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初めての料理 ~バケットとスープ~

 グランに呆れながら、スープを火にかけ、パンを焼き直す。

 オーブンに薪を入れて、魔法で種火を放り込んで火を起こすんだ。

 そうして、温まったスープとパンを改めてヨルハの前に置く。


「バケットとタマネギのスープです」


 恐ろしく質素な組み合わせだ。

 果たしてこんなものでヨルハの感覚が人間に近づくのか分からなくて、変にこっちまで緊張してきた。

 バケットは香りの良いコムギを活かしたシンプルな味で、タマネギのスープはタマネギが飴色になるまで弱火でじっくり炒めて、優しい甘さを出した。

 お店で出すにはシンプル過ぎるけど、まかないとしては十分な味になっているはず。


「本当はバターとかも塗りたいけど、食材は勝手に使えないから……お金ないし」

「美味しい。うん、この味、ちゃんと覚えてる。うん、フェンツの味がする。温かい」

「良かった。質素な料理だからちょっと不安だったよ」


 ひとまず美味しいと言われてホッとしてしまった。

 パンをちびちびかじり、マグカップに入ったスープをゆっくり冷ましながら飲む様は、小動物みたいで、魔王を倒した勇者とは思えない可愛らしさだ。

 僕が久しぶりのお客様の反応を見てほっこりしていると、グランがそんな僕を背中から抱え上げてくる。


「うわあっ!? グランさん何するんですか!?」

「良かった。なんてレベルの話じゃないぞう! フェンツ君、君の料理は本当にすごいじゃあないか! ヨルハが冷たいと温かいを取り戻したんだぞう! それに味覚も戻っている!」

「あ。もしかして、温かいと冷たいの感覚も、分からなかったんですね?」

「その通りだよ。あはは、おかげで助かったよ。ヨルハの感覚が今日戻らなかったら、明日には完全に精霊化して、肉体が消えちゃうところだったからね! 君の料理で精霊化は完全に止まった!」

「それは良かった。――って、何かさりげに最初の説明より、症状が酷くなっていませんか!? 騙したんですか!?」

「嘘は言ってないぞう? ボクは詳細を言わなかっただけさ。それに、もし失敗した時、君が責任を感じることなんて、ボクもヨルハも望まないのさ」


 確かにグランの言う通り、もし、詳しい事情を聞かされていたら、緊張してそれどころじゃなかったかもしれない。

 人でなしなりの優しさなのかな?

 そんな僕の考えを見透かしたかのように、グランが微笑む。


「何せボクは半霊だからね。ヨルハが精霊化しても、人と違ってボクの目には映るから、変わらずお喋りが出来る。だから、どっちに転んでも変わらないのさ。なら、人だけが悲しむ話は伝えない方が公平だろう?」

「本当に人でなしなりの優しさですね……」

「その通り。ボクは人でなしだからね。でも、人間の味方だ。だから、こうして、ちゃんとヨルハを人間に戻す手伝いをしているだろう?」


 僕の嫌味にグランは全く悪びれず、手を広げながら微笑む。

 本当にうさんくさい男だけど、悪いやつではないらしい。

 それに、こんなに酷いことをグランが言っていても、ヨルハはグランを否定したり、拒否したりしない。そういう意味でも、二人の仲は険悪ではない、と分かる。

 本当にこの二人は魔王を倒した勇者と魔法使いなんだ。

 僕が憧れたお伽噺の世界の人たちの力になれるなんて、夢にも思わなかった。

 それが何だかとっても嬉しくて、誇らしい。


「ヨルハさんを助ける力になれて良かったです」

「うんうん、フェンツ君はボクとヨルハの力になれて嬉しいのかい?」

「はい、勇者の力になれるなんて、弱い僕は夢にも思わなかったから」


 今のこの状況すら、まだ夢みたいだと思っているけど。

 僕はもっと信じられない言葉を伝えられる。


「なら、もっと君が嬉しくなる話をしよう。今日から君はヨルハの夫となり、彼女と世界を巡る新婚旅行ハネムーンに出かけてもらいたいんだ」

「……え?」


 いや、全然意味が分からない。どうしてそうなった?


「ははは、期待通りの反応ありがとう。そのきょとんとした顔が見たかった」


 はなから僕をからかうために、この人でなしは適当なことを言ったらしい。

 そういえば、ヨルハもグランは人でなし。言うことは適当。本気にしちゃダメ、と言っていたな。


「冗談を言って僕をからかわないでください。またヨルハさんの精霊化の話みたいに何かを誤魔化すつもりですか?」

「おや、場を和ませるための冗談だったのだけれど、お兄さんの小粋な計らいはいらなかったかい?」

「いらないです」

「なるほど。では、もう一度。ヨルハと結婚して、新婚旅行に行ってくれないかい?」

「そっちが冗談じゃないの!?」

「きょとん顔が見たい方が冗談に決まっているだろう?」

「ダメだ。僕にはこの半霊の言葉をどう扱えばいいのか分からない……」


 いきなり結婚して新婚旅行をしろと言われても、本気にする訳ないだろう!

