45話 愛乃のターン
「わたしのことを……透くんは必要としてくれるよね?」
愛乃がどうしてそんなことを問いかけたのか、透にはわからなかった。しかも愛乃の表情に一瞬影が差した気がする。
けれど、次の瞬間には、愛乃の顔はぱっと明るく輝いていた。
そして、バスタオル姿の愛乃はくすくすっと笑い、知香を見つめる。
知香が不審そうに愛乃を見つめ返した。
「な、なに?」
「近衛さんって、意外とうっかりさんだよね?」
「え?」
「タオルの胸元、見てみたほうがいいんじゃないかな」
愛乃の指摘で、知香ははっとした顔になる。
そして、自分の胸元を見て、みるみる顔を赤くした。
知香のバスタオルは相変わらず透けていた。
知香は悲鳴のようなくぐもった声を上げると、両手で胸を隠し、透を睨みつけた。
「透! き、気づいていたでしょ?」
「ご、ごめん。言い出せなくて……」
「さ、最低っ! エッチ! 変態っ! 透なんて大嫌いっ」
知香は涙目で、透を睨みつけた。
でも、その頬は恥ずかしそうに赤く染まっている。そして、知香が言葉ほど、透を憎んでいないことを、透自身も今は知っていた。
愛乃が後ろから、透の耳元にささやく。
「素直になった近衛さんのおっぱい、触ってあげたら?」
愛乃の声が透の耳元をくすぐり、透は頬が熱くなるのを感じた。
「そ、そんなことできないよ。近衛さんが許すわけがない」
「そうかなあ? なら……」
愛乃はいたずらっぽく微笑むと、湯船に静かに入り、知香の背後へと回った。
知香が警戒したように、びくっと震える。
「な、なに?」
「透くんの代わり♪」
愛乃は知香の胸に背後から手を回し、そして、その胸を隠す手をつかみ、どかしてしまう。
「ちょ、ちょっと……」
知香はふたたび、透に透けたバスタオル越しに胸をさらけ出すことになる。
抗議しようとする知香から、バスタオルすら愛乃は奪おうとした。
「ひゃっ! な、なにするの?」
「体も心も、裸になれば近衛さんも、もっと素直になれるんじゃないかなって思って」
「や、やめてってば……!」
「近衛さんは自分の気持ちに正直になったほうがいいと思うな。透くんに色々されたいんでしょ?」
「ち、違う……! あっ……きゃあっ」
「わたしは透くんにエッチなことをしてほしいんだけどな」
愛乃の手が知香からバスタオルを奪おうとし、知香は頬を上気させてそれに抵抗していた。愛乃が引っ張るたびに、際どい感じで知香のバスタオルが翻る。
知香のバスタオルが落ちてしまうのも時間の問題のようにも見えた。
「ほ、本当にやめて!」
知香ははぁはぁと荒い息遣いで、懇願するように愛乃に言う。
透は二人の様子に目が釘付けになってしまった。
ほとんど裸の美少女二人が、目の前でとんでもないことをしている。
愛乃は上機嫌に知香に言う。
「まあ、このぐらいで許してあげようかな」
愛乃はぱっと知香から手を放して解放する。知香は慌てて湯船から逃げ出した。
知香はホッとした様子で、横で見ていた透も安心する。ところが、慌てすぎたのか、知香は湯船から上がった拍子に、その体からバスタオルが落ちてしまった。
「あっ……」
知香の白い裸の体が、透の目にさらされる。
すらりとしていて、とてもきれいで思わず見とれてしまう。
知香は透に裸を見られ完全にショートしてしまったのか、「きゃあああああっ」と大声で悲鳴を上げると、風呂場から走って逃げ去ってしまった。
透と愛乃は顔を見合わせる。
そして、愛乃は申し訳無さそうに、両手を合わせた。
「ちょっとからかいすぎちゃったかも」
「な、なんであんなことをしたの?」
「近衛さんに嫉妬したの」
愛乃はさらりと言った。けれど、その青い瞳は真剣に透を見つめていた。
「やっぱり、二人は本当は仲良しなんだなって、わかっちゃった」
「そんなことないと思うけど……」
「近衛さんは今でも透くんのことを好きなんだよ。透くんもわかっているでしょう?」
愛乃の言うとおりだった。知香は透に今でも特別な感情を持っている。
でも、もう透と知香は婚約者でもない。もとに戻ることはできなかった。
愛乃が透の瞳を覗き込む。
「わたしは透くんのことを近衛さんに渡したくないって言った。でもね、もし二人が今でもお互いのことを好きなら、わたしはお邪魔かなって思っちゃった。わたしは……」
愛乃は寂しそうに微笑んだ。
透は愛乃にそんな表情をしてほしくなかった。
愛乃の力になると約束したし、今の透は愛乃の婚約者なのだから。
知香を抱きしめたのだって、家族愛のようなものなのだけれど。
でも、それを言葉で伝えても、説得力がないかもしれない。愛乃は信じてくれないかもしれない。
だから――。
「え?」
次の瞬間、透は湯船の中の愛乃を抱きしめた。
愛乃の小柄で柔らかい体は、透の腕の中で小さく震えていた。





