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9 夢幻のセシア

 壁の内側には、石造りの街並みが広がっていた。大きな通りを行き交う人々の表情は活気に満ちており、飲食店や書店、冒険者用品店など、あらゆるジャンルの店が所狭しと立ち並んでいる。


「ここが商業区。冒険者ギルドもここにあるわ。ベルクローデンは別名商業都市とも呼ばれていて、経済の中心地として大事な役割を果たしているの」


 初めてこの街を訪れたエマとアイラに、マルグリットは観光ガイドにでもなったような気分で説明を述べる。ノーブルガーデンも栄えてはいたが、それ以上の盛況ぶりに二人は「へえ」だの「はあ」だの言いながら、好奇心を隠そうともせずしきりにきょろきょろとあたりを見回し、その動きのシンクロ加減にマルグリットはこみ上げてきた笑いを必死に堪える。


(ふ、ふふっ……二人とも息ぴったり。ああもう、可愛いわね!)


 そうして大通りを進むこと十分少々。三人は商業区を抜け、次の区画へと進む。とにかく店が多かった商業区だが、こちらは区画全体がまるごと遊園地のようになっており、あちこちでカップルや子供連れの観光客の姿を見ることができた。


「ここはレジャー区よ。見ての通り子供や若いカップル向けのアトラクションがメインだけど、室内プールにスキー場、各種スポーツ施設も備えているわ。宿泊施設も大半はここに集中しているわね」


「スキー場? 今はだいぶ暖かい気がするけど、雪とかどうしてるの?」


 エマが疑問を口にすると、マルグリットは得意気に指を立てる。


「それはね、魔道具のおかげなのよ。雪を降らせる魔道具と低温を保つ魔道具を併用することで、一年を通して安定した雪の供給を実現しているの」


「魔道具ですか……! 魔法の力が込められたアイテム、一個でも家が買えるくらい高価だと聞いたことがあります」


「そうね、高いものだとそれくらいするものもあるけど、ここ数年は量産が進んでずいぶん安くなったのよ。マギテックエンタープライズっていう会社が、率先して色んな種類の魔道具を開発してるから」


 ゲーム時代の魔道具の主な入手手段はダンジョンの宝箱やボスからのドロップ、特別なクエストやイベントの報酬など多岐に渡る。その効果はピンキリだったが、安いものでも数十万ゴールドは下らなかったと記憶している。


「なるほど、その会社のトップがセシアってわけか。魔道具作りは得意分野だからね」


 晴真が三番目に作成したキャラであるセシアは、ベアトリクスが培った魔法の知識を活かした、プレイヤー全体で見ても数少ない魔道具作りの職人でもあった。その手腕を十全に発揮し、彼女はこの異世界で大富豪の地位を手に入れるまで上りつめたのだ。


 さらにレジャー区を進むこと十五分。街の様相はさらに変化し、身なりの良い人の姿が増え、煌びやかな看板に彩られた店が多く見られるようになってきた。


「マルグリットさん、ここはどんなところなんですか?」


 この区画がどんな場所か、それとなく察して黙りこくるエマとは対照的に、アイラは期待に目を輝かせてマルグリットに尋ねる。


「ええーっと……ここはその……」


 うっすら頬を染め、無垢な少女に事実を伝えるべきか悩んだ末、マルグリットはそれを口にする。


「ここはカジノ区っていってね……ギャンブルを楽しむお店とか、あとはその……オトナのお店がいっぱいある場所よ……」


 その一言で色々と想像してしまったのだろう。アイラは顔から蒸気が出そうなほど真っ赤になると「あうあう」と呻き始め、何も言えなくなってしまった。


 気まずい雰囲気の中三人は歩き続ける。最初は遠くに見えていた時計塔の影はどんどん大きくなり、ついに三人はその足下までやってきた。


「ようやく着いたわね。二人とも、お疲れ様」


「ぼくは平気だけど、アイラは大変だったよね。お疲れ様」


 実際、エマとマルグリットは息一つ乱れていなかった。三、四十分程度歩くくらいは何でもないほど、プレイヤーである二人の肉体は頑丈にできているのだ。


「い、いえ、大丈夫です。途中からエマ様がおぶってくれたので……」


 カジノ区を歩き始めて数分後、アイラの歩き方の些細な変化から、歩き通しで足が痛くなってきたことを見抜いたエマは、そこからアイラを背負ってここまで歩いてきたのだった。そのことで頭を下げるアイラに、エマは笑って返す。


「これくらい何てことないよ。さあ、セシアのところに行こうか」


 時計塔の入り口は固く閉ざされていたが、街の門と同じような仕掛けが施してあり、マルグリットがカードキーを持って近づくと音もなく開門し、三人を迎え入れた。


 華やかな外の風景とは打って変わって飾り気の一切無い玄関を進み、エレベーターに乗って最上階へ。

 そしてセシアの部屋に向かって長い廊下を歩いていた時、三人の耳に少女の悲痛な叫び声が届いた。


「助けてええ……!」


「っ!? セシアっ!?」


「セシア様!?」


 それを聞きつけ、一目散に駆け出すエマとアイラ。先に辿り着いたエマがドアを蹴破らんばかりの勢いで部屋に入ると、広い部屋の奥で羽根ペンを握りしめたまま、机に突っ伏して半べそをかく少女の姿があった。


