パーティを追放されたSランク冒険者のおっさん、ヤケ酒の勢いで「俺の嫁募集!」ってクエストを出した結果。
「クソォおおおお!」
ギルドに俺の叫び声が響いた。
だが、ギルドのメンバーは「ああ、またか」と言う顔で無視するか、笑いながら見ていた。
「俺だって頑張ってるんだよ!」
「はいはい」
こんな酔っ払いの愚痴を聞いてくれるのは、受付嬢のアンナだった。
もう十年の付き合いで、長いこと担当をしてもらっている。
「どーせ、俺は寂しい独り者ですよぉおおお!」
はあ、面倒くさい。とため息を吐くアンナ。
何度目になるかわからないルーカスの馬鹿酔い愚痴祭り。
ルーカスがパーティを追放されるのも、これで四度目だったか。
可哀想なので毎回愚痴に付き合ってあげたら、これが恒例になってしまった。
「くそぉおおお! お前なんて必要ない、ってなんだよおおお! 俺のこと、昔は先生って呼んでただろうがあああ!」
今回、ルーカスが追放されたパーティは二年ほど前から教育していた、若手のパーティだった。
二年と言う短い期間で最低のEランクからAランクにまでパーティランクを上げた、ギルド期待のパーティだった。
と言っても、それは全てルーカスのおかげだと、私は知ってるんだけど。
「なーにが「いい歳して独身のおっさん」だ! そうですょおおおお!? 俺は三十五歳で独身ですよ! どーせチェリーですよぉおおおおお!!!」
ああ、うるさい。
チェリーなのも知ってるわよ。
「あんただっていいところあるんだから、きっと良い人がいるって」
「ほ、本当か?」
「ええ。ほんとよほんと。イケメンイケメン」
適当にあしらうアンナ。
そのあしらい方から、歴戦の貫禄を感じる。
だが、そのあしらい方がいけなかった。
今日のルーカスの酔いは、一段と酷いものだったから。
「よーし! クエスト出すぞー!!」
「は?」
「俺の嫁をさがーす!!」
「待て、酔っ払い」
「クエスト用紙持ってこーい!」
「おいこら、聞け!」
アンナの話も聞かずに、クエスト用紙に記入していくルーカス。
「いやいや」
「内容は俺の嫁になる事!」
アンナが止めようとしても、止まらなかった。
「期間は生涯!」
この男、酔っ払っているのだ。
だからこんなセリフが言える。
「報酬は生涯の幸せだ!」
もう一度言おう。この男、酔っ払っているのだ。
素面ならこのおっさんはこんな事、絶対に言えない。
「いよーし! 出来たぞー!」
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クエスト名《俺の嫁募集》
クエスト内容 依頼人ルーカスの嫁になる事。
募集要項 特にはないが、欲を言えば若い可愛い女の子
期間 生涯を俺に添い遂げてくれ
報酬 生涯の幸せ
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
うん。酷いクエストだ。
だがこのおっさん、酔っ払っているのだ。
そんなことに気づけるはずがない。
「おお、いいぞー!」
「俺は応援するぞー!」
ぎゃはは、と冒険者達は面白おかしく煽る。
それを受けて、酔っ払いはさらに調子に乗る。
無限ループだ。
アンナはため息を吐く。
これはもう止められない、と。
「はあ、どうなっても知らないんだからね」
そして依頼人ルーカスによる「俺の嫁募集!」クエストが、世界中の冒険者ギルドに張り出されたのだった。
「はあ。ようやく、治ったか……」
といっても、まだ身体が重たい気がする。
また今日も休みか、とため息を吐いた。
俺は先日、パーティを追放された。
それで担当受付嬢のアンナにヤケ酒に付き合ってもらったんだが、飲み過ぎた。
次の日はベッドから降りられなかった。
それから二週間、二日酔いならぬ二週酔いでクエストを受けられていない。
それどころかギルドにも顔を出せずにいた。
幸い、俺はSランク冒険者。
金はあるし、一年くらいならニートしてられる。
「よし、寝るか」
その時だ。
こんこん、と部屋の扉がノックされた。
アンナか?と重たい身体を起こして、扉を開けるとーーー。
「ルーカス殿!」
美少女に抱きつかれた。
部屋の前でおっさんに美少女が抱きついてるってのは、世間体にも悪いから、部屋にいれた。
「ま、まあ、落ち着けって」
「申し訳ない。拙者もルーカス殿に会うのは久しぶり故」
テーブルを挟んで座っているのは、【忍び】だった。いや、女性だから【くの一】か?
