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02. 神からのスカウト


 晴れて師匠である、クロノ親方から免許皆伝を授かった俺は、親方に向かい合って……心からの感謝の意を胸に、こう告げた。


「親方、今までありがとうございました!」


 そんな言葉に、クロノ親方はその不器用な表情を俺から逸らしながら、精一杯の気遣いと共に言う。


「ああ、さっさと自分の作品を仕上げてこい」


 その言葉に、長く一緒にいた俺は、親方なりの励ましを感じながら……親方の工房を出た。


「……はい!」








 外に出ると、既に太陽は高く昇っていた。柔らかい日差しが降り注ぎ、まるで祝福するように俺の身体を温める。


「……よし。やっぱり最初は工房探しからだな……!」


 親方との会話通り、とりあえず今日中に工房を探そうと思っていた、そんな時だった。


 「な、んっ!?」


 突如視点が不安定になり、まるで酔っているかのように揺らいでいく。次いで色彩が溶け、混ざり合って極彩色と化していき、原色がぶちまけられたかのような空間に変わっていく。ついにはその変化に脳が耐えきれなかったのか、意識さえ遠のき、次第に暗闇へと全てが変わっていくようで……。








「メカニカ・マキナ」


 そして、渋い音で俺を呼ぶ声が響いた。


「……っ!」


 どれくらい時間が経ったのかは分からない。もしかしたら一瞬だけなのかも知れないし、一日ずっと気を失っていた可能性もある。免許皆伝の喜びのあまり、今までの疲れが出てしまったのかもしれないな、と思いながら俺は意識を現実へと浮上させる。



 今の声は恐らく意識を失っていた俺を保護してくれた人が、大丈夫かと気遣って呼びかけてくれている声なのだろう、と俺は霞む頭の片隅で考えながら、目を開けた。


 しかし。

 

 広がっていたのは、そんな平和な世界ではなかった。


 


「起きたか、メカニカ・マキナ」


「な、んなんだここは……!?」


 そこは、一言で言えば雲の上、だった。だが普通、雲の上と言われて思い浮かぶような清々しいほどに蒼い宙と、どこまでも続くような純白の白が続く、そんな場所ではない。


 まるで黄昏時かのような、オレンジ色に染まる空と、汚染されたように灰色に濁る雲が生気を失ったかのように漂う、そんな場所だった。


「ここか? ここは、先代の神霊戦争(ラグナロク)が起きた場所じゃよ」


 そして、先ほどマキナを覚醒へと導いた、渋く低い声が響く。


「下界にも大きな影響を及ぼし、清浄なる天上の地にも数兆年に及ぶ不浄をもたらした……忌まわしき、過去の遺産じゃ」


「あん、たは……?」


 その、誰も神話でしか知り得ない情報を、まるで当事者のように語る声に、マキナはゆっくりと振り向きながらそう聞くことしか出来なかった。


「わしの名前などどうでも良い。この世界に何柱かいる神、その中の人柱にしか過ぎないのだからのう」


 そこにいるのは、長く伸びる白髭と、白く染まった長髪にて顔の容貌が分からなくなった……年老いた人物だった。いや、神物と言った方が正しいのだろう。


 その雰囲気は、マキナが今まで感じた事もないようなものだった。明らかに人間ではない。だがこちらを害そうとする気配も全く感じず、自らの上位存在であろうということを、マキナは本能のどこかで察していた。


「メカニカ・マキナ。おぬしはそれに間違いないな?」


「あ、ああ。そうだけど……」


 白髪の神物はマキナの肯定を聞いてもう一度深く頷くと、おもむろに切り出す。


「ふむ、単刀直入に言おう。おぬしには、神の送り込んだ先兵を倒して欲しい」


「神、の……? あんたが送り込んだヤツって事か?」


「いや、わしではない。神は複数いると先ほど言うたばかりじゃろう」


 そこで白髪の神物は躊躇うように言葉を句切ると……まるで言いたくなかったかのように、次の言葉を切り出した。


「これは、第2次神霊戦争(ラグナロク)なのじゃよ。無論、第一次とはルールが変わったがのう。神々同士が直接ぶつかり合い、天と地に不浄を振りまいた第一次ラグナロクとは違い、地上の者を代理とし、その勝敗を以て優劣を決定する神霊代理戦争(ラグナロク)へと、な」


「代理、戦争……? だ、だけど俺には戦う力なんかないぜ?」


 神々の争い、その代理者として選ばれたという説明に、マキナはいやいやと首を振る。マキナはただの魔導装具技師(アルケミスト)であり、直接戦闘能力はない。剣や魔法への才能はあるが、人造神装(アーティファクト)への憧れのためにアルケミストに身を落としている訳でもない。他の神から遣わされた者ものに、勝てるとは到底思えなかった。


 しかし、白髪の神物はマキナに決定的な言葉を突きつける。


「あるではないか。おぬしの作品達が。」


「俺の、作品……!?」


 その言葉がマキナの脳を貫き、そして理解するのにしばしの時間がかかった。だが理解が脳に染み込んでいくうちに、実感が身体に追いついていくうちに、マキナの全身には震えが走っていた。


