10 超新星現る?
推薦状に署名された名前のあまりのネームバリューに二の句が継げない受付嬢。各推薦状にはしっかりと判が押されているため、偽物の可能姓もない。
「ええっと、私だけでは判断ができないので、申し訳ありませんが少々お待ちくださいませー!」
変な汗をかき始めた受付嬢はやっとの思いでそれだけ言うと、推薦状を抱きかかえてカウンターを飛び出し、小走りで二階へと消えていった。
三人のネームバリューは十分承知しているつもりだったが、三人ともエマにとっては身内である。これが一般的な反応なのだろうかと思いながら、エマは用紙に記載された項目を記入していった。
「すみません、お待たせしました」
それから数分後。先ほどの受付嬢が戻ってきて、やや緊張を含んだ微笑みで口を開いた。
「あ、用紙書いたよ。これでいいかな?」
エマが用紙を手渡すと、受付嬢はそれを見て記載漏れがないことを確認すると頷く。
「はい。問題ありません。ではこれはお預かりさせていただくとして、申し訳ありませんがギルド長が話をしたいとのことですので、部屋までお越しいただいてもよろしいでしょうか」
「うん、構わないよ」
冒険者の仕事は信用がものを言う。虚偽の報告や下手に実力を誇張することはギルド、クエストの依頼者、そして冒険者それぞれに不利益をもたらすため、違反した場合は厳罰の対象となる。という設定を知っていたエマは、きっと最後にギルド長直々に面談を行い、信用できる人物かを見極めることになっているのだろうと思い、快く了承する。
安心したようにほっと息をついた受付嬢は、エマを二階の客室まで案内する。受付嬢が扉をノックすると、中から入室を許可する声がした。
失礼しますと前置きしてから受付嬢は扉を開け、エマを通してから自分も入室する。どこかの魔術師と侍女にも見習ってほしいものだとエマが考えていると、部屋の中央に備え付けられたテーブルに座る壮年の男性が椅子から立ち、礼をした。
「ギルド長のラムレイだ。時間をとらせてしまって申し訳ない」
「冒険者登録に必要なことなんでしょ? 構わないよ」
エマは鷹揚に答え、礼を返すとラムレイに促され着席する。二人が席につくと、すぐに給仕がお茶とお菓子を持ってきて二人の前に並べると、会釈して部屋の奥へと下がっていった。
ラムレイは先ほどエマが記入した用紙を手にしており、紅茶を一口飲んで軽く唇を湿らせると、その用紙に視線を落とした。
「さて、早速だがいくつか確認させてほしいことがある。まず、どういった経緯で冒険者登録に至ったのか、差し支えなければ教えてほしい」
「ああ、セシアに頼まれてね。はいこれ、依頼書」
出発前にエマがセシアから受け取った二枚の紙。その一枚は推薦書であり、もう一枚はクエストの依頼書だった。道中でその内容に目を通していたエマは指輪に触れると、アイテムボックスから依頼書を取り出しラムレイに手渡す。
「それは『天恵の指輪』か! ということは、エマさんはフライヤーなのか」
ラムレイが指輪を見て唸るように言うが、エマは首を傾げる。
「てんけい? この指輪のことかい?」
「ああ、フライヤーはみな生まれた時からそれを身につけていて、フライヤー本人も原理がわからない秘術が使われていると言われている。今エマさんが使ったアイテムボックスの能力などがそれだ」
その説明を聞き、エマはなるほどと納得する。
確かに、この指輪はプレイヤーとしてキャラクターを作成した時から、つまり生まれた時から所持しており、奪うこともできない。アイテムボックスについてもそういうものだと受け入れていたが、原理がわからないと言われればその通りであり、なるほど確かに秘術と呼んでもいいのかもしれない。
依頼書を受け取ったラムレイはそれを軽く流し読むと、目を見開く。
「いやはや、驚いたな……。市長がウチに依頼を出すなど初めてのことだ。しかもエマさんを名指しとは、よほど実力を見込まれているんだな」
依頼内容はダンジョンに一週間前に入ったまま戻ってこない、ある冒険者パーティの救助だった。問題なのは、そのダンジョンというのがCランク未満の冒険者は立ち入り禁止という、高難度に分類されるダンジョンであることだ。
ランク制度は冒険者の実力を示すものさしとして扱われており、FからSまで存在する中で、Cランク以上が上級冒険者とされていた。Cで上級、Bで一流、Aで超一流、そしてSは伝説の英雄クラスというわけだ。
つまり目の前の少女は、少なくともCランクのパーティに比肩する実力の持ち主であるということが、他ならぬSランク冒険者であるセシアによって証明されているといっても過言ではないのである。
「なるほど、色々と合点がいった。冒険者登録については、エマさんをCランク冒険者として登録しておこう。もしかすると既に実力ではCランクの上を行っているのかもしれんが、悪いが登録時点でのランク付けは最高でもCランクまでと規則で決まっているんだ。これ以上を目指す場合は実績を積み重ねる必要がある」
