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思い出の味

「フェンツさん、あんたどこで料理を覚えた?」


 クマシェフが唐突にそんなことを尋ねてきた。


「えっと、故郷の父と母の料理を見て覚えて、後はパン屋の下働きをしていた時に色々なまかないを作らされました」

「うちのベーコンエッグを食ったことは?」

「今回が初めて――というか、全部ヨルハさんが食べちゃったので、僕はまだ食べてないです」

「おいおい、ありゃあ完璧な仕上がりだったぞ? 一体、どこで作り方を習ったんだよ」

「シェフの動きを一度見ましたし、お客さんに出したお皿も見て知りました。後は何よりスキレットを使わせてくれたから、カリカリに出来たんです」

「マジかよ。何つう観察力だ。天才ってやつか! さすがヨルハの嬢ちゃんだ。すげえ旦那を見つけやがる」

「いやぁ……天才というか、盗まないと教えてくれないところにずっといたので……」


 親方や先輩たちが作れというパンや料理が作れないと、ぶん殴られていたからな。命がけで覚えてないといけなかったんだ。そのおかげで、見て盗む技術は不思議と得意になったっけ。


「シェフの方こそかなりの腕前なのは見て分かります。盛りつけも繊細でした」


 クマみたいな見かけによらず、料理の盛りつけは本当に丁寧だったのだ。

 だからこそ、分からないことがある。

 もう一度確認しようと、周りを見回してみる。

 やっぱりお客さんの数が不自然に少ない気がする。


「お客さん、少なくないですか?」

「痛い所を的確に突いてくるなぁ。フェンツさん、その観察力がありゃあ、あんた良い冒険者になれるぜ」

「いやいや、大した魔法も使えないし、剣の才能とかないので」

「そうかい? 俺も昔は冒険者だったんだが、膝に矢を受けてから料理人になったんだ。その俺のお墨付きなんだがな」

「あ、冒険者っぽいとはずっと思っていました。身体付きすごいですし」

「ガハハ、身体を鍛えるのだけは止められなくてな!」


 まるで自慢の肉体を見せつけるかのようにクマシェフは色々なポーズを決めている。

 正直、ちょっとむさ――いや、暑苦しい。


「ちょっとお父さん止めなさいってば、むさ苦しい!」

「あぁ……すまん。テッサ」


 娘さんのテッサはストレートに物事を言うなぁ。クマシェフが完全に凹んでるよ。ちょっと可愛そうに見えてきた。


「それと、多分誤魔化しきれてないからね」

「はぁー……、客に心配させる訳にいかないんだがな」


 クマシェフは大きなため息をつくと、観念したように椅子に身体を投げ出した。


「お察しの通り、客足が遠のいている。今日はまだ客がいる方だな」

「何かあったんですか?」

「ヨルハの嬢ちゃんを前に言いにくいことなんだが、王都に来る冒険者が減ったからなぁ。うちは元々冒険者向けの宿酒場だからな。美味くて、安くて、量が多いのがモットーだ」


 王都に来る冒険者が減った?

 ヨルハが関係あるってことは、つまり――。


「魔王が倒されて、冒険者は魔物の残党がいる地方の仕事にかり出されているからなぁ。安全な王都に来る奴なんて、地方からの旅行客くらいになっちまった。そういう奴らはもっと良いところに泊まるしな」

「そう言えば、ヨルハも駆け出しの頃は王都を目指していましたね」


 昔は各地から新人冒険者がやってきて、比較的安全な王都から戦いを覚えた後、次第に魔王の領土へとレベルを上げて、進んで行くのだとか。

 そして、それ以上に冒険者の多くが王都に来て、挑戦するイベントがあったのだ。


「あの時はグラン様の剣が抜けるかって試練があったからな。俺が勇者になるって連中がわんさか来たもんだ。そんな聖剣を抜いたのがヨルハの嬢ちゃんって聞いた時は、驚いて椅子から転げ落ちたもんだぜ。あの間抜けな嬢ちゃんがなぁってよ。うちに飯食いに来た時は、財布に穴が空いていることに気付かず、お金を落として無一文だったんだぜ?」

「あはは……」


 霊剣を抜いて精霊化する前のヨルハの様子は、僕の知っている腹ぺこで行き倒れになっていたヨルハと同じだった。

 本人を前にして笑うのも悪いけど、ようやく僕の知っているヨルハの話が聞けて、ちょっと嬉しかったんだ。


「フェンツ、どうして笑うの?」

「あ、ごめん。悪い意味じゃないんです。ヨルハの冒険が聞けて嬉しかったから、つい」

「なら良い」


 相変わらず表情が変わらないせいで、今怒っているのか恥ずかしがっているのか分からないけど、ヨルハは頷いてくれた。


「それとクマールとテッサ、私の恥ずかしい思い出はフェンツの前では禁止」

「ハハハ、こりゃ失礼」


 あ、恥ずかしかったんだ。照れた顔はどんな顔なんだろう?


