狂信者とメイド
では暫く待つとするか。
外には案の定、黒髪赤目のメイドがいた。身長からして歳は同じくらいだろうか。
「盗み聞きとはあまり感心しないな」
「い、いえ。決してその様な事は......」
「隠さなくていい。どうせそんな事だと思った」
すみませんと言うメイド。
「あ、あのそれでネルラント様は皇女殿下 ......マリア様のことどう思っているんですか」
「どう、とは」
「好きなんですか」
来た、面倒臭い質問。こういう時に俺は決まって、こう切り返す。
「お前はどう思う」
「わわ、私はですか?!......そうですね」
そうしてメイド少女は思案する。
「分かりません。失礼ですが、貴方の目から感情が一切読み取れないのです」
一瞬だが動揺してしまう。すぐに切り替える。
「ッ!......人から判断するのではなく、お前の意思はどうであってか欲しいんだ」
「私に意思などありません。私は戦争奴隷としてこの国に来ました。そして奴隷として躾られました。そしてマリア様に買われました。私の全てはマリア様の物です、この体、私の意思、感情さえも全てをマリア様に捧げます」
ヤバい、地雷を踏んだ。戦場での地雷というのは手足が吹っ飛ぶだけだし、処理は得意だが、人の地雷というのは難しく、処理を間違えば爆発し、人格を破壊する。
それにしても妙だ。普通、どんなに奴隷を信用していようが絶対服従を謳っていようが隷属の首輪をつけられる。逃亡や自殺、反逆を防ぐ為の保険である、以前来た時に別のメイドが応対してくれたが。それには首輪がついている者がいた、ひとえにメイドといっても貴族の花嫁修行だったり、奴隷だったり、専業にしている者だったり様々、しかし、職場内不和は起きない。なぜなら意思の是非に関わらず、協力が要求される職場だからである。この世界で一番平等な職場だ。
それはともかく、このメイドは″こちら側″に片足を突っ込んでいる。それは日常を過ごす者にとって不要だ。それは日常において調和を乱す原因となる。だから戻さないといけない。
「それでは人の形をした肉人形だ。皇女殿下はその為にお前を雇ったのか、お前より優秀な奴隷は幾らでもいる。なぜお前を雇ったのか、なぜ奴隷の証を着けなかったのか」
だが、まだ彼女は″こちら側″に来てはいない。今なら間に合う。″こちら側″に来る前に追い返せる。
「......分かりません」
「なら、感情を持ち、意思を使って思考しろ、帰るときにまた答えを聞こう」
偉そうな事を言ってしまったが、平穏を享受する人にはそれ相応の健全な精神であった方が良い。それにこの場合強く言わないと伝わらない。
「ッ!............承知致しました......」
その後は皇女殿下が手紙を読み終わるまで一言も交わさなかった。
まあ、逆にいえばネルラントは命令に忠実......というか″狂信者″なんですよね




