01. 免許皆伝
「……」
「どうだ、親方?」
そこは、常人には何に使うかも分からないような、奇怪な道具類が散乱する、薄暗い部屋だった。どっかりと椅子に座り込んだ親方と呼ばれた男は、手にするものをじっと見つめていた。
親方と呼ばれた男が付けている、機械式拡大鏡と一体化したモノクルが発する、光とも分からない微かな明滅だけが、この部屋を照らす唯一の光源である。
「……はあ」
そんな男のため息と共に、突如部屋に明かりがついた。天井に設置された魔導具を遠隔操作したのだろう、少しぐらい頭で影を作っても十分に手元が見える光量に、男は目を細める。
「それで、どうだった?」
待ちきれないとばかりに男へ言い寄る銀髪の少年は、男の言葉を聞き逃すまいとばかりに注目する。
そんな少年の様子を見ながら、男はゆっくりとその言葉を発した。
「……マキナ。免許皆伝だ」
「よっしゃぁ!」
◆ ◆
この世界には、魔導が存在する。
魔法が自らの体内に存在する魔力を扱い、現象として出力する技術ならば、魔導は体外にある魔力を誘導し、望む現象を出力する機構を作る技術の事になる。
無論魔法よりも魔導の方が難易度は高く、魔物が溢れる世界において、魔導はそこまで重要視されていない。
魔導で作られた道具、魔導装具は概して魔法以下の性能しか持っていないが……。
ごく一部、魔法を遙かに凌駕し、神技の領域に届く魔導装具……即ち人造神装だけが、その存在意義を認められているのみであった。
それは、かつて半壊した状態でさえ、戦略級兵器……対国家殲滅兵器として使われた因縁を持つ、強力な魔導装具である。
魔導装具と比べ遙かに希少な人造神装は、これまでの歴史において、作れる者が同じ時代に存在したことはないという。どころか、制作者がいない時代も度々存在した。
アーティファクトを作り出す。それだけで、制作者は希代の天才を超えた、神にも近しい者であることが証明されるのだ。
そして、そんなアーティファクトを作り出すことを目指して、自らの人生を賭ける者がいる。
一度アーティファクトを作り出すことに成功すれば、巨万の富と絶対とも言える栄光を手に入れられる彼らのことを、人々は魔導装具技師、と呼んだ。
◆ ◆
「よくやったな、マキナ。これで晴れて、自分の工房を持てるぞ」
「親方、ありがと! くっそ、これでやっと自分の工房が……!」
そして、ここはそんなアルケミストの工房の一つ。人造神装『絶対零度』を作った事で世界に名を残したアルケミスト、クロノの工房だった。つまりクロノは、この時代で誰も到達することの出来ない場所に到達した、現人神とも言える存在とも言える。
そしてそんなクロノの工房で賞賛の声を上げている人間こそが、希代のアルケミスト、クロノであり……喜びで爆発しそうになっているのが、その弟子、マキナである。
いや、もう弟子と言う言い方は語弊があるかもしれない。たった今、マキナは師クロノから免許皆伝を与り、師を超えるべく日々修練する、若きアルケミストとなったのだから。
「お前のこの魔導装具は、既に完成度が高い。あといくつかの要素をきちんと極め、反映することが出来れば、容易にアーティファクトへと手が届くだろう」
「ありがとう、親方! 具体的にはどこがマズかった?」
まだ弟子気分が抜けていないのか、クロノの言葉にそう聞き返すマキナ。そんなマキナに対して、クロノは意地の悪い顔を見せて告げた。
「ふふ、免許皆伝と言っただろう? 私の元を離れる以上、お前も私の競争すべき相手と言うことだ。敵に塩を送るような真似、するわけがないだろう?」
「うっ、親方ずりーよそれは!」
クロノの言葉にマキナはそう言うが、しかしそれ以上の反論を見つけることは出来ないようだった。クロノの言うことは確かに正論で、自分がこれからさき極めていくべき分野は、自分で発見し自分で突き詰めていかないといけないのだから。
「それで? 新しい工房の当てはあるのか? しばらくなら私の第2工房を貸すことも出来るが」
「いや、いいよ親方。こういうのを、自分で見つけていかないと!」
その逞しいセリフを聞いて、クロノは優しく頷いた。
「あんなクソ生意気だったマキナが、もう免許皆伝か……」
「な、なんだよ親方!」
クロノの言葉にマキナは一瞬で反応するが、クロノは昔を懐かしむように視線を中に向けたまま、答えることはなかった。
「ったく、なんだよ……」
クロノのそんな反応にマキナはブツブツ言いながらも、自分の荷物をまとめていく。これまで師事してきた間に貯まっていた私物は、しかし持参したリュックに全て入ってしまっていた。
「……さて」
「どうした、マキナ?」
自らの荷物を全て仕舞い終わったマキナは、自分を奮い立たせるように一言告げる。それに気づいたのか、過去の世界から現実に戻ってきたクロノへと、マキナは向き合った。
「親方、今までありがとうございました!」
「ああ、さっさと自分の作品を仕上げてこい」
「……はい!」
親方の言葉を胸に受けて、マキナはクロノの工房を旅立っていった。
「……、やっと最初の弟子が旅立っていったか。俺が免許皆伝を与えるのは、あいつが最初で最後だろうな」
マキナがいなくなった工房内で。クロノはどこかさみしそうな表情を見せながらそっと呟いた。
◆ ◆
「ふむ。やはり干渉するにはここが一番じゃろう。メカニカ・マキナ。享年138。生涯制作魔導装具数、45893、生涯制作人造神装数、1276。この世で起こる、2回目の神霊戦争……そのわが陣営の手駒として、彼を、起用する」
そう言って、どこかでその存在は……人ではない彼は、手に持つ本を閉じた。