狂信者と決闘3
されど、立会人である俺には提案を断る権利なんてものはない。
「何だ!」と大声を張り上げて問う。
「今、俺に不満がある奴は全員でかかってこい!いっぺんに相手してやる!」
力を持つ者となった結果がこれか、コイツの心の底が透けて見える。
確かに手っ取り早い方法ではあるが、それではいけない。凡てを相手に取って勝てるというのは凄まじい力を持っていると誇示するには最適だが、相手にしてみては自分が役不足であると言われているのと同じ。
それでは面子が立たない。ましてや貴族なら尚更だ。
それではいけない。
たとえ、ナガサワが勝とうと、貴族派と庶民派の対立は深まるばかりである。
コイツは自らの力に付随する責任を放棄しようとしている。
強い力というのは周りに大きな影響を与える、良い意味でも悪い意味でも。それを理解した上で力を奮わなければならない。
その理解を欠いた力など、もはや誰の為でもない、子どもの癇癪だ。
もしも、それが分かっていて行動しているなら尚更たちの悪い奴だが。
闘技場はざわめく。当たり前だ。
大人相手というのも大概だが、それに加えて全員を相手にするというのは気が狂ったと思われるだろう。
「それでは試合開始!!」
その合図の瞬間に現れるのは数十の魔方陣とそこから現れる上級魔法の数々。
「諦めてくれませんか」
「ええい!庶民が!どうせ不正をしたのだろう!どうなんだ、カンベル子爵!」
そうして厄介なそれが回される。
不正をしたと言うのは簡単だが、庶民派とナガサワを敵にまわす。
言わなければそれは貴族派だけでなく、貴族、ひいては現在の帝国そのものを敵にまわす。
まさに、前門の虎後門の鬼である。なんとかこの場を納めるには......
「不正があったかどうかは分かりません、私が捕らえられなかっただけで、あったかもしれません。しかし、これだけの魔法を発動できるのは立派な実力と言えます」
「つまり不正はなかった、と?」
「いえ、そうは言いません。あくまでもその可能性があるというだけです。ですが、大人、ましてや貴族なら庶民に対してもう少し譲歩を見せてはどうでしょう」
もう俺も何を言ってるか分からなくなってきた。
「つまり、このワシに敗北を認めろと」
「そうではありません、敗北を認めてあげるのです。庶民の我が儘を許すのも貴族の余裕ではないでしょうか」
どうだ。
「............狸め。だが一理はある、分かった。このワシが敗北を認めてやろう!!」
流石に旗色が悪いことぐらいは分かっていたらしい。
老いていても人間としての判断力は鈍っていなかったようだ。
「そうか、それで?教育してやるというのは?どういう事だグランツ子爵さん?」
相変わらず貴族に対して挑発的態度を取り続けるナガサワ。
困ったものだ、自ら火種を収めつつ、また新たな火種を生む。完全に己が正義と思っているのだろうか。
そんなんで学校生活を送られては、たまったもんじゃない。
「ッ!覚えていろ。この辱しめ必ずや返すっ!!」
そうして捨てゼリフを吐いてに去っていく。
俺にはタヌキといい、ナガサワに対しては強気に出て、格好つけたつもりなのだろうか。
なんというか俺がタヌキなら、グランツ子爵は虎の威を借る狐である。
負け犬の遠吠えと言われても仕方がないような言葉を吐いていたし、いまいちパッとしない人だった。
「他に、文句のある奴はいるか?」
闘技場が静寂に包まれる。上級魔法を一瞬にしてしかも無詠唱で数十の魔法を出して来たのだから。
黙りたくなるのも分かる、自分達が対峙していた相手が規格外なのだから。
嫌でも自分との差が分かる。