「うえええん、原稿が終わらないよお……! 新作魔道具のテストもまだなのに、早く帰ってきてよマルううう……! ぐすっ、誰か助けてえええ……!」


「……」


 目の前に広がる予想外すぎる光景にエマが言葉を失っていると、アイラとマルグリットが遅れて部屋に駆け込んでくる。


「セシア様、大丈夫ですか!?」


 そう心配の声を上げたアイラも状況が飲み込めず固まり、マルグリットはしまったとばかりに額に手を当てた。


「はっ、マル!? 帰ってきてくれたのね――!」


 ばっと顔を上げた少女。銀髪が揺れ、サファイアの如き青をたたえた隈だらけの瞳が三人の姿を視界に捉える。

 誰もが無言のまま時間が経過し、エマが何か言うべきかと口を開きかけたところで、ぼふんという音とともに唐突に少女の姿が煙に包まれた。


「ようこそおいでくださいました! 私はこの時計塔の管理人にしてこのベルクローデンの市長を務める、セシアと申します。どうぞお見知りおきください」


 煙の中から現れたのは、シルクハットにタキシード、仮面をつけた、百人中百人が怪しいと答える人物。しかしその口からは可愛らしい少女の声が紡がれ、無駄に芝居がかった動作で礼が贈られる。


 開いた口がふさがらないアイラに苦笑しつつ、エマは心の底からの思いを告げた。


「なにしてんの……いやほんと、なにしてんのさ。セシア」


 これがセシア・トライドリーマー。魔道具作りのスペシャリストにして、世界一の大富豪の実態だった。


「セシアはオンとオフの差が激しすぎて別人格の域にまで達してる変わり者なのよ。ほとんどの人はこの姿しか知らないから、どうか秘密にしておいてね」


「いやはや、お恥ずかしい。私としたことが、あまりの忙しさにうっかりしてしまいました。あ、お茶どうぞ」


 セシアがぱちんと指を鳴らすと、テーブルの上にお茶のポットと茶菓子の乗った皿が現れる。

 三人が着席したのを見届けてから自身も椅子に座るセシア。その背後では未だ羽根ペンが、持ち主が席を立った後も紙に文字を書き連ねていた。


「はいセシア、エマ先生に書いてもらった原稿よ。ここまで書けてれば、新刊の締め切りに間に合うでしょ?」


「おお、こんなに! しかも私の見込んだ通り、文章の癖までまったく同じですね。これで勝てる……!」


 何に勝つのかは知らないが、受け取った原稿を軽く流し見て、大事そうにそれをアイテムボックスにしまうセシア。


「さて、お話はだいたい把握しております。エマさんはマギノリアのお使いで、アイラさんは私のファンと。これ、サインです」


「……はっ!? はい、ありがとうございます!」


 喋りながらまたもペンを手に持つことなく色紙にサインを書き上げると、セシアはそれをアイラに手渡す。

 まだ衝撃から立ち直れていないアイラだったが、おかげで畏まることなくそれを受け取ることができた。さらにセシアの語りは続く。


「エマさんの用事ですが、それを果たすには冒険者登録が必要でして。行ったり来たりで悪いのですが、これから冒険者ギルドで登録を行ってきてほしいのです」


「わかった。確か商業区にあるって話だったよね?」


「ええ。街の至る所に案内板があるので、それを参考にしてください。大きな建物なので見ればわかると思いますが、わからなかったら衛兵さんに聞いてください」


「了解、じゃあちょっと行ってくるよ」


「エマ様、お気を付けて」


「いってらっしゃい」


「おっと、忘れてました。これを持っていってください」


 茶菓子のチョコレートを口に放り込み、紅茶を飲み干してからエマは席を立つ。アイラとマルグリットに見送られながら部屋を出ようとするその背を見て首を傾げ、そしてぽんと手を打ったセシアは、アイテムボックスから二枚の紙をエマに手渡した。

 それを受け取ったエマが部屋を出るのを確認し、セシアはアイラに向き直る。


「アイラさんは自由にしてくださって大丈夫ですよ、私は忙しいので、あまりおもてなしはできませんが……」


 そう言うセシアは仮面越しでも分かるほど申し訳なさそうにしていたが、アイラは逆に瞳を輝かせて提案した。


「わたし、セシア様のお仕事に興味あります! お邪魔でなければ、見学させていただいてもよろしいでしょうか!」


「構いませんよ。マル、頼めますか?」


「もちろんよ。じゃあアイラさん、ちょっと休憩したら作業見学といきましょうか」


 そして残った三人は、和気あいあいとお茶会を楽しむのだった。


 一方、一人寂しく街を歩いていたエマは、カジノ区の途中で衛兵に迷子と間違われかけるというトラブルに見舞われつつ、冒険者ギルドへとやってきていた。


 扉を開けて中に入ると、すぐに好奇の目がエマに向けられる。開放感の問題なのか、屋外はともかく屋内での視線はなんとなく居心地が悪い。そんなことを考えながらエマは受付らしきカウンターまで足を運ぶと、受付嬢が笑顔でそれを出迎えた。


「いらっしゃいませ。本日はどんなご用でしょうか?」


「冒険者登録をしたいんだけど、場所はここで合ってるかな?」


「はい、大丈夫ですよ。こちらの用紙に記入をお願いします」


 端整な顔立ちの美人に微笑まれ一瞬どきりとしたエマだったが、なんとか平静を保つとアイテムボックスから推薦状を二枚取り出した。ベアトリクスとリノア、そして先ほどセシアから受け取ったものだ。


「推薦状をもらってるんだけど、一緒に提出してもいいかな」


「かしこまりました、先にお預かりしますね」


 それを受け取った受付嬢は推薦者の名前を一目見た途端に笑顔のまま硬直する。そこには『万魔のベアトリクス』にマギノリアの女王リノア、そしてこのベルクローデンの市長である『夢幻のセシア』という、そこらの貴族が裸足で逃げ出すほどの錚々たる名前が記されていた。

今度は頭痛でダウン。もっと栄養をとらねば……。

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