 ヨルハがグランを邪険に扱っている理由が、良く理解できた。

 精霊化して感情が薄れていても、こいつの扱いは面倒くさい。という想いが消えないほどの面倒くささだ!

 そんなグランの無法さに僕が呆れ果てていると、ヨルハはパンにかじりつきながら冷たい視線をグランに向ける。


「諦めて。グランは面倒くさい」

「うん、すっごく良く分かった」


 もそもそと喋るヨルハに思わず全力で同意してしまった。

 とはいえ、とうのグランはやっぱり悪びれる様子もなく、朗らかに笑っている。


「ははは、これは手厳しい。他のパーティメンバーにも、フェンツ君と同じように出会ってすぐ軽蔑されたものだよ」

「……でしょうね」

「でも、ボクはいつだって人間の味方さ。人間にとって、本当に困ることはほとんどしない。だから、話を聞いて欲しい」


 既に十分困らされているような気がする、と突っ込んでもきっと笑って誤魔化すだろう。

 とはいえ、真剣にお願いされたら、中身が気になってしまうので黙って聞いておく。


「さっきも言ったけど、フェンツ君の料理にはヨルハの人間としての感覚や感情と記憶を取り戻す力がある。けれど、限定的なんだ。さっきのパンとスープでは温かさと冷たさの感覚を僅かにしか取り戻せていない」

「えっと、だったら、おかわりを用意しましょうか?」

「同じものだとダメだね。色々な料理を食べなければ、人間性は取り戻せない。何せ、ヨルハが失わなかった人としての願いは、君が昔にヨルハに語った夢を実現することなのだから」


 僕が昔に抱いていた夢? それも、勇者に語ったことがあるだって?

 いくら記憶を引っ張り出してきても、こんな鮮烈な赤い髪の子だったら覚えているはずなのに、全く思い当たる節がない。

 そんな風に困惑する僕の前に、いつのまにか食事を終えたヨルハが立つ。


「世界が平和になったら、世界中を旅して、世界中の料理を覚えて、戦いで傷付いて疲れた人を笑顔にする料理を作りたい」

「っ!?」


 親方や先輩にいびられて、今までずっと考える事を止めたせいだろうか。

 どうして忘れていたんだろう。何故気がつかなかったんだろう。

 僕が料理人を目指していた理由と、昔ヨルハに会ったことを。


「私も今思い出した。久しぶりフェンツ。順番が変だけど、またフェンツの料理を食べに来たよ。食材は持ってこられなかったけど、どこにでも連れて行って集められる」

「あの時のお腹空かせて倒れていた冒険者がヨルハさん!? 髪黒かったよね!?」

「精霊化の影響で、髪が赤くなった。フェンツと会った時はグランと会う前だったから、まだ黒かった」

「あ……。そっか」


 魔物に村が襲われるよりも前、お店で忙しい両親に代わって、僕が空腹で倒れていた黒髪の女冒険者を助けるために料理を作ったことがあった。

 僕が練習で焼いたパンとタマネギのスープを用意して、食べて貰ったんだ。

 その時、外の世界に憧れていた僕は、女冒険者に世界中を旅して、世界中の料理を作れるようになり、人を元気にしたい。だから、魔王を倒して平和になったら、もう一度食べに来て。

 僕の初めてのお客さんの前で、そんな生意気を言ったことがある。


「約束、覚えていてくれたんだ」

「フェンツの料理のおかげで思い出した」


 あぁ、そうか。ヨルハは約束を覚えていたどころか、ちゃんと守ってくれたんだ。

 それに引き替え、僕と来たら魔物に襲われた後、嫌いなこのパン屋から抜け出すこともせずに、約束を忘れていたなんて。


「お待ちしてましたヨルハさん。ご注文はお決まりですか?」


 順番は変になったけど、約束を僕も果たさないと。

 ぎこちなくても、不格好でも、精一杯の笑顔で、僕の最初のお客さんを迎える。

 そんな僕に対して、ヨルハは微笑むことなく手を握ってくる。

 そして、途方もない注文をつけるのであった。


「私と世界を旅して、いろいろな料理を食べさせて」


 断る訳がない。

 ずっと逃げ出したいと思っていた。けれど、単に逃げるためじゃない。

 約束を果たすために、この狭いパン屋から世界へ旅に出たいから、逃げ出したいと思ってきたんだ。


「おまかせください。美味しい料理を作ります」


 こうして、僕と勇者ヨルハの世界食べ歩きの旅が始まった。

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