真っ黒な髪と漆黒の瞳は、彼女が遠い東の島国【和の国】の出身だと表していた。顔から下が黒い装束だが、とてつもない美少女だ。
なんだろう、静かな、クールな雰囲気なのだが、研ぎ澄まされた眼力がさらに彼女の美しさを際立たせている。
例えるなら、暗闇に写る漆黒の刃、と言うところか。
うん。何を言ってるんだ、俺は。
「拙者、望月チヨと申す。このクエストを見つけ、【和の国】より参った」
と、一枚のクエスト用紙をテーブルに出した。
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クエスト名《俺の嫁募集》
クエスト内容 依頼人ルーカスの嫁になる事。
募集要項 特にはないが、欲を言えば若い可愛い女の子
期間 生涯を俺に添い遂げてくれ
報酬 生涯の幸せ
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「…………へー。…………ん? は、え、うん!?」
そして、驚いた。
初めは、こんなクエスト出すやついるんだなー。くらいに思って見ていたが、クエスト内容の依頼人のルーカスってのは、多分俺だ。
いや、間違いなく俺だ。
この筆跡とか、俺の字にそっくりだ。
チヨの方をちらりと見ると、頬を軽く染めて。
「不束者だが、よろしく頼む」
そう言って、彼女は頭を下げた。
うん、美しい所作だ。
って、違う違う! そうじゃない!
「拙者、これでも炊事洗濯は一通り叩き込まれてきた。ルーカス殿のために、その、夜伽のほうもーーー」
「待て待て待て待て!」
「な、なんだ? まさか、今!?」
さささっ、と後退るチヨ。
顔を真っ赤にしている。
「ル、ルーカス殿が望むのなら、拙者、覚悟を決めてーーー」
「何を覚悟を決めてるんだ!? 安心しろ、そんなことしないから!」
「なんと!? 拙者に興味がないということか!?」
「いや、違う! あるよ!」
「やっぱり!」
「いや、違くて、あるんだけど、いや、無い! いや、あー! めんどくさい!」
それから二人して、一旦落ち着いて、話し合うことにした。
「ま、まあ、君が」
「チヨと、呼んでくれ」
「え?」
「拙者、ルーカス殿に名前で呼んでもらうのが夢だった故」
「……チヨ」
「はい」
ぐあっ!
クールなチヨが笑うとこんなに威力があるのか!?
いや、さっきまで全然クールじゃなかったけどな。
「チヨは何故、こんなクエストを受ける気になったんだ? 怪し過ぎるだろ」
「忘れていると思うが、実は拙者は数年前にルーカス殿に救ってもらったのだ」
衝撃の事実。
え? いつ?
「今から十年前の事、まだ拙者が八歳の頃だ。拙者は父と修行の旅に出ていた時にバハムートに襲われたのだ。父も拙者も満身創痍で、もうダメかと思った時に、ルーカス殿が現れた」
チヨは嬉しそうに語る。
「ルーカス殿はバハムートをいとも簡単に討伐してしまった。そして、言ったのだ。「大丈夫だったか?」と。その瞬間、私は恋に落ちた!」
興奮してきたのか、身を乗り出して聞かせてくれる。
だが、顔が近い。いい匂いがする。
「私は言った、「わたしの結婚してください」と。すると、ルーカス殿は言った「十年経ったらな」と!」
顔を離そうとしたら、がしっと掴まれて離れなくされた。
くっ、顔が近い。
「十年経った時、和の国の冒険者ギルドにこのクエストが貼っていたのだ! しかし、ルーカス殿は覚えていなかった。…………だが、これはもはや運命だ! きっとそうに違いない!」
いや、違うと思う。
「拙者と結婚してくれ、ルーカス殿!」
とは言えなかった。
こんなに嬉しそうな顔をしてるんだ。
それに、十年も長い間、ずっと俺の事を想っていてくれた。
こんなにも一途な女の子の告白を断る必要があるか?
