狂信者と朝1
ドンドンドンと、ドアを叩く音で目が覚める。
「おーい。ネルラント、朝だよー。急がないと遅刻するよ!」
外をちらりと見ると、日が昇っている。やはり、気が弛んでいる。以前ならば日が昇る前に......外のドアを叩く音が強くなっている、これ以上は後で考えよう。
「今行くから待って!」
朝を抜くのはあまり良くないが仕方ない。
最低限、顔を洗って教科の準備をしてから鍵を締める。
「悪いな。待ってくれてありがとう」
「もう!早く行くよ!」
そうして走って登校する。
クラスに入ると案の定、空気がピリピリしていた。
それこそ、ナガサワが来ると襲いかねない程に。
そして俺に向けられるのはあまり気持ちの良いモノではない。
主に貴族派の大多数と庶民派の数人からの視線が厳しい。
「おはようございます」
「おはようございます皇女殿下。これは......」
「昨日の闘技場での一件、大多数の貴族派生徒と一部の庶民派生徒の方々はどうやら納得していない様です」
「原因は私の裁定ですか.........」
「はい。貴族派に最大限の配慮した貴方の裁定。その曖昧さが、かえって貴族派の怒りを買ってしまったようです。そして貴族に配慮したということで一部の庶民派からは公平性を著しく乱した行為として捉えられたのではないかと私は思います」
「そうでしたか...............」
「ですが、そう気を落とすことはありません。あの裁定は難しいモノでした。起きてしまった事は仕方ありません」
「お言葉ですが、あの時に私が場を収集するよう仰ったのは皇女殿下ではありませんでしたか?」
さりげなく俺が自発的にあの場を収めたように言っているが、元はと言えば俺を立会人にするように言ったのは皇女殿下である。
「それについては私も浅はかな考えでした。その代わりといってはなんですが名誉回復に尽力致します」
「いえ、間違いを認めてくださっただけで十分です。後は私の方でなんとかします」
自分で言っていて嫌で偉そうな奴だとは思うが自分のケツは自分で拭くがポリシーなのでついついそう答えてしまう。
「そうですか............では困ったことがあればいつでも相談しに来てください」
「分かりました。是非そうさせていただきます。それで早速なのですが────」
そうして、渋々昨日の事の顛末を話した。
「一つ質問よろしいでしょうか?」
今にもゴゴゴと聞こえてきそうな程の凄い雰囲気を纏っている。
「は、はい。何でしょう」......逃げたい。
「なぜ私をそのパーティーに呼ばなかったのですか?」
「い、いや、それは......そのような所に皇女殿下を行かせる訳にはいかなかったというだけの話で......」
あんまりナガサワと会わせるとどういうことになるか分からない。
「あまり問い詰めるような事はしませんが......私はそういった物について抵抗感がある訳でもありませんから......こういうのは余計な勘違いを生むかもしれませんが、少なくとも貴方には恩義を感じています。ですから............」
「分かりました。次は誘うようにします。それでどうしましょう、レドル公爵令嬢とお会いになりますか」
「ええ、もちろん。お願いします」
「分かりました。ところでレドル公爵令嬢のクラスは......」
「魔法第六科です。後はよろしくお願いします」
「はい。分かりました。日程が決まり次第、お伝えします」
「ありがとうございます」
チャイムの音が鳴り、朝のホームルームが始まる。
懐かしい、中学校や、高校の記憶がよみがえる。何気ない友達との中身のない会話、楽しそうに談笑する女子、ノリの良い教師、そして、ちょっぴりボロくさい教室。今となっては、かけがえのない思い出だ。
もちろん今のクラスの状況は全て違う。クラスはピリピリしていて、貴族派と庶民派でくっきりと二分されているし、俺を見る目は厳しいものが多い。
それでも郷愁に浸る良い機会になった。
ホームルームでは、放送でナガサワの3日間の停学と、一年生の殆どの生徒に対し厳重注意が下された。
流石に前に発言した校長の責任があるとはいえ、入学式という儀式の場を乱したというのは若干重く見られたようだ。
それにしては罰則が軽いように思う。普通ならばもう少し長くなる筈だ。
公共の良俗に反する行為は一週間以上の停学か、もしくは退学になると校則に記されていたが......まあそれで揉めた結果、勢いづいた庶民派教師のナガサワに対する融和的な意見も反映される事になったのだろうか。或いは新入生に対する猶予的な措置だろうか。おそらく前者の方が正解なのだろう。
推測でしかないが、複雑な教師間の内情を知っている身としてはそれ以外に考える余地はない。
ちなみに停学とは家に居て外出禁止という訳ではなく、校門が開くと同時に学校に入り、聖書の書き写しをして、最終下校時間になるまで学校に居続ける......あまりしたくない罰則だ。
それはともかく、一時間目の準備をする。