自分の作品を使って(・・・・・・・・・)自らこそが最強になれ(・・・・・・・・・・)


 白髪の神物がそう告げているのが、分かっていくほどに。


「……いいのか?」


「なにがじゃ?」


 そして、マキナは静かに訊ねた。その瞳には、煮えたぎるような、少年なら誰でも持つであろう強さへの夢と、そして人造神装(アーティファクト)を自分はきっと作り出せるという自信で……無限の高揚感が漂っていた。


「俺が、俺の作品を誰よりも知る俺が……作品を使ったら。たぶん、並の相手じゃ太刀打ちできないぞ?」


「ふふ、大きく出たな。心配するな、相手も神からそれなりのチート(ギフト)を授かっておる。通常の冒険者なんぞより、数倍は強いじゃろう」


 そんな言葉を聞いても、マキナの自信は微塵も揺らがなかった。


 人造神装(アーティファクト)


 それは、魔法では再現どころか片鱗すら現出させることの出来ない、神の御技を現世に召喚するに等しい魔導装具なのだから。


「ふふ、慢心しておるな。では正確に戦力差を伝えておこうかの。おぬしが代理者専用に魔導装具を整えたとしても、正面から戦って勝つのは難しいじゃろう」


「……え?」


 しかし、そんな気持ちも白髪の神物の言葉に一瞬で打ち消される。アーティファクトを使ってでさえ負けうる存在。敵はそんなものなのだと、言葉の外で言われたようなものなのだから。


「敵は『転移者』・『転生者』だからのう。世界を渡る特典として得た力と、ラグナロクの代理者として得た力。敵のチート(ギフト)は相当に大きい。おぬし独力では困難じゃ」


「……じゃあ、どうしろと?」


 どこまでもマキナの自負を打ち砕く白髪の神物の言葉に、マキナは当然のように訊く。マキナだって理解しているのだ、白髪の神物が自分に声をかけたのは、勝機があるからだ。自分だけの能力でその勝機がないならば、何かしらの方策を以て勝機を見ているはずなのだから。


「安心せい。おぬしにも、わしからの恩恵を授けよう。おぬしは……より強い魔導装具を作り出す加護、というのは嫌がるじゃろう。そうじゃな、作り出した魔導装具の出力を上げ、代理者に特攻がかかるようにしてやろう」


「それが、もしも人造神装(アーティファクト)だったら……?」


「当たり前じゃ、それは前人未踏の領域に……いや、全神未踏の領域に手が届くじゃろう」


 その言葉に。


 マキナの息は、詰まるかと思った。


 これまで、どんな存在さえ、人ですらなく、神にすら届かなかった領域に手を出す。その権利を、切符を、今手にしたのだと。


「さらに、代理者ではない協力者も用意しよう。……いや、それでは語弊があるな。協力者を得るチャンスを作ってやろう。その()の気持ちをくみ取り、正直に事情を話し手伝って貰うと良い」


「え……? 他の人にこの代理戦争の話をしても良いのか?」


「いや、協力者だけじゃ。代理者や協力者でもない下界の者が、この代理戦争に手を出させるわけにもいかないからの」


 これだけの情報を得て、マキナはゆっくりと全てを反芻していた。自らのアーティファクトを作り出すという夢、そして最強へ至るという胸の高鳴り、そして白髪の神物が与えるという恩恵まで。


 それら全てを考え抜いて、マキナは白髪の神物に答えを告げた。


「……わかった。やらせて貰う」


「……まあ、拒否権はなかったんだがの」


 白髪の神物はははっ、と笑い飛ばすと朗らかに続けた。


「ではよろしく頼むぞ、メカニカ・マキナ」






「それで? 当面は戦闘用魔導装具作りを進めていけば良いのか?」

 そして、ラグナロクの代理者となることが決定したマキナは、白髪の神物にそう訊いた。これから代理者としてどう動いていけば良いのか。それを白髪の神物に確定して貰うために。

「……いや、神霊代理戦争(ラグナロク)の終焉は、優勝者を除いた代理者が全員死ぬか、代理者がどれほど後世に名を残せたか、によって決まるのじゃ。おそらく後者を満たすためには、『希代の天才アルケミスト』という称号だけでは足らぬじゃろう。人造神装(アーティファクト)を無数に作り、かつ冒険者として数々の難関を乗り越えた……この二つの栄光こそが、メカニカ・マキナ。おぬしにはふさわしいだろう」

「……分かった」

「他の代理者がおぬしの近くに現れるとき、わしが教えてやろう。それまでは、アルケミストとして研鑽し、冒険者として世に名を残すことに励むが良い」

「……ああっ!」

 白髪の神物が下したアドバイスに、メカニカ・マキナは静かに頷く。その表情には、後世に名を残すことが義務づけられた光栄さと、そして最強の冒険者と希代のアルケミスト、その両刀を目指す高揚感が、確かに漂っていた。



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