王都の朝
ふかぶかのベッド、綺麗な天井、すきま風の吹かない窓。
あれ? まだ夢の中だったかな? 僕は屋根裏の小さな部屋で寝泊まりしていたはず。
こんな快適な宿屋みたいな部屋は知らない。
「あ、フェンツ、目が覚めた」
この声は――、そうだった。昨日、僕はヨルハと一緒に旅に出ることになって、ヨルハたちが使っていた王都の宿屋に泊まったんだ。
これは夢じゃなくて、ちゃんと現実だ。
「あ、ヨルハさん、おは――ようっ!?」
半裸のヨルハが何故か僕のベッドで一緒に寝ている!?
というか、抱き枕みたいにしがみつかれて動けない!?
「ヨルハさん何してるんですか!?」
「フェンツに触れると温かい。フェンツがいないと冷たいから、このままが良い」
ヨルハは僕の料理を食べたことで、温度の感覚が分かるようになったらしい。
代わりに久しぶりに冷たい空気を感じてしまうようになり、僕の身体に触れて暖をとりたくなったらしい。
「そ、それは分かったので、腕を離して貰わないと起き上がれないんですが」
「もうちょっとこのままでいたい」
耳元でそんなことを囁かれたら、理性が溶けそう。
どうしよう!? こんなところをあの人でなしのろくでなし、グランに見られたら!?
「おや、おやおや、おやおやおやぁ! これは失礼した! まさか朝起きてすぐとは! 若いっていいね! それじゃあ、ボクはこのまま退散退散」
「誤解! 誤解だ!」
絶対分かって言っているだろうあの人でなし!
「大丈夫! 分かっているとも! 子供の名付け親は是非ボクを指名して欲しいな! それじゃあ、二時間くらい散歩してくるよ!」
「分かってねえ!」
どうしようあの人でなし早く何とかしないと。
でも、ヨルハは日向ぼっこ中のネコみたいに気持ちよく目を細めているから、簡単には放してくれなさそうだ。
「あ、あの、ヨルハさん、僕が起きないとヨルハさんの朝ご飯が作れないんですが」
「朝ごはんは大事。フェンツ早く起きよう。朝ご飯を食べよう」
ご飯の話をした途端、ヨルハがササッと起き上がりあっという間に服を着た。
何と言う身のこなし。そして、食事に対する執念なんだろう!
そんなヨルハに驚きつつ、僕も身支度を済ませて部屋から出て一階の食堂へと向かう。
食堂につくと、そこかしこから良い匂いが漂ってきた。
新鮮なフルーツの香り、香ばしく焼けたベーコン、焼かれたパンの匂い、美味しそうな朝ご飯を数人の宿泊客たちが食べている。
こんなに美味しそうな匂いがしてたら、もっとお客さんが多くても良さそうだけど、不思議と少ないような気がする。
「フェンツ、美味しそうな匂いはする?」
「うん、良い匂いがして、お腹が空いてきた――って、そっか。ヨルハさんは……」
「大丈夫。フェンツの料理は分かるから。それより、ろくでなしが見当たらない」
確かにヨルハの言う通りグランはいないな。
残念ながらとっくに逃げられたみたいだ。
そうやってグランを探してキョロキョロしていたせいか、配膳をしていたお姉さんに声をかけられた。
「あなたがフェンツ様ですね? グラン様から伺っています。厨房はあちらです」
「グラン様……? って、え? 約束? どういうこと?」
あの人でなしを様付けで呼ぶなんて、と戸惑っている場合じゃ無かった。
席じゃなくて厨房に案内する理由と言ったら――。
「厨房をお借りして、ヨルハさんのご飯を作っても良いんですか?」
「もちろんです。ヨルハ様とグラン様にはお世話になりましたから。ふふ、でもさすがヨルハ様の旦那様ですね」
お姉さんが僕の左手を見て、親指をぐっと立てる。
なるほど、確かに指輪のおかげで勝手に新婚旅行だと察してくれて、詮索されないみたいだ。
でも、さすがヨルハの旦那様っていうのは、どういう意味だろう。
「え? 僕、何かしましたっけ?」
「またまたとぼけちゃって。グラン様から聞きましたよ! 新婚旅行で料理修行して、美味しいご飯をヨルハ様に食べて貰うんですよね! そのせいで、ヨルハ様は照れっぱなしで口数が少なくなっちゃったとか! くぅー! どれだけ愛されてるんですかフェンツ様!」
お姉さんが拳を握って語るほどテンションを上げている。
けど、僕が知っている話とは内容がちょっと違っていた。
「え? ヨルハさんの身体のことは聞いていないですか?」
「え? 何か苦手な食べ物とかありましたっけ?」
「あ、うん、ないですよね! 僕もヨルハに美味しいご飯を食べて欲しくて!」
勢いで話を合わせたけど、お姉さんはヨルハの精霊化について全く知らないらしい。
どうやらこれは、あの人でなしなりの優しさのようで、知り合いにもヨルハのことを伝えていないみたいだ。
なら、僕もヨルハの精霊化のことは黙っておくべきなんだろうと思った。
「このお店でヨルハさんが良く食べていたのは何ですか?」
「えっと、そうですねー。朝ご飯だと、ベーコンエッグを注文されていましたよ。ふふん、うちのお父さんの作るベーコンエッグはこの宿屋の自慢でね! 黄金色の黄身に小麦色になった絶妙な焼き加減の白身がベーコンと良くあうの!」
「なるほど。それじゃあ、今日の朝ご飯はそれにしようかな。ヨルハさん、すぐに作ってくるから待っててもらえる?」
僕のお願いにヨルハはこくんと頷き、椅子にちょこんと座った。
それを見て僕も厨房に向かうと、頭の中にヨルハの声が響いた。
「フェンツ、がんばって。フェンツの朝ご飯楽しみにしてる」
指輪を通じての念話にビックリして振り向くと、ヨルハはこっちを見て手を小さく振っていた。
そんな応援に僕も拳を握りしめ、念話を返す。
「任せて」
ヨルハのおかげで気合いが入った。