表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/39

14 打ち上げ翌日

 打ち上げの翌日。エマは宿のベッドで目を覚ました。

 ベッドから上半身を起こし、あくびをしながら、寝ぼけた頭で記憶を辿る。


 一週間ぶりに保存食以外の食事をとる獣人三人に付き合って夜遅くまで飲み食いしたおかげで、疲れと満腹感からくる眠気に抗えず、昨日は風呂に入らず寝てしまったのだ。

 それを思い出したエマは軽やかにベッドから飛び降りるとトイレに向かい、用を済ませるとそのまま部屋に備え付けのシャワールームへ。手早く服を脱いで脱衣かごに投げ込み、熱めに調整したシャワーを浴びる。存分にシャワーを堪能し、すっかり寝起きの気だるさからも解放されて上機嫌で髪をタオルで拭いていると、勢いよく部屋のドアがノックされた。


「エマ、起きてるー?」


「うん、起きてるよー」


 どうやら相手はミーアのようだ。軽い感じの声に合わせて軽い調子で答えると、一拍置いてドアが開く。


「エマ、おはよー……って、なんて格好してんの!」


 朝の挨拶もそこそこに、エマの姿を一目見たミーアは慌ててドアを閉める。


「どしたのミーア? 遠慮しないで入ってきなよ」


「ちょお!? なんでドア開けるのよ! 服! 服着てからにして!」


 現在、エマの格好はバスタオルを一枚巻いただけであり、しっとりと濡れた髪と眩しいまでの白い肌、そしてタオルを押し上げる豊かな双丘が凄まじい色気を放っていた。指摘を受けてようやくそのことに思い至ったエマは、素早く部屋着に着替えると改めてドアを開ける。そこには怒り顔のミーアとミーナ、そして顔を真っ赤にしてそっぽを向くリゼルがいた。


「もう、エマったら! シャワー浴びてたんならそう言ってよ!」


「あんな破廉恥な格好で人と会ってはダメです! 悪い人に襲われちゃいますよ!」


「あはは、ごめんごめん。昔から自分の服装には無頓着でね」


 その言葉に反応したのはリゼルだ。おそるおそるエマへと視線を向け、ちゃんとした服を着ていることに安堵すると説教染みた口調で言う。


「いくら知り合いだからといって、顔を合わせるにもちゃんとした服装ってものがあると思うぞ。ミーアもたまに無防備な格好でいることがあるが、うっかり出くわして気まずい雰囲気になるのはこちらとしても困る――」


 本人としては至って真面目な話だったのだろうが、不用意なその発言は真横の幼馴染みの逆鱗に触れたようだ。さっと顔を赤くしたミーアが手を振り上げ、朝の廊下に小気味よい平手打ちの音が響いた。




 朝食後、四人はカジノ区にあるセシアの時計塔にやってきた。セシアへの報告に加え、獣人三人は頼まれた鉱石を渡す目的があったからである。

 エレベーターに乗って最上階へと昇り、セシアにマルグリット、そしてアイラが待つと思われる作業室へ。依頼を受けた時に一度会っていると聞いたが、それでも伝説の英雄に会うとあって緊張を顔に出す三人にエマは笑って言う。


「三人ともそんなに緊張しなくてもいいのに。ぼくみたいに普通にしてればいいんだよ」


「そ、そんなこと言われても無理よ! 子供の頃からずっと憧れてきたんだから!」


「そもそも、なんでエマさんはそんなに堂々としてるんですかあ……。こっちは会う前からどきどきしてるのに……」


「断言できるが、この場合は俺達の方が普通の反応だぞ。エマさんが図太すぎるんだ」


 ベアトリクスもそうだが、どんなに影響力のある人物だろうが相手は自分である。緊張などするはずもない。それを言うと多大な混乱を招くことが目に見えているので口にしてはいないが。


