狂信者とパーティー10
「大丈夫ですの?!」
「ええ、まあその後すぐに治癒魔法で治して貰いました」
「そうなのですか......では貴方はどうしてご学友を、皇女殿下やフロスト商会の所の子を連れて来なかったのですか?」
「単純に誘われたのが私だけでしたし、それに、友人は先に帰っていっていたのでそれを誘うのも少し憚れたので......」
「そうでしたのね......また今度機会があるならばご一緒してみたいですね。特に皇女殿下とは」
「何かご縁があるのですか?」
「いえ、ありません。だからこそ話してみたいのですわ」
何かあるのだろうか。レドル公爵家は女帝派で一応、前皇帝派筆頭の皇女殿下とは対立しているが。
「......ですが、レドル様は女帝派、皇女殿下は前皇帝派筆頭。その点は」
「大丈夫ですわ。流石に学校で対立を招くような事はしませんよ。ただ会ってどんな人か見てみたいだけです、前皇帝派筆頭がどんな人間なのか、見極めたいと思いますわ」
人を見極める、か。
そんな抽象的な理由でそこまでの事が言い出せるのは思い切りが良いと言うか、無鉄砲というか。
どこかの皇女殿下と似てる様な似てないような......
「いざとなれば私が仲裁にあたります」と言って、イリヤ・フォン・アルカナが真剣な眼差しでこちらを見る。
人を見る目に長けている訳ではないが、彼女らなら大丈夫だ、そこまで大きく揉めるような事はしないだろう。
後は自然とそれを秘密裏に行える場......とはいえこの空間でするのは些かリスクが大きい。どこの馬の骨かも分からない奴が居るという事があまりよろしくない。
「そうですね。では、その場所を設定しなければなりません......ここではどうでしょう!」
早速その提案が来たか。
「それでは密会になってしまいます。表にそれが出たときにあらぬ噂で囃し立てられます。止めておいた方が良いでしょう。それならば元から公開して、会話だけが聞かれない方が良いでしょう」
些か無理のある提案だ。だが、納得してもらわねばならない。
「その様な状況............」
「紅茶部はどうでしょう。あそこなら簡単に出入りの制限ができますし、目立ちますね」
ナイス助言。流石に全てを俺が指定するのは憚れる。それに、俺がこの空間でやりたくないという事がバレかねない。
既にそれは若干感じられている気はするが、それでも単純に場合によるという事が分かってくれれば良い。
それにしても紅茶部、か。一年生の教室から近く、扉が一つしかないので見張りがしやすい。
そして、ヴィタメールにも当然の如く、部活があるようでその種類は多種多様で、この学校独自のものがある。
紅茶部もその一つで、実質的に貴族のヨコの繋がりを作るための場として、多くの貴族の子が入部している。
東部にも私立の学校......ここの派生だが、そこでもやはり色々な部活がある。
事実上の分校である騎士学校にもそういった部活動がある、それはそれでかなり武闘系の部活動が多い傾向にある。
だが、そこはここよりも貴族の割合が少なく、ここよりも、人数が多い。ほとんどが商人の子であったり、農民の子であったりが多い。日本であれば私立の学校の方が学費が高いが、ここでは私立の方が学費が低い。
その一番の理由は人数の多さと多額の寄付金だ。そのため安く教育を受けることが出来ている。
もっとも、小作人はそのほとんどが未だに教育を受けることが出来ていない。
出来るのは自作農で十分な収支がある人のみだ。国家全体としての識字率は40%に満たない。
だが、問題はあれど学校という制度を作った人には敬意を払いたい。
「では、そうしましょう。私は皇女殿下にこれを伝えますが、この提案を受けるかどうかというのは皇女殿下次第です」
「分かってますわ」
「私はその方が良いのですが......」
「イリヤ!そんな事言わないの!まるで私が無理を言っているみたいじゃない!」
「すみませんクラエス様が......」
「いえ、大丈夫です。いつもこの様な、感じなのですか」
「はい、こちらが本性ですね」
案外バッサリと切るようだ。
「中々手厳しい事を言いますね」
「いえ、クラエス様にはこれぐらいの事を言うのが丁度良いでしょう」
