クエスト
さてと、チーズケーキを作ると言っても、チーズケーキには色々な作り方がある。
材料や作り方で、食感や風味が全く違うものになるんだ。
火を通さず作るレアチーズケーキ、火を通すベイクドチーズケーキの二種類からまず絞り込んでいこう。
「ヨルハさん、ここのお店のチーズケーキはどんな色だった?」
「上は黒に近い焦げ茶色、中は黄色、底は薄い黄色」
「なるほど。ベイクドチーズケーキだね。底と中の色が違うのなら、クッキーかビスケットを敷いたタイプだ」
けれど、分からないのは表面が黒に近い焦げ茶色ということだ。
普通のチーズケーキは焼き目がついても茶色くらいにしかしないはず。
黒くなったら焼きすぎて、焦がした失敗作に見られてもおかしくない。
それなのに、その黒くなったチーズケーキが看板メニューとなるのなら、黒くすることに意味があるはず。
「テッサさん、お客さんに出すチーズケーキにトッピングの果物は乗せますか?」
「ないですね。チーズケーキ単品で出しています」
果実などの色を際立たせるための色ではないみたいだ。
それなら、こっちの方が正解か?
「セットの飲み物は何を勧めていました?」
「あ、それは良く覚えています。大人の人にはワイン、子供には甘い紅茶です」
「なるほど。となると、このチーズケーキは敢えて焦がして、その苦みも飲み物と合わせて楽しむ作りにしたんですね」
例えば、プリンのキャラメルもわざと少し焦がして、苦みを生むことでプリンの甘さやコクを引き立てることがある。
それのチーズケーキ版、と言った所だろう。
話を聞いて想像出来るのはここまで、後は実際に試作して、調整するしかないかな。
一歩間違えれば失敗作。
綱渡りみたいな作り方をするチーズケーキだ。
そんな絶妙な塩梅の焼き加減を制御するクマシェフの奥さんもかなりの腕だな。
「作り方は大体分かりました。後は材料ですね」
「あー……デザートの材料の買い出しは女房に任せていたからな……」
「……分からないんですね?」
「面目ねえ」
僕の確認にクマシェフは申し訳無さそうに頷いた。
娘のテッサも首を横に振っている。
どうしようかな? 作り方は分かっても材料が違っていたら別物になってしまう。
そんな風に困っていた僕の手をヨルハが引っ張った。
「ん? どうしたのヨルハさん?」
「情報収集は足でするの。ギルドのクエストの基本。お店に聞き込みに行けば、奥さんが何を買っていたか分かる」
「なるほど。さすが冒険者だね」
ヨルハの案に僕はぽんと手を打った。
ただの旅人があれこれ聞いても不審がられるけど、冒険者ならクエストという名目でお店側に色々聞けるという訳だ。
「それに今なら、グランがいないから、デートが出来る」
え!? デート!?
「ガハハ! なるほど、嬢ちゃんにとってはそっちのが大事だな!」
クマシェフは大笑いすると、少し待っていろと言って、席を外した。
そして、小さな袋片手に戻ってくると、その袋を僕に向かって放り投げてきた。
慌てて袋をキャッチした途端、ずしっとした重みを感じて、ジャラジャラした音がなる。
あれ? もしかしてこれって。
「クエストの依頼料の前払いだ」
中を開けばたっぷりの銀貨が入っている。
「あ、ありがとうございます! 必ず材料を見つけてきて、お店のチーズケーキを作って見せます」
「バカ野郎。そんなもんは後回しで構わねえよ。まずは嫁さんを笑顔にしてこい。俺とテッサからの結婚祝いだ」
そういえば、そういう設定にされていたな!
