表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

朝食のベーコンエッグ

 厨房に入ると、大柄なシェフが一人で切り盛りをしていた。

 すごい筋肉質な体型のせいで、クマが料理をしているように見える。元冒険者だろうか?


「お父さん、フェンツ様が来たよー」

「おう! 待ってたぜ! フェンツさんこっちだ! 俺はクマールだ。よろしくな!」


 元気の良い声でシェフが僕を呼ぶ。声も荒々しくて、もう完全にクマだ。

 クマシェフと呼ぼう。


「嫁のヨルハさんに朝飯を作ってやりたいんだって? ほれ、そこらへんに懸けてあるスキレットを自由に使いな!」


 スキレット、鉄で出来たフライパンだ。熱が伝わりにくい代わりに、一度熱を持てば冷めにくく、素材のおいしさを逃さず調理することが出来る。

 そして、使えば使うほど油が馴染んで良いフライパンに成長する。

 このクマシェフのフライパンは良いフライパンだ。

 そして、この使い込まれたフライパンから生み出されるのが、黄金色の黄身と見るからに香ばしくて美味しそうなベーコンエッグだ。


「食材はそこに出している卵とベーコンを好きに使ってくれ! 悪いがこっちは一人だから手が足りなくてな! 作り方までは教えてやれないぜ!」

「ありがとうございます」

「おう! 目玉焼きってのは簡単だからこそ料理人の腕が出るからな! 嫁さんを喜ばせるためにもがんばりな!」


 まな板を借り、食材を手に取る。

 付け合わせの野菜はトマトを半分に、マッシュルームは丸ごとそのままの形で、塩をまぶしてオーブンに投入する。

 次にメインのベーコンを薄手に切り、一口サイズにする。

 そして、コンロが空いたところを見計らって、クマシェフと交代するようにフライパンをセットする。

 火加減は中火、フライパンから煙がうっすら見えたその瞬間を狙い、油を流し込む。

 瞬時に油を馴染ませ、そこへ切ったベーコンを投入する。

 ジュッっと心地良い油の音が跳ね、香ばしい香りが解き放たれる。

 そこへ卵を割って落とすと、フライパンを火から遠ざける。


「ほぉ?」


 僕の調理に後ろからクマシェフの感心したような声がする。

 いや、今は調理に集中だ。

 白身と黄身の変化を見逃したら大事故に繋がる。

 白身はこがさないように、でも焼き色はしっかりつけて、小麦色まで焼く。

 メイラード反応って言うらしいけど、これがカリカリと心地良い食感と、独特のうま味を出すんだ。

 黄身は半熟気味で、パンと合わせて食べて貰う。

 このベーコンエッグが一番美味しく食べられるタイミングを見計らう!


「よし、出来た!」


 付け合わせのパンと野菜のグリル焼きも皿の上に盛り、コショウで味を調えれば、ベーコンエッグの完成だ。


「あ、片付け――」

「そんなもんは俺がしとく。ほれ、嫁さんのところに行ってこい」

「厨房使わせてくれてありがとうございました!」


 こうして、できあがった料理を手にヨルハの元に向かう。

 何故かずっと背中に視線を感じるけれど、今は気にしていられなかった。



 ヨルハの待つ席に皿を置いて、僕も腰掛ける。

 すると、ヨルハが食い入るようにお皿を見つめだした。


「ヨルハさん、どうかした?」

「フェンツが作ったの? 周りのお客さんのやつと見た目一緒」

「うん、ヨルハがここのベーコンエッグが好きだって聞いたから、似せて作ってみたんだ。周りの人のお皿を見て、クマシェフさんの作り方を見て、作り方が大体分かったから。冷めない内にどうぞ」


 僕の言葉でヨルハがナイフとフォークを持ち、切り分けた卵を口の中へと運ぶ。

 その瞬間、ヨルハの目が大きく見開かれた。


「……おいしい。おいしいよ。思い出した。初めて来た時、お金があんまりなくて一番安いベーコンエッグを頼んだら、とても美味しくて、お金が出来てもこれを頼んだ」


 ヨルハがそういってもう一度口の中に卵を入れだしたら、もう止まらなかった。

 夢中になってパクパクと食べ、あっという間に付け合わせも平らげてしまうぐらいだった。


「ごちそうさま。すごく美味しかったよフェンツ」

「僕の方こそ良い食べっぷりを見せて貰って嬉しかったよ」

「でも、この匂いをかぐと、お腹がふくれたのにまたお腹空きそうだね」

「もしかして、今度は匂いが戻ったの?」

「そうみたい。色々な匂いが一気にしはじめて、混乱しそう。そっか。こんなにも色々な匂いがしてたんだ」


 ヨルハが立ち上がり、鼻をスンスンとならしながら周りをゆっくり歩き出す。

 どうやら今回も無事にヨルハの感覚と、思い出を取り戻せたみたいだ。

 でも、残念ながらヨルハの笑顔は見られなかった。

 おいしいと言ってくれて、きっと喜んでくれているのだろうけど、僕はヨルハが笑ってくれるところを見たい。

 そんなことを思いながらヨルハを見ていると、ヨルハが不意にこっちに近づいて来て、顔を近づけた。


「ヨルハさん!?」

「これがフェンツの匂い。うん、覚えた。落ち着く良い匂いがして、好きだよ」


 まるで犬の挨拶みたいに、ヨルハが僕の周りで鼻をくんくん鳴らしている。

 配膳のお姉さんがお盆で顔を隠しながらチラチラこっちを見て来て、恥ずかしいんだけど!?

 それに他のお客さんもみんなこっちをジロジロ見てくるし!


「ヨルハさんはかわいくて目立つから、人が多い所ではあんまり変なことしないで……」

「フェンツがそう言うのなら分かった」


 ヨルハはそういうと自分の席に戻る。

 そして、何かに気がついたかのように厨房の方に首を振った。その動きに僕もあわせるとクマシェフがこっちにやってくるのが見えた。

「あー、そのなんだ? 嫁さんとイチャイチャやってる時に申し訳ないんだが、聞きたいことがある」

「イチャイチャ!? い、いや、全然気にしないで下さい。何でしょうか!?」


 あぁ、そっか。そう言えば夫婦扱いされてるんだった。

 うぅ、慣れていないから、いきなり言われるとドキッとするなぁ。

 クマシェフの聞きたいこと、一体なんだろう?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