 文句を言う三人をあしらいつつ、作業室のドアを開ける。すると中にセシアの姿はなく、小説の原稿と思われる紙の束を整理するマルグリットの姿があった。


「あれ、マルさん? セシアとアイラはどこ行ったんですか?」


「あら、エマ先生。もう帰ってきたのね、流石だわ!」


 エマを見て喜色を浮かべるマルグリットだったが、その傍らに立つ見覚えのある三人の獣人にしまったという顔をする。その理由がわからず首を傾げるエマだったが、答えはすぐに判明した。


「ベルクローデンの副市長にしてセシア様のパートナーでもあるマルグリット様が先生呼び……エマっていったい何者なのよ……」


 驚きを通り越して呆れ顔のミーアが疲れたようにそう言い、三人が納得するまでエマとマルグリットは弁明を余儀なくされるのだった。




「ええっと、つまりエマとマルグリット様は昔からの知り合いで、さっきの呼び方はその頃のものだと……」


「ええ、そうなの! 私がエマさんを先生と呼ぶのは一種の愛称みたいなものだから。くれぐれも上下関係があるとかそういった勘違いはしないでね!」


 二人の弁明をそう要約するミーアに、愛称を強調して念押しするマルグリット。ひとまずそれで納得した様子の三人にマルグリットが安堵していると、エマが気になっていたことを尋ねた。


「で、マルさん。セシアとアイラはどこ行ったの?」


「商業区よ。セシアが社長を務める会社がそこにあるんだけど、アイラさんが見学したいって言うから、連れていったの」


 つまり入れ違ったということだ。またここまでの道中を逆戻りかとうんざりした様子のエマに、マルグリットは一つ提案する。


「せっかく来てくれたのにまた引き返させるなんて悪いから、私がグリフォンで運んであげましょうか?」


「え、いいの? じゃあお願い――」


「ぜひお願いします!」


 エマを遮ったのはミーナだった。実は彼女はペガサスやグリフォンといった幻獣に強い憧れを持っており、いつかはその背に乗って空を飛んでみたいと思っていたのだ。突如として降って湧いたその機会に、彼女のテンションは姉のミーアですら見たことがないほど高まっていた。


「そ、そこまで喜んでもらえるとは思ってなかったけど、じゃあ外に出ましょうか」


 その熱量に若干引き気味になりながらマルグリットは四人を先導して下に降り、外に出ると召喚陣を展開する。


 召喚されたグリフォンは威風堂々とした佇まいで眼下の主人達を見下ろすと、その中にエマの姿を見つけ、細い声で一声鳴いた。


「ああ、久しぶり。また大きくなったねえ、よしよし」


 このグリフォンは生まれたばかりの時からずっとマルグリットの元で成長してきた。その契約イベントおよび成長にはエマも当時の別キャラ、つまりセシアとしてマルグリットの手伝いという形で関わっており、いわば第二の母親とでも言うべき存在なのである。元が同じ存在のためか、すぐにエマを認めて頭を下げ、くちばしを優しく撫でられて機嫌良さそうに鳴くその姿を見て、ミーナが羨ましそうに言う。


「いいなあエマさん。グリフォンさんにあんなに懐かれて……」


「ミーナも撫でるかい? この子はプライドは高いけど優しい子だから許してくれるよ。ね?」


 エマに優しく微笑まれ、応えるようにグリフォンはミーナの前に頭を下げる。


「わああ……! ありがとうございます!」


 初めて羊に触れる子供のようにおそるおそるグリフォンのくちばしに触れ、花が咲くような満面の笑みで喜びを表すミーナ。そういった交流を交えつつ、五人はグリフォンに乗って商業区へと移動する。


「ご苦労様。またお願いね」


「ありがとう。また機会があったら一緒に飛ぼうね」


「小さい頃からの夢が叶いました! 本当にありがとうございます!」


 労いを込めてグリフォンを撫で、お礼にアイテムボックスから何かのジャーキーを取り出して与えるエマとマルグリット。追加でそれに便乗させてもらった獣人三人にも親愛を示すように一声鳴き、グリフォンは送還されていった。ちなみにこの時与えたジャーキーは実はとあるドラゴンの肉を干したグリフォンの好物であり、それを知った獣人三人は仰天するのだが、三人がそれを知るのは後になってからのことである。


