表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/39

12 輝石の大洞窟

 不定期に襲い来る魔物達を蹴散らしながら進み続け、エマは三層へとやってきた。このあたりまで来ると出現する魔物も毒を吐いたり岩に擬態したりと厄介なものが増えてくるが、エマにとっては大した問題ではなく、どれも出会い頭に瞬殺されていく。

 位置の確認がてら少し休憩しようと、エマは近くの岩に腰を降ろす。アイテムボックスから今朝作ってもらったアイラ手製のサンドイッチとボトルに入ったマギノリア特産のハーブティーを取り出し、サンドイッチに齧り付いた。

 シャキシャキとした食感のレタスにトマトとチーズ、そしてハムの味わいが空いた腹に染み渡る。ボトルの蓋を開け、ほのかに湯気が立つ中身を口に含めば、ハーブの香りが口内を満たし、気分がすっきりと冴えていくのを感じた。


「ふう……、サンドイッチには温かいお茶が合うね。今度、ぼくも何か作ってみようかな」


 独り言を呟きながら、エマは当たり前のように使っているアイテムボックスについて考える。

 聞いた話によれば、プレイヤーが使うアイテムボックスに入っているアイテムは劣化しないらしい。その点についてはゲーム時代と同じ仕様だが、冷静に考えてみればよくわからない原理である。

 まだまだわからないことが多いものだと思いながらサンドイッチの残りを口に放り込み、お茶を啜っていると、遠くで何か金属がぶつかる音が聞こえてきた。


(戦闘音……? 誰か戦ってる……?)


 ボトルをアイテムボックスに戻し、エマは音がする方へと走り出す。すぐに音の発生源にたどり着いたエマは、そこで大きなサソリと戦う二人の冒険者を目撃した。


(あれはスティールスティンガー……戦ってる二人は獣人か。ちょっとキツそうだね)


 スティールスティンガーは全長三メートルほどの巨大なサソリで、鉄分を多量に含んだ鈍色の硬い甲殻で攻撃を防ぎ、鋏と尻尾の針で攻め立てる戦い方が特徴だ。

 対する冒険者は尖った耳から二人とも獣人であると思われ、素早い動きで攻撃を躱し、短剣や魔法で攻撃を加えていたが、甲殻に阻まれ効いていない様子である。


 あの二人が依頼の冒険者かどうかは知らないが、苦戦している以上助太刀しないわけにはいかない。エマはローゼスレイピアを抜き、戦闘に割り込んだ。


「っ!? だ、誰!?」


「ぼくはエマ。よろしく」


 挨拶しながら振るわれる尾を飛んで回避。空中で体を捻りながら【刀拳】を発動し、尾を切り落とす。

 間髪入れず、着地と同時に怯んだスティールスティンガーの口内目がけて【刺突】。吸い込まれるように口に飛び込んだその一撃は体内を容易く貫通し、スティールスティンガーは最期に弱々しく断末魔の叫びを上げ、崩れ落ちた。


「え、あ、ええ……?」


 あまりの早業に理解が追いつかず、呆然とする冒険者二人。

 エマは剣を収めると、にこやかに言った。


「ぼくはエマ。よろしく」


「いや、さっきの挨拶が聞こえなかったわけじゃないわよ!?」


「あ、そうなんだ」


「はい、ちょっと驚いてしまって……」


 気の強そうな軽装の赤毛の娘と、対照的に気が弱そうなローブ姿の同じく赤毛の娘。二人は動揺から立ち直ると、エマに礼を言った。


「私はミーアで、こっちは妹のミーナ。助けてくれてありがと」


「ミーナです。助けていただき、ありがとうございました」


 ミーアとミーナ。どちらもセシアの依頼にあった名前だ。つまり二人は、エマが探していた冒険者だということになる。


「ぼくはセシアの依頼で君たちを探しに来たんだけど、あと一人はどうしたの?」


 依頼には三人とあったはず。なぜ二人しかいないのか、もしやもう死んでしまったのか、そう心配するエマに、二人は顔を曇らせる。


「リゼルは五層目にいるわ……まだ生きてるはず、いえ、絶対にまだ生きてるわ!」


「リゼルさんは、私とお姉ちゃんを逃がすために囮になって……」


 沈痛な表情の二人。そのリゼルという人物を加えた三人は、セシアに頼まれた鉱石を採取しに輝石の大洞窟までやってきたものの、五層目で強力な魔物に襲われ、その際にミーナが足を負傷。傷が癒えるまで横穴に身を隠し、回復したところでリゼルが囮を買って出て、その隙に姉妹でここまで上ってきたとのことだった。


「なるほどね。このダンジョンは固めの敵が多い代わりに速さに秀でる個体が少ない。獣人の身体能力で身を隠したり逃げに徹しているとすれば、まだ希望はあるか」


 話を聞き、そう納得したエマは二人に向き直る。


「ぼくは今からそのリゼルを助けに行くけど、二人はどうする?」


 それを聞いた二人は顔を見合わせ、頷く。

 Cランク冒険者である二人が苦戦する相手を一瞬で倒した腕前から察するに、このエマという人物は少なくともBランク以上に違いない。ならば、Bランク冒険者であるリゼルを含め、四人でかかれば勝機もある。


