狂信者と入学式1
「さて、寝るとするか」
誰も聞いていない独り言を呟きつつ、寮に戻り、寝床に入る。目をつむり、力を抜いて、意識を切る。
そして、そこから幾ばくの日が経って入学式を迎える。
部屋のドアがノックされる。
「ネルラント。行くよ!」
「あぁ、今出るよ」
最後のチェックをする。
身だしなみには気をつけて。
ドアの鍵を締めて。
青いローブのフードがない校章入りの制服、似合っているだろうか
「お待たせ」
「遅いよ!」
「ごめんごめん」
「もー!......まあ良いけれど」
「朝からうるさいな」
「今更だよ。僕はいつも元気だよ。その手に持っているのは杖?」
バルトールは俺の手に持つ物を指して言う。
手に持つのは三十八年式歩兵銃、俺は魔力が平均以下だし、その時に何か起きれば守りきれない。
すぐに魔力が切れる、全く不便な体だ。それに俺は《突撃型》ベースだがリソースはほとんど戦術指揮の能力に割り振られている。
《突撃型》の連射力もほとんど跡形もなく消え失せた......実際、ボルトアクションの小銃より少し早いぐらいの連射力だ。
ナガサワにバレるかもしれないが、弾は装填してないし、ロックもかけている。
ウチの代々引き継がれてきた杖とでもしておけば信じるだろう。
「そうだが、前にお前を助けた時に使っていたぞ」
「あの時の事は緊張しすぎて覚えてないや」
「全く.....そんなやつがよくもまああんな冷静な交渉が出来たんだ」
「商談とそれ以外は別だよ」
本当に商人根性逞しい。
「はあ、そうか。そういや、でそういや今年の新入生代表は誰なんだ」
「例の1000点の奴だよ。ナガサワだっけ?」
「まあ、そうか。こういうときは普通、手慣れていて、品格のある皇女殿下じゃないのか」
おかしい。例年ならともかく、今年は皇家の人間が入学するのだから、実際はどうであれ建前として、帝国への忠誠心を表す所だろうに。
「学校長が学ぶ権利は平等だとか、学問の下の平等だとか言ってそれを盾に押し通したらしいよ。今の学校長は一説によると、コミュニズム派と繋がってるんじゃないかとか言われているね」
「相変わらず情報には敏感だな」
「もちろん!情報と信用は商人の命だからね。それにこの程度の情報は街を歩いている貴族の上級生とか、メイドとか、教師とかに聞いていけばすぐに出てくるモノだよ。特にフロスト商会の支店にはそういった人達が良く来るからね」
「そうだったな、フロスト商会は嗜好品の店だったり、化粧品の店だったりがかなりあったな。それを求めて貴族の子供がこぞって集まると」
「それだけでなくて、ウチの商会は色んな人が集まるから、情報もそれだけ集まるって訳さ」
「そうなのか、で時間は大丈夫か」
「危ない、危ない、君が言ってくれなければ遅刻するところだったよ。急ごう!全寮制の学校で初日から遅刻なんて洒落にならないしね」
「了解」
銃を抱えながら、走る。弾薬を背負い式の鞄に入れているからなお重い。
「ふぅ、ギリギリだったな」
「ギリギリ間に合った...き、君は....息があがって......ない.....ね」
そうして、俺達は入学式の会場である体育館に着き、そして成績で決められた席順に座っていく、案の定クラスの中でも最後列の右、要はビリケツだ。
既に保護者席は満杯、会場自体も人が一杯でぎゅうぎゅう詰めである。
ナガサワは最前列の一番左、その右が皇女殿下。十名ずつでの四列で合計40人のクラス。
やはり一番賢いクラスには貴族と思われる人が多い、ここに来るまでは並大抵の努力だけでは通れないし、環境が悪くても通れない。
環境と努力が揃わなければ、このクラスには入れない。
それにしても皇女殿下もナガサワが居なければ首席入学だったようだ。
皇家の教育が優秀である証だ。もちろん本人の努力があってこそのモノだが。
それにしても、皇家としては飛び入りで入ってきた素性の分からないナガサワに首席を取られたというのは面目的にどうなのだろうか。
まあ、今回はあまりにも規格外過ぎる。
おそらく、チートによって暗殺しようとしても刺客すら軽々と撃退するだろうし、コイツを殺そうとするならば魔法が使えない空間で武術の達人にやらせる位しか思い付かない。
仕方ないがコイツとは思考を読まれる(盗聴される)事がないように仲良くやっていくしかない。
何でいつも懸案事項がついて回るのだろうか。
仲良くし過ぎても、ナガサワの思考に染められる。仲が悪すぎても思考盗聴からの廃人か都合の良い人形にされる、これは実際にナガサワの能力では不可能ではない。
《シャフゲル》の存在を知ってしまえば後は人の記憶を書き換えるように応用するだけ、悪い印象をすべて消して人を惚れさせる、思いの通り動かす、ということがこの学校の全員にできる魔力量がある。
ぶっちゃけ言うとナガサワが無知であれば無知であるほど俺の悩みのタネが減ってくれるのでありがたい。
人を呪わば穴二つというが、こればっかりは呪うしかない。
チートやらスキルやらをそれを知らない筈の人間に説明もせずにその知識を前提とした自分の能力を語る時点で若干アレな気がするが。
要は″難しい言葉を使うな、頭悪いんか″という言葉がそのまま突き刺さる珍しい人種である。
仮にこんなヤツがクラスの先頭に立って何かを為すならばついていきたくない。反対意見を言ったならば何をされるか分からない。