いや、ない。
「結婚してくれ、チヨ」
「っ、はい!」
こうして、俺とチヨは婚約した。
こんな美少女と婚約できるなんて、こんなチャンスそうはないだろう。
そう思っていた。
また人が訪ねて来た。
「お久しぶりです、ルーカス様。結婚しましょう」
扉を開けたら美少女がいた。
金髪碧眼の神官風の装いをしている。手には杖を持ち、胸にはコルセットを下げている。
いや、それよりも大きな胸が……。
って、何を考えているんだ俺は。
煩悩退散、煩悩退散。
「ルーカス殿? この女は誰ですか浮気ですか?」
とてつもない殺気と共にナイフを突き立ててくるチヨ。
「あら? 貴女はどなたでしょうか?」
「それはこちらのセリフだ。拙者のルーカス殿とどう言う関係だ?」
「それを貴女に教える義理がありますか?」
「ならばこちらも教えてやる義理はないな」
婚約して数十分ですでに修羅場だ。
「待て待て待て待て。一度、落ち着こう」
「「ルーカス殿(様)は黙っていてください」」
「……はい」
二人に凄まれて、部屋の中に入った。
「失礼します」
それから、二人とも部屋に入って来た。
俺の隣にチヨが座って、謎の女神官は正面に座った。
「私はシロナと申します。一応、聖女をやってます。このクエストを見てやって来ました」
そう言って、シロナはあのクエストを見せた。
「だ、だめだ! ルーカス殿は拙者と結婚するのだ!」
ガシっ、と俺の腕に抱きつくチヨ。
柔らかい。服の下に隠れてるが意外と……。
いや、やめておこう。命の危険を感じる。
「そうなんですか?」
「あ、ああ。実はそうなんだ」
頼む。これで引き下がってくれ。
「なら、仕方ありませんね」
あれ、思ったよりも簡単に引き下がってくれーーー
「私は第二夫人で我慢しましょう」
「「え?」」
はあ、仕方ないですね。という感じだが、待て待て。君は聖女だろ?
「神は真実の愛さえあれば、一夫多妻も認めてくださいます」
……との事だった。
「ま、待て!」
「はい?」
「拙者はルーカス殿に助けてもらった! 十年前にな! どうせお前はこのクエストを見てからーーー」
「私も助けてもらいましたよ?」
「「え?」」
「まあ、ルーカス様が覚えていないのも仕方がないですね。だって、もう十年も前の事ですから」
あれ? なんかこの流れ、デジャブ?
「私は孤児でした。村を魔物に焼かれ、両親目の前で無惨に殺されました。私も殺されそうになりましたが、ルーカス様が助けてくれました。ですが、その時のショックで、私は声を出すことが出来なくなりました」
そんな事が……。
と思ったが、確かに記憶がある。
遠い西の村で子供を助けた事があった。
「私はルーカス様と数ヶ月ほど一緒に旅をしました。私が落ち込み、ルーカス様を拒絶しても、ルーカス様は諦めずに私の心を開かせるため、努力してくださいました」
話している内にシロナの頬が赤くなってきた。
「そして、ルーカス様のおかげで私は人と話せるようになりました。ルーカス様がいなければ、一生他人と仲良くなることを恐れていたでしょう」
ぐすぐすっ、と涙ぐむ音が聞こえる。
隣でチヨが泣いていた。
「ルーカス様とお別れの時、私は言いました。「私と一緒にいて。結婚して」と。ですがルーカス様は「俺にはやらないといけないことがあるから、ごめんな。十年経ったら考えておくよ」と、仰りました」
チヨの時も思ったけど、多分それは子供を適当にあしらっただけじゃ?
「それから私は努力して、聖女まで上り詰めました。ルーカス様が怪我をしても、私が直してあげられるようにと。そんな時です。一つのクエストが目に入りました」
ぐすぐすっ、と隣でチヨが泣いてる。
感情移入しすぎじゃないか?
「私は運命だと思いました。ルーカス様が覚えていなくても、このようなクエストを出したのは、運命だと!」
シロナも熱くなって来た。
ガタッ、と机に身を乗り出して、顔を近付ける。
可愛いし、いい匂いがする。
「だから来ました、ルーカス様! さあ、結婚しましょう! 花嫁修行もバッチリです! さあさあ!」
や、やばい! 助けてくれ! チヨ!
その時だ。ガシっ、とシロナの手を掴むチヨ。
おお。助けてくれるのか。
と、思ったら……。
「その気持ち、拙者もよくわかるぞ!」
「もしかして、貴女も!?」
「そうだ! 拙者もルーカス殿に助けられた!」
「まあ!」
「拙者は望月チヨと申す!」
「私はシロナです」
「よければ、拙者と友達になってくれないか!?」
「ふふふ。これからは、ルーカス様の妻同士でしょう?」
「おお、そうだな!」
あれ? 俺の意見は無視ですか?
