狂信者と″しょく″と嘘
正直な話、軍を辞めたいと思った事は山ほどあったが、他の仕事で生きていく自信も学もない。
商売をするには人脈と金と経済学がいる。農民をするにも土地と人手がいる。それに農民は徴兵の対象だ。
近衛騎士団に入るには剣術と学と品位がいる。
そしてどの職業もツラい側面がある。
なにより体のいい熟練兵が辞めれる程この帝政クロイセンに軍人のゆとりはない。
結局、現状維持が良い訳ではないが、一番最悪な所にいる訳でもない。
なんにせよ食べれるだけマシである。
そして味のしない食事を終えた後はひたすら地歴の暗記に徹し、そして覚えた後には知識を体系化する。
朝日の光で目が覚める。
......勉強した勢いそのままに机で寝ていたようだ。
カンベル伯邸宅に来てからは勉強以外にすることもないので身 体が鈍らないように運動するか、ひたすら地歴をしているのだがお陰で生活バランスが崩れている。
「ネルラント様、起床の時間でございます」
「分かった」
そうして顔を洗い、寝癖を直して髪を解き、あらかたの身だしなみを揃えて少しばかり庭で軽い運動をして頭を覚ます。
そして朝食をとって本格的な運動に入る。
そして今日は例の懇親会だ。夕方から始まり、夜遅くまで開かれる予定だそうだ。
舞踏会をベースとした食事を伴うもののようだが、舞踊なんて姉の練習相手として数回踊ったことがあるかどうか、まあ運動神経が悪いわけでもないのでまあその場の空気でなんとかなるだろう。
「ネルラント様、お客様がお見えになっております」
「分かった、今行く」
そして応接室へ向かうとバルトールと付き人がいた。
「やぁ、合格おめでとう」
「ありがとう。バルトール、用件は何だ」
「君は懇親会に参加した事あるかい」
「もといた分家では小さな懇親会には参加した事があるが大きなものには参加した事がない」
口から出任せではなく、立派に組まれたシナリオに沿って発言している。跡継ぎを産むことなく伯爵夫人が死んでしまったが、伯爵に再婚の意思はなく、代わりに分家の子を養子とする。事実、伯爵夫人は2,3年前に流行り病にかかりそのまま帰らぬ人となってしまった。そして伯爵に再婚の意思がないことも事実だ。
「婚約者はいるかい?」
「母のゴタゴタがあってから婚約者もまともに決まっていない」
「そうか、なら良かった」
「どうしてだ?」
「一緒に行かないか。一応僕の家も男爵だ、馬車で親交を深めようじゃないか」
「お前男爵の家だったのか、で?本音は」
「まあ、最近叙爵されたんだよ、で男爵は貴族だけど継ぐまではミドルネームのフォンを名乗れないからね。それでまあ本音は君と僕の友好をアピールしたいのが半分、そしてちょっと耳寄りな情報を伝えたいのが半分、最も聞かれる可能性が低いのは馬車内のみ、そして大抵婚約者と一緒に合格している場合が多いからね、なるべく混乱は避けたいんだ」
「ここでは話せないか」
「あぁ、僕は君と契約したんだ。カンベル伯爵家と契約した訳じゃない、それに今回の情報は......まあ話しにくいよ、政治の中枢に近い家の敷地内では特にね」
「分かった、それだけか?」
「少しばかりゲームをしようじゃないか」