ここで誤魔化す訳にもいかないし、本当のことも言えない。
「が、がんばります!」
「おう、行ってこい!」
クマシェフは本当に良い人だな。
僕を拾ってくれた店がここなら良かったのに。なんて思うくらいだ。
何としても奥さんのチーズケーキを再現しないとな。
「行きましょうヨルハさん」
僕はヨルハの手を引いて、街へと繰り出すことにした。
○
ヨルハの手を引きながら街を歩く。
赤いレンガの街並を歩いていると、まるで絵画の中にでもいるかのような感覚になる。
田舎出身の僕からすると、綺麗な街並に圧倒されるばかりだ。
「私も初めて来た時は上ばかり見てた」
「ヨルハさんも?」
「それで財布を引っかけたのにも気がつかなくて、お金を落とした」
「あはは……。クマールさんの言ってた話しだ。僕も気をつけるよ」
「大丈夫。今は私がいる。気にせず楽しんで」
精霊の力がある今のヨルハなら、財布を落としてもすぐ見つけられる。
何せ、街全体を見渡す力があるくらいなんだから。
けれど、それに頼り切るのも何か情けない気がする。
「ヨルハさん、食材を売っている市場はどこにあるか覚えていますか?」
「うん、フェンツのご飯で王都のことは思い出せたから」
ささやかな見栄だけど、僕はヨルハさんの精霊の力を頼らず、人だったころの記憶や感覚に頼ることにした。
「ヨルハさんが僕と別れた後、王都に向かったのはグランの剣を抜くためだったんですよね?」
「そう。抜けば魔王を倒せる力が手に入る聖剣。でも、抜くには条件があるって」
「条件?」
言われて見れば、ヨルハ以外にも大勢の人がグランの剣を手にする機会があったはずだ。
それなのにグランはヨルハを選んだ。
その理由は一体なんだったのだろう?
「グランは真の勇者にしか引けないとか言ってた」
ヨルハはそう言うと僕の目を見てくる。
表情は全く分からないけど、ヨルハの手は僕の手を強く握ったり弱く握ったりして、からかってくるような感じがする。
それで何となく彼女の表情が分かった気がした。
多分、呆れて苦笑いしている。
「あの人でなしのことだから、それは真っ赤な嘘だったんですね?」
「その通り。あいつ剣に触れた人の願いや性格を測ってた。本当の条件は、魔王を倒した後、面倒なことを起こす人間は選ばない。魔王を倒すためなら人間を辞めても構わない心がある。最後はからかっておもしろい人」
「絶対最後で決めていますよね」
「私もそう思う」
あの人でなしのことだ。最初の二つは前提条件で、本当に決めるかどうかはからかっておもしろいかどうかだろう。
確かに昔の真っ直ぐなのに、どこか間抜けなヨルハさんは見ていて面白い冒険者だっただろうから。
「その後、錬金術師や騎士の仲間に出会ったけど、みんなろくでなしに振り回されてた」
「あはは……容易に想像がつきますね」
「魔物の討伐クエストを受けた時には、グランがとんでもなく強いクエストを間違えて持ってきて、みんなボロボロになりながら倒したよ」
そんな王都の思い出話に花を咲かせながら、僕とヨルハは道を歩く。
ヨルハは無表情で、平坦な口調で語るけど、後悔を感じさせるような言葉は一切なかった。
グランの思惑通り、ヨルハは剣を抜いても大丈夫な人間だったということだろう。
「フェンツはどうだったの?」
「ヨルハさんが旅立った後、僕は父さんと母さんに料理を教えて貰っていたんだけど、魔物が村にやってきて、逃げた先があのパン屋でした。かれこれ六年くらい下働きさせられていましたね」
「大変だった?」
「そうですね。ずっと逃げたいと思っていました。でも、僕は魔物と戦えないし、逃げるにも逃げられなかったです」
だから、ヨルハが僕を連れ出してくれるまで、僕はあの狭い屋根裏部屋から離れられなかった。
「ごめん。もう少し私が早く魔王を倒せれば良かった」
「あぁ、そういう意味じゃなくて!? 確かに大変でしたけど、おかげでパンは色々作れるようになりましたし、料理の技術も身についたので、ヨルハさんの力を取り戻せる料理が作れるようになったと言いますか」
僕の境遇はヨルハのせいじゃない。
むしろ、ヨルハのおかげで僕は自分の悪い境遇を抜け出せたのだから感謝しているくらいだ。
「フェンツは昔も今も良い人だね。また会えて本当によかった」
「あ……」
昔のヨルハが僕に笑いかけた表情を思い出して、一瞬今のヨルハと重なった。
一種の幻覚みたいな映像で、すぐにその画はかき消えてしまったけれど、とても輝いて見えた。