おーい。
と、その時ーーー。
「ルーカス。約束を果たしに来たぞ。結婚しよう」
また美少女がやって来た。
だが、今度は知っている奴だった。
「どうしたんだよ、アイリーン」
「む? このクエストを見て来たんだが?」
何を言ってるんだ、と言う風に言われた。
そして案の定、あのクエストを見せられた。
「はい、いらっしゃいませ〜」
「こちらにどうぞ」
いや、何故君たちは当たり前のように家の中に招いてるんだい?
そしてアイリーンも満足そうに入るな。
今度の席順は俺の隣にシロナ、右斜め前にチヨが座って、真正面にアイリーンが座った。
「では、改めて。《千里万殺》アイリーン・カルロッテだ」
「いや、名前はちゃんと覚えてるよ」
「そうか。忘れられていたらどうしようと思ったぞ」
「忘れねえよ」
アイリーンは緑髪金眼のエルフ族だ。
エルフ族は美男美女揃いとされているが、アイリーンはその中でも別格。宝石の中で一際輝くダイヤモンドと言える。
異名の《千里万殺》は、千里離れた場所からでも万人を殺せる。と言うことを現しているらしい。
実はこのアイリーンとは、最初にパーティを組んだメンバーの一人だ。
二人で、というか四人で挑んだダンジョンの数々は忘れやしない。
未知の発見や異形の達成。
思い出を上げればキリがない。
「だが、なんでお前がクエストを?」
「だから約束しただろう」
「え? なんの?」
「はあ。やはり忘れていたか」
やれやれと額に手を当てるアイリーン。
「十五年前にクラーケンと戦い、私は瀕死の重傷を負った。その時にお前が雨の中を必死に走って、医者に連れて行ってくれた。その時に「俺がずっと付いてるからな」と言ってくれだろう。あれはプロポーズだったのだろう?」
…………うん。それは多分、違うぞ。
「このクエストを見て、お前も覚えていてくれたのかとここまで来た。あの後は色々あって、返事ができなかったからな」
あー。あったなー。
懐かしー。
「でも、ルーカス様を追放したんですよね?」
「がるる…っ」
殺気を出すなシロナ。
威嚇するなチヨ。
「馬鹿を言うな。本当にルーカスを追放する奴なんて、よっぽどの馬鹿か頭のおかしい狂乱者くらいだ」
ん? そうなのか?
「当たり前だろう。お前ほどの空間魔導士は世界中を探しても、お前以外は見つからないぞ。それに、良い奴、だしな……」
「お、おう……」
なんというか、照れるな。
「そ、それより! 彼女達とはどう言う関係なんだ?」
やばい。修羅場だ。
と思ったけど、二人ともさらっと答えた。
「第一夫人」
「第二夫人ですよ」
「なんと。先を越されたか」
一番は私が良かった、とぶつぶつ言ってるが、驚かないんだな。
「まあ、お前は良い男だからな。他の女が嫁に来たい気持ちもわかる」
だから、そう言うことをさらっと言うなよ。
「それじゃあ、アイリーンさんもルーカス様のお嫁さんになりますか?」
「う、うむ。許してくれるなら、私もなりたいぞ」
「拙者は大歓迎だ」
「私もです」
「本当か? ありがとう」
だから俺を抜きに決めるな。
まあ、嬉しいけどな。
こうして俺のあの馬鹿みたいなクエストから、三人の嫁が増えた。
だが、ルーカスは知らない。
この後も色々な女性に求婚され、嫁がさらに増えていくことを。
「というか、なんで君たち、俺の家が分かったんだ?」
「……秘密です」
「聖女の情報網です」
「エルフの耳を舐めるなよ」
うん。お前ら怖い。
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一方その頃、ルーカスを追放したAランクパーティの【黄金の槍】は新しく、魔術学院の卒業生でもある空間魔導士を仲間に加えて、クエストを受けに来ていた。
クエストの目標を討伐するために、とある森にやって来ていた。
「てめえ、ふざけんじゃねえぞ!!!」
【黄金の槍】リーダー、オーヤンが怒鳴った。
驚いたのか、森中の鳥が一斉に飛び立つ。
今日【黄金の槍】が受けたクエストは「サンダードラゴンの討伐と全部位の回収」。つまり死体を丸ごと持って帰って来い、と言うクエストだった。
サンダードラゴンは難無く討伐出来た。
今回は新しく雇った空間魔導士があまりにも使えなさ過ぎるから、怒っているのだ。
「なんでアイテムボックスに入れないんだ!」
「だから、入れないんじゃなくて、入れられないんだよ!」
