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15 マギテックエンタープライズ

 成り行きで始まったセシア主催の会社見学。セシアはシルクハットからツアーガイドが持つような旗を取り出すと、それを振りながら説明を開始する。


「さあさあ、まずはこの試験場からです。こちらは我が社で開発した試作品の魔道具を実験する場でして、万が一爆発などが起きても無事なように頑丈な素材でできており、なおかつ魔術による強固な結界が張られています。例えるなら王城の金庫レベルですね」


 それはつまり中で大規模魔法が炸裂しても問題はない、という意味に等しい。一見何の変哲もない壁に見えるそれの堅牢さに獣人三人とアイラは舌を巻き、エマはといえばそれならこうすれば破れるかな、などと物騒なことを考えていた。


「試験場はこの第三試験場を含め、社内に三つあります。まあどこも似たような感じですので、案内するのは一カ所だけでよろしいでしょう。次は開発室に行きますよ!」


 意気揚々と歩を進めるセシアについて、一行が次にやってきたのは先ほどもマルグリットに連れられ訪れた開発室。セシアは遠慮なくドアを開けると、中の社員達に挨拶をする。


「どうもみなさん。開発は順調ですか?」


 口々に挨拶が返り、その中から一人の男性社員が走り寄ってきた。黒縁の眼鏡をかけた、三十代半ばのように見えるその男性は期待を滲ませ、弾んだ声でセシアに尋ねる。


「社長、それで実験はどうでした? 例のものは実用できそうな仕上がりでしたでしょうか!?」


「ばっちりですよオーエンさん。あとは一つあたり少なくとも三種類は出せるようにして、かかる魔力コストも抑えられれば完璧です。そこがクリアできたらデザインを整えて、そしたら販売を始めてもいいでしょう」


 興奮した様子の男にセシアは指を立て、何点かの課題を伝えた後でオーケーサインを出す。

 それから彼女は、手に持った何かボタンのついた板状の装置と紙のリストをオーエンと呼ばれた男に渡すと、エマ達を振り返る。


「こちらはこの第二開発室の主任を務めるオーエンさんです。さっき実験していたこの魔道具は彼のアイデアなんですよ」


 自慢気にセシアが胸を張ると、オーエンは照れたように頭をかいた。


「ご紹介に預かりました、第二開発室主任のオーエンです。といっても、主任という肩書きはこの会社においてはあんまり関係ないんですけどね」


「えっ、そうなの? なんで?」


 会社というものがよくわからない獣人三人とアイラは頭上にクエスチョンマークを浮かべていたが、現実世界で業務に従事したことのあるエマは、オーエンの言葉に疑問を投げかける。


「我が社の方針でしてね。新製品を開発する時は全員で話し合って、最終的に作るものが決まった時に、その発案者が主導で開発を進めていくことになっているんですよ。主任はその人が休んだ時などに代わってチームをまとめるのが主な仕事ですね」


「へえー、ずいぶんと画期的な方法を取り入れてるんだね。セシアが考えたの?」


 感心するエマに、セシアは得意気にステッキをくるくると回して答える。


「そうですね。あまり上下関係を作ってしまうと、言いたいことも言えなくなってしまうのではと考えたので。それで万が一にも良いアイデアを逃してしまうと、もったいないですからね」


 まあ企業という概念がなかったこの世界だからこそすんなり受け入れられたところはありますけど、と付け加え、セシアは話を締めくくった。それからぽかんとしている四名に気付き、慌ててフォローを入れる。


「すみません、みなさんには何のことかわかりませんよね。失礼しました!」


「いえ、確かに話はよくわかりませんでしたけど……でも、セシア様がしっかりリーダーをやっているということが伝わってきて、なんというか、すごいと思います!」


 月並みな言葉ではあったが、そう語るアイラに他の者も同意するように頷き、それを受けたセシアは知らず仮面の下で赤面した。


「そ、それではみなさん、次は第一開発室に行きましょうか!」


 そそくさと部屋を出て行くセシア。その背を見て、エマは親が子に向けるような慈愛に満ちた微笑みを浮かべるのだった。




「こちらは第一開発室です。今は我が社ナンバーワンのヒット商品の新作を手がけているところなんですよ」


 第二開発室のある三階より下に降りて二階。そこにある第一開発室にやってきた一行。そこを一目見た一行の間になんとも言えない雰囲気が流れる。


「ええっと、セシア。なんていうか、その……ここって本当に開発室なのかい?」


 全員を代表してエマが問う。それもそのはず、てっきり先ほどの第二開発室のように真面目な会議でも繰り広げられているのかと思いきや、中で行われていたのはカードゲームだったからだ。


「確かに遊んでいるように見えてしまいますが、ちゃんとしたお仕事なんですよ。彼らの話に耳を傾けてみてください」


 セシアの言う通り、近くの話し合いに耳を傾けてみると、卓上で行われていたのは白熱した対戦、ではなく議論だった。


「このように、騎士デッキは展開までに時間がかかるのが弱点です。次の拡張パックでは展開をサポートするカードを入れましょう!」


「いえいえ、その分騎士デッキは一度布陣が完成してしまえばまさに鉄壁。そこまでをどう組み立てるかという部分こそ、プレイヤーの腕の見せどころですよ。それをなくすなんてとんでもない!」