そちらも苦労しているようだ。
「大変ですね」
「えぇ、貴方もその様です」
どういう事だ。勘付かれたか。一瞬表情が翳る。
また記憶処理をしないといけないのか。
「......それはどういう事でしょうか」
「ネルラント様は隠せていると思っているかもしれませんが、顔に疲れが出ていますよ」
バレたなんてことは無かった。バルトールが異常すぎるのだ。
「そうでしょうか。そこまでの疲労は感じていないのですが」
「感じていなくても体は休息を求めている......なんてことは倒れる人の特徴です」
「気を付けます、ですがそれはイリヤ、貴女もではありませんか?」
「私は適切な休息とストレス発散をしています。貴方様に言われる程酷くはございません」
「強情ですね」
「私が柔なお嬢様に見えますか?」
「少なくとも最初はそうだった」と少し言葉を崩して話す。
「そうですか、なら貴方は人を見る目がないですね」そういってイリヤ嬢は蠱惑的な笑みを浮かべる。
「そういえば、そちらのレドル様も大丈夫でしょうか、どうやら酔っているようにお見受けしますが」
俺の視線の先には頬を赤らめて、完全に″出来上がっている″レドル嬢がいた。
「ひりやぁ、もっとぉ。ひゅーぶまってきはのさいよ」
「あーもう!クラエス様は!すみません、手伝って貰えないでしょうか」
「手伝うとは?」なんにせよ嫌な予感がする。
「この空間から出て、部屋に戻るのに手伝ってください」
「分かりました。主催のナガサワへ連絡してきます」
そういってナガサワの元へ行く。案の定女性に囲まれてハーレム状態。まあ、良くやるもんだ。
「ネルラント、パーティーは楽しんでいるか?」
「それより、何でお酒が置いてあったんだ。それのせいで一人が酔っ払って、大変な事になってる」
「え、あ、あぁ。それは............「言い訳は良いから早く帰してやってくれ。介護が大変なんだ」
ナガサワが言い訳しようとするのを遮って急かせる。
「《ワープ》を使えば一瞬だよ」
「は?」思わず呆れてしまう。
「知っているだろう《ワープ》だよ」
「そりゃ確かに知っているさ、だがあのなぁ、全ての人間が《ワープ》みたいな高度な魔法使える訳ないだろ」
《ワープ》の発動自体はそこまでの難易度が難しくない上級魔法だが、その魔方陣に正確に自らの望んだ場所に移動出来るのは少ない。それが出来るだけで国から厚遇が用意されるレベルだ。
「えっ!そうなんだ。俺はてっきり使えるものと思っていた」
コイツはいつも規格外なそれを見せつけてくる。街の様子を見ていても分からなかったのか。それが使われているならば普通に気づくだろう。
なんというか、常識と頭が足りていない。
「まあ、と!に!か!く!早くそれでレドル様とイリヤ、それに介護要員として俺を外に出してくれ。今日は楽しかった」
「了解。じゃあ、そこに出しておく」
そういうと一瞬で魔方陣が構築される。相変わらず規格外だ。
「ありがとう」
そうして、ナガサワの元を離れて、酔っ払ったレドル嬢と肩を組んで魔方陣を踏む。
「ありがとうございます」
「......それにしても、私が来る必要ありましたか?」
「いえ、ありませんが。偶々近くに貴方がいたので、手を貸して貰いました。それに、あそこには男手が主催の方と貴方様の二人しか居ませんでしたので」
「ナガサワに頼めば一瞬で事が済みましたが」
アイツなら″紳士的″に対応してくれるだろうに。
「はっきり申し上げた方がよろしいでしょうか。貴方はあの空間から一刻も早く脱出したかった............違いますか?」
「さぁ、それはどうでしょう」
もちろん図星だ、なんなら今、この場からも逃げ出したい。
「今ここには私と貴方の二人しかいません」
「それがどうかしましたか」
......面倒事の臭いがしてきた。
いつしもそういった物事は身構えていない時に来るものである。
「正直な事を話して欲しいのです」
イリヤ嬢は″何か″に感づいた。だが、下手に喋れば相手に余計な情報を与える事になる。ならば隠し事前提で問うてみる。
「私にメリットがありますか?」
「何でもする......と言えば?」