「はあ!? 何言ってるんだ、アイテムボックスなら武器や食料しか入れてねえだろうが!」
「だからな、もうアイテムボックスは満杯なんだよ! 大体お前ら、無駄な荷物を持って来すぎなんだよ!」
新人空間魔導士の言っている事はもっともだった。
【黄金の槍】は食料を五十日分、着替えも三十日分、冒険に必要の無いような私服やドレスまで持って来ている始末だ。その他にも武器や装備、読書用の本や、リラックス用のアロマまで持って来ている。
はっきり言って、無駄な荷物だ。
それだけで、普通はアイテムボックスは満タンだ。
そう。普通なら。
「嘘吐いてるんじゃねえ! あのおっさんはもっと大量に持って来てぞ!」
オーヤンは気付いて無いようだが、そう言う事だ。
ルーカスはたった一人の空間魔法で、それだけの荷物を収納しながら、さらに討伐した魔物の死体も収納して来たのだ。
それこそ、この程度の荷物なんて十分の一にも満たない量だ。
ただ、この場でその考えに至れる人は誰もいなかった。
「いや、それだけじゃねえ。お前、戦闘中に武器の交換を命令したよな?」
「あ、ああ、それがどうした? 俺はちゃんとやったぞ」
「っっっざけんじゃねえ! 遅えんだよ! てめえのおかげで怪我しちまったじゃねえか!」
【黄金の槍】の戦士、ゴードンは新人空間魔導士の胸ぐらを掴みかかった。
「っ、どこが遅かったんだ! ふざけるな!」
「遅えんだよ! 俺が言えばすぐに交換しろ! 分かったか!?」
それは完全な暴論だった。
確かに空間魔導士による戦闘中の武器交換の速度は戦闘では生死に関わる、重要な役割だ。
新人空間魔導士は良くやっていた。
ルーカスが異常だったんだ。
あらゆる武器をアイテムボックスに収納し、その全ての使い所を頭に入れて、【戦士】ゴードンの思考を読み取り、命令があれば瞬時に武器を取り出す。
完全なサポート能力だ。
「はあ、もういいから、さっさと休憩しましょうよ」
「ほら、結界張りなさいよ」
【狩人】キラと【僧侶】ルーがどうでも良さそうに言った。
だが……。
「は? 結界ってなんだよ」
「「はあっ!!?」」
「結界よ、結界! あれ、空間隔離だったっけ?」
「どっちでもいいわ! ほら、さっさとやりなさいよ!」
彼女達はこれまでと同じ通りにお願いしたんだろう。今まではルーカスが空間を隔離して、安全拠点を作ってそこで食事をしたり、仮眠をしていた。
だが、今までと一つだけ違うところがあった。
それは空間魔導士がルーカスではなかった事。
空間を隔離する。
それがどんなに規格外の事なのか、彼女達は知らなかった。
そしてついに、新人空間魔導士は激怒した。
「いいっっっかげんにしろや、てめえら!!」
今日一番の怒声が森に響いた。
さっき以上の鳥達が一斉に飛び立つ。
「さっきっから聞いてりゃあ、無理難題押し付けすぎなんだよ! 結界だか空間隔離だかしらねえが、そんな事できる空間魔導士がいるわけねえだろ!」
「ふざけんな! あのおっさんはアイテムボックスも武器の取り出しも空間隔離も、全部やってたぞ!」
「じゃあそのおっさんが規格外だったんだろ!!」
「はあ!? なわけねえだろ! さっさとやれ、てめえにいくら払ってこのパーティに入れてやったと思ってるんだ! この無能が!!」
「っ、もうやってらんねえ! 俺は抜ける! 最後の情けでお前らの荷物だけは宿まで運んでってやるよ!」
そう言って、新人空間魔導士は去って行った。
【黄金の槍】のメンバーはそれを黙って見ている事しかできなかった。
一瞬、彼等の頭に過った「もしかしたら、ルーカスは優秀だったのでは?」と言う考えをすぐに追い出す。
今更、アイツを優秀なんて認めてたまるか。
彼等の無駄に高いプライドがそれを許さなかった。
【黄金の槍】は気付かない。
ルーカスがどれだけパーティに貢献して来たかを。
今回の一件が【黄金の槍】の墜落が始まる第一歩だと言う事を。
もう、崩壊は止められない。
なぜなら、彼等の運命はルーカスを追放した時点で決まっていたのだから。
読んでいただきありがとうございます。
初の短編投稿ですが、面白かったでしょうか?
少しでも「面白かった」「続きが読みたい」と言う方がいれば、ブックマークや評価などをくれれば嬉しいです。
反響次第で連載版の投稿も考えています。
少しでも多くの方に読んでいただけると嬉しいです。