 大きな建物の屋上に降りた五人は、マルグリットの案内で階段を降り、第二開発室と書かれた札の掲げられた部屋までやってきた。部屋に入り、少ししてから出てきたマルグリットが四人に告げる。


「二人は今第三試験場にいるんだって。行きましょう」


「あ、あの、ここはひょっとしてマギテックエンタープライズの本社ではないですか? だとすれば、部外者の俺達が居たらまずいんじゃないでしょうか」


 リゼルが不安げに口にしたその名前を、エマはどこかで聞いたことがあった。確かセシアが社長を務める、魔道具開発を生業とする会社だったはずだ。


「いいのいいの。みんなならここで見聞きした事は黙っててくれるって信じてるし、万が一情報が流出しても、魔道具開発でウチを超える競合相手はいないもの」


 自信たっぷりに胸を張り、四人を第三試験場まで案内するマルグリット。ドアを開けると、だだっ広い空間にセシアとアイラがおり、その周囲を無数の魚が泳いでいた。


「これが現在開発中の、幻術を応用した投影装置です! これがあれば家でもどこでもあっという間に水族館に早変わりですよ!」


「水族館が何かはわかりませんが、すごいです! どのお魚さんもまるで本当に水の中を泳いでるみたいですね!」


 はしゃぐ二人。マルグリットがそんな二人に聞かせるようにわざとらしく咳をすると、はっとした二人は入り口に立つ五人に気がついた。


「おや、みなさんお揃いですか! 気付くのが遅れて申し訳ありません!」


「エマ様、おかえりなさい! その方達が依頼の冒険者さん達ですね! 無事で良かったです!」


 いつものハイテンションなセシアとそれにつられて若干テンション高めのアイラに迫られ、及び腰で後ずさる獣人三人。エマは苦笑しつつ、二人に挨拶を返す。


「はいはい、ただいま。見ての通りクエストは完了したから、報告に来たんだ。三人は君に頼まれた素材の納品も併せてね」


「それはそれは、お手数おかけしました。今回は私の不手際でお三方を危険な目に遭わせてしまい、誠に申し訳ありませんでした」


 口調こそ芝居がかってはいるが真摯な態度で謝意を示すセシアに、獣人三人は恐縮して手を振る。


「いやいや、依頼を受けたのは私達の自己責任ですから!」


「むしろ救助のためにエマさんを派遣してくださって、こっちが謝りたいくらいです!」


「イレギュラーはありましたが、そこも含めて今回の事は全て俺達の責任です。セシア様が謝るようなことは……!」


 そのまま謝罪合戦にでも移行しそうな両者の態度に、エマはぱんと手を叩いて言う。


「はい、そこまで。どっちが悪いかなんて議論しても不毛でしょ? 三人は無事だったんだし、お互い相手に申し訳ないと思ってるってわかったんだから、素直に謝意を受け取ってこの話は終わり。それでも納得いかないならセシア、三人はここに興味があるみたいだから、アイラと一緒に見学させてあげたらどうだい?」


 エマは三人が道中、物珍しそうに周りをきょろきょろ見回していたことを見逃さなかった。セシアはそれを聞き、ぽんと手を打つ。


「それは名案ですね! お詫びといってはなんですが、みなさんさえ良ければこの私がアイラさんと一緒にここを案内致しましょう!」


 世界有数の大企業をそこのトップが、しかも憧れの人物が案内してくれるなどという千載一遇のチャンスを三人が断るわけもなく、こうして急遽、セシア主催の見学ツアーが始まるのだった。

 最近また寒くなってきましたね。手足が冷えて霜焼けして痒いです……。みなさんも温かい格好で、風邪などせぬようお気を付けて。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