50話 いなり寿司
透、愛乃、知香の三人ともお風呂から上がると、すっかりのぼせてしまった状態だった。
だが、この後にお楽しみがあった。
今日は夜ご飯で贅沢をすることにしたのだった。
三人前のお寿司を出前で頼んだのだ。
なんといっても、あらゆる費用は大財閥の近衛家持ちだ。
出前を頼んでも、近衛家がお金を出してくれているのだから、贅沢をしてしまおう。
これは、珍しく透も愛乃も知香も意見が一致した。
透と愛乃からしてみれば、近衛家の事情に振り回されているのだから、遠慮はいらないと思っている。
知香は近衛家の令嬢で、自分の家のお金なわけで気にする理由もない。それに、出前の寿司の金額なんて、近衛家にとっては、砂粒一つよりも大したことはないのだ。
三人は一階のダイニングにいて、食卓の前に腰掛けていた。透の隣に愛乃、目の前に知香という並びだ。
愛乃は終始楽しそうなのはいつもどおりだけれど、知香がリラックスしているのが透には意外だった。
慣れない環境で、しかも透と愛乃のことを敵視(?)しているのだから、もっと緊張するのだと思ったけれど。
そんなことを考えていたら、愛乃がいなり寿司をつまむと、くすっと笑った。
そして、いなり寿司を持ったまま、透の口元に近づける。
「はい、透くん。あーん」
「あ、あーんって……恥ずかしいよ」
「ダメ? 恋人同士でこういうのするの、憧れだったんだけどな」
愛乃ががっかりしたように言う。
そう言われると、透としては拒否できない。
透はぱくっといなり寿司を食べた。
愛乃がぱっと嬉しそうな顔をする。
その様子を見て、知香はむっと頬を膨らませている。
愛乃がその様子に気づき、いたずらっ子のような表情を浮かべた。
「近衛さん、羨ましいんだ?」
「べつに羨ましくなんてない!」
「それとも、いなり寿司でいかがわしいことを想像しちゃった?」
「それを言うなら、透がリュティさんに食べさせる方がエッチなような……」
知香はそこまで言って、はっとした表情で口を押さえる。
透は頬が熱くなるのを感じ、愛乃も顔を赤くした。
「近衛さんって、意外とむっつりすけべ……」
「ち、違うから! リュティさんが言い出したことでしょう?」
「わたしは何も言ってないよ?」
愛乃と知香がじゃれ合う横で、透は考える。
意外とこの二人って仲良くなれるのかもしれないなあ、と。
お寿司はとても美味しかった。