「私も行くわ。正直、ここまでずっと後悔してたの」


「私もです。いくらリゼルさんに強く言われたからって、今までずっと三人でやってきたんです。誰かが欠けるなんて耐えられません」


 強い決意を秘めた二人の表情に、エマはにやりと笑みを返した。


「了解。じゃあ、急いで五層に向かうよ。二人はどれだけ速く走れる?」


「獣人を舐めないでよね。これでも村一番の俊足って言われてたんだから」


「あう、その、私はあんまり運動は得意じゃないです……」


 ミーアは自信満々に胸を張ったが、ミーナは逆に自信なさげに肩を落とす。エマはミーナをおぶってやると、脱兎の如く駆け出した。


「ちょ、速っ!? あんたも獣人だったの!?」


 一瞬、呆気にとられて少し遅れたものの、すぐに追いついてきたミーアが言う。エマはといえばゲーム時代にはプレイヤーは人間しか選べなかったので、今までNPCとして会話するだけだった獣人の脚力を目の当たりにし、感動していた。しかし実際はミーアの足が獣人の中でも特別速いだけで、ほとんどの獣人と競走でもしようものなら自分が勝つことを、エマはまだ知らない。


「ははは、ぼくは人間だよ。さあ、魔物は無視してこのまま行くよ!」


 先ほども言った通り、このダンジョンの魔物は防御力に優れる代わりに鈍重なものが多い。ミーナがいたためスティールスティンガーのような比較的素早い魔物は戦闘を回避することができなかったが、彼女をエマが背負っている今、二人の速さについていける魔物はおらず、三人は三層、四層を駆け抜け、あっという間に五層にたどり着いた。


「いました! リゼルさんです!」


 五層に入ってすぐに、ミーナが声を上げる。彼女が指差す先では一人の獣人が、黄金の甲殻を纏う巨大な蟹と戦っていた。


「あれはゴールデンキングクラブ……かな? なんかぼくの知ってるのより二回りくらいデカいけど……」


 ゴールデンキングクラブはこの輝石の大洞窟のいわゆるボスにあたる存在だ。物理攻撃のダメージを実に三割もカットする特性を持ち、防御力にものを言わせて圧倒的重量のハサミで敵を叩き潰す。実に面倒な魔物だが、中級以上のプレイヤーからすれば面倒で片付けられる程度であり、物理なら手数で押し切る、魔法で吹き飛ばすなど手はいくらでもある。


 しかし、視界に映る個体はエマが知るそれより大きく、まるで血走ったように赤い目をしていた。何より、ゴールデンキングクラブは縄張り意識が強く、ボスらしく五層の最奥の穴倉にいて、滅多にそこから動くことはないという設定だった。それが五層の入り口まで追撃してくるなど、異常と言わざるを得ないだろうとエマは思う。


 ともかく加勢せねば。エマはミーナを降ろすと剣を抜き、ゴールデンキングクラブの前に飛び出した。


「【剣技"三段突き"】」


 神速の突きが三度眉間に直撃し、悲鳴を上げてゴールデンキングクラブは仰け反る。


「アン、ドゥ、トロワ。アン、ドゥ、トロワ――」


 攻撃の手を休めることなく、エマは怒濤の連撃を叩き込む。突然の乱入者に戸惑う獣人に、ミーアとミーナが駆け寄る。


「リゼル、無事!?」


「二人とも、なんで戻ってきた!? こいつの相手は俺がするって言っただろ!」


「助っ人を連れてきました! 四人で戦いましょう!」


 怒りの表情を見せるリゼル。二人が助っ人と呼ぶあの剣士は見たところかなりの腕のようだが、あの化け物蟹の甲殻を突き破るほどの攻撃力はないようだ。


「無駄だ! 俺もそうだが、あいつの防御力を突破できない限りジリ貧だぞ!」


「それでも、アンタを見捨てるなんてできないわ!」


「私達も最期まで一緒に戦います!」


「こらこら、ケンカしちゃだめだよ」


 言い争う三人にのほほんと言うエマ。その背後では、ゴールデンキングクラブが巨大なハサミをハンマーの如く振り下ろしていた。


「エマ、危ない!」


「大丈夫。それ、幻影だから」


「きゃあああっ!?」


 警告の声を上げたミーアだったが、その答えは後ろから返ってきた。驚きのあまり叫ぶミーアにエマは悪戯っぽい笑みで説明する。


「【シェイドミラージュ】っていう技だよ。びっくりした?」


「なにやってるのよもう! 遊んでる場合!?」


「えへへ、ゴメンね」


 素直に謝るエマにリゼルが話しかける。


「あんた、エマといったな。頼むから二人を連れて逃げてくれ、あいつは俺が足止めするから」


 懇願するリゼルに、エマは心外そうな顔で腕を組む。


「むっ、もしかしてぼくじゃあれに勝てないとか思ってる?」


「だが、あんたもあいつの防御を破れてないじゃないか。それじゃああいつを倒すのは不可能だろ?」


 その言葉はエマの琴線に触れた。多様な戦術こそが自分の真骨頂。たかだか守りが堅いだけの相手に遅れを取ると思われるなど、自分の存在を否定されたようで見過ごせないと。


 負けず嫌いを燃え上がらせたエマは不敵に微笑むと、一人でゴールデンキングクラブの前に立った。


「そこまで言うなら見せようじゃないか。『前の八人』で培った、ぼくの戦い方を」


 晴真が作った九番目のキャラクター。最強の器用貧乏、エマ・ナインズ・ディストーション。その真価が今まさに発揮されようとしていた。

 ここ最近地震が多い……。みなさんもお気を付けて。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