当時を知る─書物に挟まれていた資料②─
加筆─年─月─日
聖暦652年陰暦3月3日(太陽暦6月4日)
とうとうその日がやって来てしまった。正直な所、この時の俺は焦っていた。
講和条約の内容を考えてみたが、どうしても戦前の国境線は譲れない。そんなことになれば、魔王の位から俺が追い落とされる。
どんな手を使ってでもそこを勝ち取るんだ!
「ご機嫌麗しゅうハルト・ナガサワ?こうやってお会いするのは初めてですね」
「え、ええ。なぜ貴殿が我の名前を?」
「そんな気を張らなくても、ここには私達二人以外誰も居ないのですから......我が国の学校に通っていらっしゃったのですから、当然存じ上げていますよ?」
「ではそうさせてもらう」
「世間話も程々にして、早速交渉に入りましょう。帝国は今回の戦役で領土を獲れど、多くの民を失いました。我が国の要求は一つです。今戦役、前戦役で得た領土を″買い取って″くださいます?」
「......それは」
どうして、どうしてだ。向こうとしては更に相手の領土を取りたいはず。
ほぼ対等と言ってよい条件を出したのはどういう意図があるのか。
「我が国としては、帝国大金貨1枚/1エーカーで売却したいと思っております、一年前の戦役で得た分も含めて合計で帝国大白金貨120枚、加えて賠償金を帝国大白金貨30枚を要求します。勿論、分割払いも可能ですし、貴国が取り戻した領土についても、そちらからやって来ない限りは今後一切要求致しません。何か質問はございますか?」
かなり法外な値段だ。しかし、俺はこの提案に乗るしかないのだ。
ここでゴネて、この女狐に交渉を打ち切られるといよいよ俺の立場も危うくなってくる。
「紙幣で支払うのはできますか」
「残念ながら私どもは未だ、貴国紙幣の価値を理解できません。ですが、宝石貨、もしくは宝石や貴金属、その他輸出物での支払いは可能です。もしくは貴国内での全採掘権で支払う方法もごさいます。しかし、貴国が不誠実な対応をなされば、この交渉は白紙とします」
クソッこの女狐め、紙幣の利点を知った上でそれを躱して吹っ掛けて来やがった。
これで紙幣で支払う方法も使えない。
宝石貨の宝石配合率を下げるか......いやコイツなら気づく。この女ただ者じゃないっ!
帝国大白金貨150枚、一気に払うのは厳しいが、分割なら払える。幸いなことに魔王国には金の大鉱脈が多くある。それにいざとなれば地中の金を魔法で固めればいい。
「......金で支払います。15年分割払いで」
「そうですか、現在の王国の金は一キンタルあたり帝国小白金貨1枚、大金貨2枚、小金貨5枚ですが、15年払いとなると96キンタルですね」
「一キンタルとは?」
「単位はどれでしょうか」
「キログラムです」
「100kgです。つまり年間9600kgですね」かなりの吹っ掛けだが、この時の俺は一刻も早く領土を買い取ってそれを俺の偉業としたかった。
「......分かりました。ではと金960kgと帝国大白金貨9枚を支払いましょう」
「............そうですか。分かりました。こちらとしてもありがたい限りです。ではこちらに署名を」と羽ペンと調印の文書を渡される。
「ありがとうございます」
緊張で手が震え、インクが滲み、字が潰れる。
そして判を押す。
「これで今日を以て帝国と魔王国は講和と相成りました。よって、両国の戦闘状態の解除及び国交の回復を宣言します」そうして形式的な握手をする。なぜか″左手″でしていたが気にする事でもないか。
ふぅ、やっと終わった。結果として講和条約を結べたんだから一息つける。帰ってシャロにでも甘えようか......いやいや、魔王たる者、まずは講和条約を結んだ事を国民に知らせねば。
流石に国家予算から多額の賠償金がクロイセン帝国へ流れているのを知られれば、俺の地位が揺らぎかねない。
個人資産で支払うにしてもかなりの痛手を負う。
しかし、俺は魔王だ。ならば国民の為に王の給料カットをし、個人資産とあわせて賠償金に当てれば何とかなる。足りないのなら、回収した宝石貨から支払えばよい。
しかし、失敗した。魔王城に学校と同じような魔方陣を発動させた影響で《ワープ》が使えない。大人しく装甲車で帰るしかないのか......
交渉の場等において、右手で敬礼や握手をするときは友好の意を表し、左手ですると、敵対の意を表します。
これは大半の人が右利きである事に由来していて、利き手に何も持っていないということを表す表現だったそうです。
ですから、敬礼するときがあれば右手で行う方が宜しいかと存じます。
まあ、インドの右手で食べ物を掬い、左手でお尻を拭くのも似たり寄ったりの由来と作者は考えます。
ナガサワという男は君主としては相当な馬鹿である事に気付かれた方も多いのではないでしょうか。
やり方が某アニメのジュラル星人の様にまどろっこしい(理想の為とはいえ)
言葉を知らない。
考えが未熟である。
しかし、それゆえに理想論を語るのです。
理想論は正論と言えど、現実からかけ離れたモノ、それを追いかける無邪気......とは言いがたい少年の様子にも注目していただけたら善きかなと思います。