「まぁ、そういう訳で、何ともしがたい話でな。勇者御用達と書けば客は増えるんだろうが、嬢ちゃんに迷惑がかかる。ただでさえ嬢ちゃんは有名人だ。顔が一般人にまで広まったら、気軽に街を歩けなくなるからな」


 クマシェフは良い人だな。グランとヨルハが魔王を倒した後でも、安心して使える宿屋の店主なだけある。

 力になってあげたいけれど、お店の方針を決めるのはクマシェフだ。


「後は、そうだな。嫁が作ってくれたチーズケーキでも作れたら、話は別なんだがな」

「覚えてる。あれもすっごく美味しかった。パーティメンバーみんな好きだったよ」

「そいつは光栄だな! 嫁に聞かせたらきっと喜ぶぜ」

「奥さんはどうしたの? 宿屋の中にはいないみたいだけど? 街の中にもいないね」


 ヨルハの言う通りだ。言われてみれば娘さんの姿は見たけど、奥さんの姿がない。

 街の中にもいないって言ったのは、精霊の目で探しても見つからなかったということだろう。

 まさか、魔物に襲われて、なくなられたとか?


「義父たちの家に手伝いに行ってるのさ。建物の再建や魔物退治に来る職人や冒険者が多くて、料理人の手が足りていないんだとさ」


 良かった、とヨルハが小さく呟いた。

 そして、僕も一緒になってホッとする。魔物に襲われて家族をなくす悲しみは、他人のことでも悲しくなるから。

 そんな僕たちの気持ちを知ってか、テッサが事情を教えてくれた。


「お父さんが行く訳にもいかず、私じゃレシピも分からず、看板メニューであるお母さんのチーズケーキは再現出来なかったんです。おかげで、客足が遠のいた訳です」

「おい、こら!」

「本当のことでしょ? 店のことは任せろなんて格好付けたけど、お母さんいなくて困り切ってるし。何よりヨルハ様がチーズケーキを注文したらばれちゃうよ? ヨルハ様、チーズケーキ大好きだったし」

「むぐ……確かにその通りだ……。テッサお前、段々母さんに似てきたなぁ……」


 クマシェフがシュンと小さくなってしまった。

 元いっぱしの冒険者でも嫁さんと娘には頭が上がらないみたいだ。でも、それはそれでクマシェフは幸せそうな顔をしているから、不思議だ。

 そんなお母さんの作るチーズケーキか。きっと美味しいんだろう。


「ヨルハさんが好きなチーズケーキか。僕も食べてみたいな」

「私も食べたい。すっごく美味しかったから、フェンツと一緒に食べたい」


 僕がふともらした言葉に、ヨルハが手を少し強めに握って頷いた。

 もし、ヨルハに感情があったら、今すごく目をキラキラさせてそうだ。

 このチーズケーキを食べて貰えば、そういった感情が戻るだろうか?


「食わせてやりたのは山々なんだがな……レシピがねえんだよなぁ」

「材料も分からないのよね。お母さんはいつ戻ってくるか分からないし……」


 けれど、クマシェフも娘のテッサも作り方が分からないと言う。

 その言葉で、ヨルハの手が僕の手から離れた。

 顔には出していないけど、どうやら相当ガッカリしたらしい。何か少しヨルハの気持ちが分かってきたような気がする。

 だったら、ここは僕の出番じゃないだろうか? 少なくとも、何かしらの感覚や感情は取り戻せるだろうしさ。


「厨房をお借りしても良いですか? チーズケーキを僕が作ってみるので、お店で出していたものとどう違うか教えて下さい」

「フェンツ、味見は任せて。味は思い出したから」


 ヨルハがまたも僕の手をぎゅっと掴む。どうやらすごく喜んでくれているみたいだ。

 ここまで好きなチーズケーキを食べさせたら、今度は何を取り戻せるんだろう?

 ちょっと楽しみになってきた。


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