「Cランク冒険者なら件のダンジョンには入れるんでしょ? なら十分だよ、ありがとう」
笑顔で礼を言うエマ。ラムレイが用紙と依頼書を受付嬢に渡すと、受付嬢はエマを一目見てから一礼して退室した。
「冒険者ライセンスとダンジョンの許可証については今日中に発行しておくので、また明日来てくれ」
「わかった。じゃあまた明日来るから、よろしくね」
ちゃっかりお茶と茶菓子を味わってからエマは席を立ち、退室する。後に残されたラムレイは、静かに呟いた。
「エマさんか……もしかすると、新たなSランク冒険者の誕生を見ることができるかもしれないな」
一階に降りて、そのままギルドを出ようとしたエマは、先ほどの受付嬢に呼び止められる。
「エマさん! 少しだけよろしいでしょうか?」
「いいよ。何かな?」
注意事項等の説明かと思ったエマだが、予想に反して受付嬢は興奮した様子で右手を差し出した。
「私、キャシーっていいます! あの、握手してください!」
実はこのキャシー、大の冒険者オタクであり、中でも伝説の英雄であるSランク冒険者達の大ファンであった。エマが推薦状を出してきた時から必死に我慢していた感情が、ここにきて爆発したのだ。
「え? あ、うん。これでいいかい?」
握手の意図がよくわからないエマだったが、キャシーのあまりの必死さに気圧され右手を差し出す。それを両手でしかと握り、キャシーは喜色満面で言った。
「ありがとうございます! 必要なものはこの私が責任を持って発行いたしますので、明日はまた私のところまでお願いしますね!」
「うん、よろしく頼むよ」
そう言ってはにかむエマ。同性から見ても魅力的なその微笑みは二重の興奮となってキャシーを襲い、キャシーは夢心地で力強く頷いた。
エマが冒険者ギルドを去った後、ギルド内は突如現れた男装の麗人の話で持ちきりだった。
エマは面談に対して冒険者登録で必要なことなのだろうと思っていたが、実際はそんなことをしなくとも冒険者にはなれる。ギルド長自らが面談を求めるなど、極めて異例な事態だったのだ。加えてキャシーのあの態度。容姿の美しさも手伝って、冒険者達はあの美少女には絶対に何かあると、面白半分で予想合戦に興じるのだった。
冒険者ギルドを出てから歩くこと数十分。時計塔に戻ってきたエマがセシアの作業室に入ると、そこには紙でできた巨大な鶴に乗って宙を舞うアイラの姿があった。
「あっ、エマ様! おかえりなさい!」
「ただいまアイラ。えっと、それはなんだい?」
「【付与魔法"式鶴"】です。ちょっとした移動に便利ですよ」
どうやらアイラとセシアで遊んでいたらしい。マルグリットが苦笑交じりに言う。
「最初は作業見学ってことで、セシアの作業をアイラさんが見学してたんだけどねー。セシアってお人好しだし、自称だけど、世界一のエンターテイナーだから。ファンの子にはやっぱりサービスしたかったみたいで、途中からこんな感じになっちゃったわ」
「そっかー。まあ、予想はしてたけどね」
エマはそう言って笑うと、セシアに冒険者ギルドでの出来事を簡潔に報告した。
「ご苦労様でした。旅の疲れもあるでしょうし、今日のところはゆっくりお休みください。にしても、そこまで注目されたのなら、明日またギルドに行く時は、エマさんをパーティに誘おうという声も多いかもしれませんね」
労いの言葉の後で、セシアは顎に手をやる。それを聞いたエマは露骨に嫌そうな顔をした。
「えー、本当? ぼく、断るの苦手なんだよね」
「それなら、何か口実を考えておいてはいかがですか? 例えば、もうパーティに所属しているとか」
「うーん、あんまり嘘はつきたくないんだけど……」
難色を示すエマだが、セシアは仮面の下で笑うと大仰に両手を広げる。
「では、事実にしてしまえば何も問題ありませんね。万事解決です」
「それって、誰かとパーティ組めってこと?」
「ええそうです。エマさんは『星の騎士』ですよね? 私と同じく。この意味、エマさんならもうわかりますよね?」
セシアはアイラの予言について、事前に話を聞いて知っていた。その言葉を聞いたエマははっとした顔でセシアを見る。
「それって、もしかして君と――」
「その通り! 予言が本当なら、どうせ我々は後々一緒に戦うことになるのです! ならば今、予めパーティを結成しておいても何の問題もないでしょう! かねてより仲間達から言われていた、『もしおまえの持ちキャラが全員揃ったら最強だよな』という話を現実のものにする時が来たのです!」
ハイテンションでポーズを決めるセシア。そのまま彼女はくるくる回り出すと、ぶつぶつと独り言を始める。
「ええと、人数は九人……全員が『星の騎士』で、『ファンタジーステラ・オンライン』のキャラクター……閃きました!」
そして彼女はぴたりと回転を止めると、エマを指差し、高らかに宣言した。
「我々九人のパーティ、その名も――『星天の九輝士』です!」
タイトル回収。作者は漫画等でタイトルを回収する展開が大好きです。みなさんはいかがでしょうか?