狂信者の狂気その1
「ただいま」
やはり誰も迎えてくれる人が居なくなってから何年もそう言ってしまうのは、もはや悪癖だ。
代わりに出迎えてくれたのは降り積もった埃と鼠っぽい何かだけだ。家といってもほぼ帰ってくる事はないので資料と少々危険な薬物の保管庫に近い。
資料を保管している個室へ向かう約一年ぶりの帰宅だ。学生時代は忙しく家より学校にいる時間が長かったが此処まで家に帰らなかったことはない。
部屋を開けるが特に変わった所はない。
机の上には戦後戦車のあれこれが部品単位から詳しい寸法と合金の比率まで書いている資料があるが、今後使うことは無いだろう。比較的部品数の少ないボルトアクション方式の三八式歩兵銃ですら銃と弾を造るのに軍御用達ドワーフ族の精鋭がやっとこさ造れた位である。
それにそんなものを造れば軍事的バランスが崩れてしまう。姉の残した物から造れて使いやすいものを探した結果がこれだった。そして素早く必要な薬品と弾薬その他etc......を今すぐにでも出られるように纏める。
そして″色々な事″を話をしにカンベル伯爵邸宅、その後夕食を買おう。
先ずはカンベル伯爵邸宅だ。外観はそこまで豪華な装飾は施されていない。地味と言えば聞こえが悪いが、豪華絢爛で悪目立ちするよりはいい。
「どちら様でございましょうか?」
「ネルラントです」
暫くしてカンベル伯爵の執事がやって来た。一度戦場で見たことがあるが一人の人としては最強の部類に入るだろう。
「お待ちしておりました。坊っちゃん、こちらへ」
邸宅を案内される。この人、個人の戦闘力も凄いが執事としても超一流だ。
「ありがとうございます」
「いえいえ私たちは当たり前の事をしただけですから。何なりとご命令下さい。申し遅れました私カンベル様の執事をさせていただいておりますフス・ハルカトです。ハルカトとお呼びください。もうすこしで旦那様が来られますので今しばらくお待ちください」
「分かりました」
十分と経たずカンベル伯爵は来た。
「カンベル軍務卿」と言い、同時に最敬礼を行う。
「最敬礼はしなくていい、君らにそういう事をされる程私は出来た人物ではない。ましてや君らを戦場へ駆り出すよう女帝陛下に上奏したのは当時の私だ。それより今日は何の用だい?」
「一つは任務の件です。私と家庭環境を聞かれた時に上手い具合に話を合わせて欲しいのです。戦場で臨機応変を効かす閣下には簡単ですよね?」
いきなりキツイことを言うなぁと伯爵は苦笑する。それを半ば無視する形で話を続ける。
「二つ目はサナトリア王国の挑発が激しさを増しています。サナトリア王国保存食生産量及び輸出入量の戦争前と平時そして出来るだけ最近の資料を揃えて本官へ。場合によっては偽金工作、輸出規制も視野に商務卿への連絡も」
カンベル軍務卿が顔をしかめる。
「君は軍人か」皮肉めいた口調で問う。
「一応軍人ですよ。理由はどうあれ他の農民兵と変わりません。出自が少し特殊なだけで」
「......もはや狂気的だな大隊長。計画はこうも人を狂わせるか」
「狂っているのではありません。生きるために無駄な部分が削ぎ落とされただけです」
「......神兵計画の遺物」
「何とでもお呼びください。嫌われるのは慣れているので、以上です。では夕餉の準備があるのでここで、大変失礼いたしました。今後はこの様な事が無きよう気を付けます」
「私はそういう事を言いたいんじゃない!」
そういうカンベル軍務卿を背にして邸宅を後にする。