46話 婚約者にしかできないこと、してほしいな
「と、透くん?」
「いきなり抱きしめてごめん」
湯船の中で、透は愛乃を抱きしめていた。
愛乃は首をふるふると横に振り、そして、その顔を赤くした。
「ううん。嬉しいけど……急にどうしたの?」
「こうしたほうがいいかなって思って」
「近衛さんのことを抱きしめていたから、わたしにも同じことをしてくれたってこと?」
愛乃が澄んだ瞳で、透を上目遣いに見る。
たしかに透は、泣いている知香を抱きしめた。ほとんど裸の女の子を抱擁し、慰めていた。
それは愛乃からすれば、透が知香に対する異性としての好意の表れに見えたかもしれない。
でも、それは違う。
透は深呼吸をし、そして言う。
「近衛さんはさ、仲違いをしても、従妹で幼なじみなんだよ。だから、ずっと家族のように思ってきた」
「……羨ましいな。わたしは……透くんの従妹でもないし、幼なじみでもないものね」
「でも、今の俺の婚約者は、愛乃さんだ」
愛乃が目を見開き、まじまじと透を見つめた。
そして、嬉しそうに微笑んだ。
「そうだよね。透くんは……わたしのものだもの」
「愛乃さんも、俺のものだからね」
愛乃の体を抱きしめる力を、透は少し強めた。愛乃の柔らかい胸の感触が自分の胸板にあたるけれど、気にしないことにした。
透は愛乃に負い目があった。愛乃は、知香に遠慮しているように見える。
それは、知香が透に見せる複雑な感情と同時に、透の言動も原因だと思う。
透が知香に未練がないかといえば、完全に否定することはできない。
それでも、透は愛乃の婚約者となることを受け入れた。その力になるとも約束した。
(それに、お風呂に一緒に入ったり、一緒のベッドで寝たりもしたし……)
だから、愛乃には、知香に遠慮なんてしないでほしかった。
愛乃は透に抱きすくめられ、びくっと震える。
「透くん、今日はちょっと強引だよね。でも、強引な透くんも……悪くないかも」
「本当にそう思う?」
「うん。透くんにいろいろしてもらうのは……嬉しいもの」
愛乃は恥ずかしそうにうなずいた。
そして、愛乃は目をつぶり、唇を上に向けた。
透はどきりとする。
(こ、これって……いわゆるキス待ち顔!?)
透は愛乃をハグできても、キスできるほどの勇気はなかった。
けれど、愛乃は言う。
「婚約者にしかできないこと、してほしいな」
「そ、それって……」
「近衛さんとは……ただの幼馴染や従妹とは、キスしないでしょう?」
愛乃はそうささやいた。
たしかにそのとおりだ。
愛乃は甘えるように、青いサファイアのような瞳で透を見つめる。
「ねえ、して?」
「で、でも……そんなこと、いきなりできないよ」
「わたしは、透くんに妊娠させられたっていいんだよ? できないことなんて……なにもないよ」
透の腕のなかの愛乃は、恥ずかしそうに告げた。