 何枚かのカードを並べ、鼻息荒く捲し立てる男と、手に何かの調査結果らしい紙を持ち、真っ向から異議を唱える男。開発室のそこかしこで似たような光景が繰り広げられていた。


「あれは『マスターオブステラ』という対戦型トレーディングカードゲームです。私が考案したカードゲームでして、この世界に実在する人々や魔物を束ねるマスターになって頂点を目指そう――という設定のもと、冒険者や魔物などが描かれたカードを集めてデッキと呼ばれる束にして遊ぶんですよ」


 セシアがシルクハットから取り出したのは一つの袋。縦長のそれには金色の文字で大きく『マスターオブステラ』というタイトルと、その上に赤字で『術士達の宴』と印字され、さらにその上には見覚えのある紫の髪を持った美女――ベアトリクスが妖艶に微笑むイラストが大きく描かれていた。


「こちらはブースターパックと呼ばれるもので、中にはカードがランダムに五枚入っています。これを買ったり、専門店で目当てのカードを単体で買ったりしてカードを集め、より多彩な組み合わせを模索するのがトレーディングカードゲームの面白いところですね」


 カードゲームという単語すら初耳だった獣人三人とアイラにトレーディングカードゲームの楽しみ方を説明するセシア。その傍らでエマは、現実世界での子供時代、および学生時代にカードゲームに熱中していた記憶が蘇り、懐かしい思い出に浸っていた。


 そして気付けばあれよあれよという間に試遊会となり、簡単なルールのレクチャーの後、総当たり戦で試合が組まれることになった。

 事前にカードゲーム経験者であることを明かし、ハンデとしてデッキ構築や対戦中のプレイングに対するアドバイスなしで臨むことになったエマ。しかし経験の差は歴然で、四人を相手に見事全勝を飾ることとなった。


「もー、エマ強すぎよ! カードゲームなら勝てると思ったのに、悔しいー!」


「はは、昔とった杵柄ってやつだね」


「さすがエマさん、カードゲームの実力も底知れません。ぜんぜん歯が立ちませんでした……」


「そうだな。しかし、アイラさんはなかなか食い下がってたんじゃないか? 間違いなく、俺達初心者の中では一番いい線いってたぞ」


「本当ですか? 負けちゃいましたけど、そう言っていただけると嬉しいです!」


 撃沈する獣人三人だが、リゼルの言う通りアイラだけは途中まで互角の戦いを繰り広げていた。その健闘ぶりに、直に対戦したエマのみならずセシアにマルグリット、そして周囲で声援やアドバイスを送っていた社員達も、惜しみない拍手を贈る。


「うん、みんなそれぞれの特徴がよく出てる面白いデッキだったけど、アイラは攻防バランスがとれてて特に手強かったね」


「それだけじゃなく、各カードに対する理解もありましたね。カードを使うタイミングもほぼ完璧でしたよ!」


「ちょっと練習したらどんどん上達しそうね! すごいわアイラさん!」


「副社長の言う通り、アイラさんは才能がありますよ!」


「アイラさんもですが、私はエマさんが土壇場で見せたコンボ――あ、カード同士の組み合わせの事です――が痺れました! すごい発想力ですね!」


「いやあ、こうしてたくさんの人が楽しく遊んでいるのを目の当たりにすると、一プレイヤーとしても、開発者としても喜ばしい限りですね!」


 自分達が作り上げたものが世に出て、人々に笑顔と興奮を届けていることが何より嬉しい。社員の誰かがそう言い、全員が同調するのを見て、エマは改めていい会社だなと笑みを浮かべるのだった。




 第一開発室を後にした一行。最後にやってきた社員食堂にてやや遅めの昼食をとり、そこでセシアは今回のツアーを締めくくった。


「いかがでしたでしょうか、今回のツアーは? 楽しんでいただけたなら幸いですが」


「最高の経験でした! 社員のみなさんの熱意がすごかったです!」


 興奮した様子でアイラが言い、獣人三人もうんうんと頷く。


「私は特にカードゲームが気に入ったわ! エマ、いつかリベンジしてやるから覚悟しなさい!」


「私は魔道具開発の現場を直に見ることができた事が一番の感動です。術士として、また一歩成長できた気がします!」


「見るものすべてが新鮮で楽しかったな。魔道具なんて俺には縁のないものだと思っていたが、意外と身近にあるものなんだな」


 各自の反応を受けて、セシアは仮面越しでもわかるほどに喜色を滲ませると、居住まいを正して信条を告げる。


「ええ、ええ、そうですとも! 魔道具やおもちゃの開発を通じて世のみなさんに最高の笑顔とワクワクを。それが我々マギテックエンタープライズの掲げる目標にして、私の願いです! 今はまだ手が届きませんが、いずれ世界中の人にエンターテインメントを届けて、笑顔にしてみせますとも!」


 壮大な夢を語るセシア。ひたすら夢に一途なその姿にエマは在りし日の自分を思い出し、胸に湧いた温かい気持ちとともに微笑むのだった。

 ここ最近、体調不良に加えて若干の創作意欲の低下を感じたので、他の方の作品をいっぱい読んで元気とやる気をチャージしてきました。いつか私もあんなレベルの高いものが書けるまで成長したいものです。


 連載開始からまだ一月足らずなのに、評価ポイント100pt越え、3000PV越えありがとうございます。みなさんが日々の励みです。

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