはその仕上がりに満足そうに口元を綻ばせた。

 ちなみにこのミックスジュースも当然のようにレアな素材がふんだんに使用されており、一本で目が飛び出るような値が付くのだが、それを知る由もない三人は喉が渇いていたこともあり、暢気に一本ずつおかわりをもらうのだった。


「さてと、みんなの戦い方はだいたいわかったよ。リゼルとミーアが前衛で、ミーナが後衛。リゼルが近距離でのインファイトに持ち込んで、隙を突いてミーアが奇襲。ミーナは二人のサポートって感じだね。間違ってたら言ってね」


「いや、その通りだ。いつもこの戦い方だが、ここまで手も足も出なかったのは初めてだよ」


「セシア様が自分と同じくらいの実力って言ってたけど、納得の強さだわ」


「しかも私達はこんなに疲れてるのに、エマさんはまだまだ余裕そうです」


 模擬戦を通じて分析した三人の戦い方について話すエマに三人は頷き、それぞれの感想を述べる。まさに格の違う相手だったと。


「ありがとう。でも三人とも上級冒険者なだけあって、けっこう食らいついてきたね。だから伸び代は十分にあると思うよ。そこについて考察してみよっか」


 エマは三人の称賛を素直に受け止めつつ、自分の考えを話し出す。


「まずリゼルだけど、もしかして近距離用の技しか覚えてないのかな? 一度も距離をおいて攻撃してこなかったよね?」


「ああ、俺が使える技は近距離用の闘術だけだ」


「それだと遠距離が得意な相手が辛いね。二人の援護があるといっても、遠距離への攻撃手段が使えれば牽制にもなるし、相手としてはただ接近させなければいいという訳にはいかなくなるから、効果的だと思うよ。模擬戦で見た技はどれも練度が高くて威力も申し分なかったから、一度接近してしまえばかなりの脅威になると思う」


 リゼルへのアドバイスは、短所の克服。距離を詰めるための補助として自身もよく使う【掌波】を教え、それを鍛えていくことになった。


「ミーアはリゼルの攻撃の合間を縫って奇襲する役目みたいだけど、正直狙いがばればれで対処は難しくなかったね。でも一撃の鋭さは凄かったから、一工夫したらもっと良くなると思うよ」


「わかったわ! もう少し工夫してみるわね!」


 ミーアへのアドバイスは、単に相手の隙を突くだけでなく、道具やフェイントを織り交ぜて読まれにくい戦い方をしてはどうかというもの。これは模擬戦にてエマが実践していたものであり、何を隠そうセシアの得意とする戦法でもある。散々翻弄されたミーアは一も二もなくそれを受け入れた。


「ミーナは一度も攻撃魔法は使わなかったね。誤射が怖いからだと思うけど、それはそれとして、何か攻撃手段は持ってるのかな?」


「えっと、初歩的な攻撃魔法は使えますけど、あんまり自信がないです……」


「時間稼ぎでいいから、ある程度自衛手段があった方がいいと思うよ。相手がいつもみんなの戦い方に付き合ってくれるとは限らないからね。耐久面で劣る後衛を狙うのは定石だし、緊急用の移動手段を用意するのもありかも」


 ミーナへのアドバイスは、自衛の術を身につけてはどうかというもの。ずっと三人で戦ってきたためか、三人はそれぞれの抱える弱点が特に顕著な傾向があった。

 中でもミーナの持つそれは致命的であり、まともに自衛もできないとなれば、このままより高レベルな戦いに身をおいた場合にどうなるかわからない。そう考えた上での提案である。


 エマからアドバイスを受けた三人。その実力が自分達よりも遙か高みにあることは身をもって体験した上に、憧れのセシアも自分と同程度と言っていたことから、エマが世界トップレベルの実力者であることは疑いようもない。

 やる気を漲らせる三人の姿に、かつてひたむきに世界中を駆け回っていた自身の姿を思い出し、エマは人生どうなるかわからないものだと微笑むのだった。




 それからしばらく指導を続けた後、浴衣姿のアイラとマルグリットが全員分のバスタオルと着替えを持ってきたことで、特訓はお開きとなった。最上階へと上がり、脱衣所で服を脱いで浴室へとつながる扉を開くと、そこには一流ホテルもかくやという規模の浴室が広がっていた。


「あっはっは! マルさん、ここいつも二人で使ってるの? どう考えてもこれはやり過ぎでしょ!」


 言葉とは裏腹に、童心に返ったようにはしゃぐエマ。走り回るその姿を微笑ましそうに眺めつつ、マルグリットが言った。


「まあね。でも私もセシアもお風呂大好きだから、自重しないことにしたのよ。何人かゲストも呼んだけど、もれなくお墨付きをいただいたわ」


「マギノリア城の大浴場にも負けないくらい大きいですよね! わたしもこれで三回目です!」


 はしゃぎ回るエマとアイラに対し、ミーアとミーナは入り口で立ち尽くしたまま。二人とも顔を朱に染めており、その理由は二人に挟まれ、だらだらと汗を流すリゼルだった。その顔にはフェイスタオルが巻かれ、目前に広がる乙女達の裸体を覆い隠している。


「ま、待ってくれ。やっぱり俺は客室のシャワーでいいから……!」


 懇願するように言うリゼルの言葉を、マルグリットは笑って却下する。


「だーめ。一人だけ仲間外れなんて寂しいじゃない。二人とも、転ばないようにちゃんと支えてあげてね」


「も、ももも、もちろんですよ! ちゃんとしっかり支えるですますから、心配ないれす!」


「はいです! ミーナは全身全霊でリゼルさんを支えさせていただきます!」


 二人とも羞恥のためか悪戯っぽく笑うマルグリットには気付かず、頭の上の猫耳をぴこぴこと動かしながらおかしなテンションで意味不明なことを捲し立てる。二人の手は逃がさぬとばかりにがっちりとリゼルの両手を掴んでおり、リゼルは鋼鉄の自制心でもって二人の手のすべすべした感触や、手以外に時々当たる、柔らかい何かについて考えないように堪えていた。

 彼がこんなことになっている理由はずばり、主にここを利用するのがセシアとマルグリットであるため、男女で分けるという概念が存在しなかったからである。入る時間をずらす等の方法はあったはずだが、マルグリットによる「仲間外れはよくない」という謎の説得により、混浴の運びとなったのである。


(うふふ、睨んだ通り。やっぱりこの三人はただの幼馴染みって感じじゃないのよねー。あんなに照れちゃってまあ)


 もちろんそれはマルグリットの策略であった。アイラは人並みの羞恥心を持ち合わせているが、純真ゆえに説得が功を奏したことと、今はエマと一緒にはしゃいでいるので問題はない。残りは自分とセシア、エマだが、全員多少裸を見られた程度では動じない。というか内二名は元々男性である。

 現実世界では恋愛漫画にはまっていたマルグリットは、目の前で繰り広げられる甘酸っぱいと言うには少々過激な光景に、柔らかく微笑んだまま内心で黒い笑みを浮かべるのだった。

 誤字報告、ありがとうございます。読み返していても気付かないものだなあ……。


 現在絶賛無職の自分も、新生活に期待を寄せる若者のニュースを見て元気をもらってます。少しずつ前に進んでいけるといいですね。

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