狂信者の皮肉と平和
「紹介に預かりましたマリア・ハローネ・クロイセンです。帝立ヴィタメールで皆さんと切磋琢磨できるのが楽しみでたまりませ────」
壇上でオーバーリアクション染みた身ぶり手ぶりをするのはマリア・ハローネ、今回の護衛対象。流石は皇家、こういった場には慣れているのかスラスラと噛むこともなく、声も聞き取りやすい。
長い長い話が終わり、懇親会が始まる。
もちろん皇女殿下には少しでも覚えを良くしようと人が集まる。
大変そうだと思っていたが婚約者のいない伯爵の子供とは意外にも狙い目らしく、
「ネルラント様!」
「君はアルカナ子爵のところのイリヤ・フォン・アルカナですか」
「よくご存知ですね」
「ご実家の領地はワインで有名でしたね、父上がよく呑んでいますね、私も早く大人になって飲んでみたいものです」
と相手を立てつつ、会釈しつつ、襤褸を出さないように笑顔を張り付けて会話する。こんなことが10人も20人も続く。
これだから貴族は面倒臭い。それに貴族にはややこしいルールや付き合いがある。
それにしても滑稽だ。身なりを整え、言葉遣いにも気を付けただけで伯爵の子供と言えば、婚約の手紙だったり、こういった場で婚約を求められたり。もとが実験動物であっても家がその身柄を保証すればすり寄って来るのだから。皮肉なものだ、結局貴族が見ているのはその人柄や美貌、どのような人生を歩んできたかよりも家としての格式、体裁が大事なのである。
そして、疲れて暖まった体を冷やすために、夜風に当たろうとバルコニーへ出る。
日本の都会の汚れた空ではなく、何の穢れもない満点の星空、思えばこの世界に来てからはゆっくり夜空を見る暇も無かった、戦いが終わればまた次の戦場へ、初めて戦場でこの手で人を殺した日は眠れなくて星空を見ていたが、その時はこのようにゆとりをもって星空を眺めるなんてできなかった。
こうやっていつまでも星空を眺められる世であって欲しいと思う、だから平和を勝ち取る為の努力は惜しまない。この命に代えても。




