出発の時
家に帰り晩飯の準備をするがレフィーラはその日、起きてこなかった。
翌朝、ハチと会話をしながら朝飯の準備をしていた。
「結局、姐さん昨日起きてきませんでしたねぇ」
そういえば今までも何度か夜遅くまで研究に没頭していたこともあったが、徹夜までしたのは初めてだな。
「そうだなぁ、朝飯もできたし起こしてきてくれるか?」
「うっす、いってきやす」
まぁ、あいつのことだから何も心配することはないだろう。
「あ、あんた誰っすか! 姐さん!? あれ、どうなってんすか!」
起こしに行ったハチから、とまどいの声が聞こえてきた。
ただ、声の雰囲気から緊急性はないように感じる。
「アニキー! 姐さんが、姐さんが!」
ハチがリビングに戻ってきて俺の周りをぐるぐる回って何か叫んでいる。
なんか、はしゃぐ犬って可愛いよな。ハチだとしても。
そんなことを考えているとレフィーラがリビングに入ってきた。
「ふむ、良い匂いじゃ。昨日から何も食べておらんからのぉ。お腹がぺこぺこじゃ」
あぁそういうことかと納得して、笑顔でおはようと挨拶をした。
「なんじゃ、薄い反応じゃのぉ、つまらんのぉ」
なんてことを言いながらもレフィーラも良い笑顔をしていた。
「なんでアニキそんなに冷静なんすか!? 姐さんが人族になってるんすよ!」
そう、レフィーラは魔族ではなく人族になっていた。
角も長い耳も、肌の色も全て人族と変わらぬ姿になっていたのだ。
ハチには研究内容を教えていなかったというか教えるのを忘れていた為、突然姿が変われば驚くのも無理はないだろう。
事情を説明すると、姐さんすげぇすげぇと走りまわった。
「身体は大丈夫なのか?」
席に着き朝飯を食べながら、こいつのことだから大丈夫だろうと思いながらも一応確認する。
「さすがに身体を変質させるには時間がかかったがのぉ、身体は健康そのものじゃ」
一日でそんなに変化させるのは身体の負担も相当なもだろうと思うが、飯を旨そうに食っているし本当に問題なさそうだ。
「しかし、なんで髪の色が黒になっているんだ? 青色の髪の人族もいるんだろう?」
「……そ、それはのぉ」
箸が止まり、挙動不審になりだした。何か聞いてはいけないことだったのだろうか、思わず身構えてしまう。
「材料にのぉ、お主の髪を使ったのじゃ……」
……うむ、別にどうでもいいな。
「すまぬ、勝手に使うのは悪いと思ったんじゃが、掃除したときに集めてそのままのぉ……」
「いや、別に構わない。言ってくれたら切って渡したぞ」
「そ、そうか。いや、勝手に実験で身体の一部を使うのとかはどうかと思ってのぉ」
よくわからんが、彼女の倫理観に触れるものがあったのだろう。
「気にするな、それで変な薬を作るわけでもなし、問題ない」
俺がそう言うと彼女は再びご飯をおいしそうに食べ始めた。
朝食を食べ終わると、この身体でどこまで動けるか見てみたいというので組手を行うことにした。
本来なら畑仕事があるのだが薬が完成した以上、遠くないうちにここを離れることになる為、予定を色々と変更することとなった。
「よし、始めるとするかのぉ」
指をぽきぽき鳴らしながら歩いてくる姿はとても魔法使いに見えないな。なにか魔力とは違うオーラすら見える。
「その前にひとついいか?」
「ん、なんじゃ? 手加減はせんぞ?」
「いや、手加減はしてほしいのだが、そうではなくてな」
とりあえず、今後のことして一つ気になったことなのだが喋り方である。
一般人としてまぎれこもうとしている以上、その口調はやめるべきだと忠告したのである。
別に今すぐというわけではないが、普段の喋りを直す以上は早めに練習すべきだと。
「あら、そんなこと? それなら問題ないわよ」
正直、無理じゃーとかわがままでも言うかと思ったら、あっさりと自然に普通の喋り方へと変えてきた。
「あれは元々、幼い頃に父の喋り方をずっとマネていたせいで、身についてしまったもの。普段はそのほうが楽だから直さないけど、さすがに時と場所を考えて喋れるわよ?」
おぉ、違和感がまるでない。すごいな。
「伊達に歳は重ねていないな」
……わかっている、今のは失言だったと。あまりに自然に会話していた為、ついポロっと言ってしまったのだ。
おい、ハチよ。なにをそんなにおびえているんだ。俺達からそんなに距離をとるなよ。
ん? 前を見ろって? ははは、なにを馬鹿なことを言ってるんだ。
見れるわけないだろう。見たらきっとそれが最後の景色になり……。
「さて、そろそろ始めましょうか」
やべぇ、生を諦めそうだ。
「ぬおおおおおおお!」
熾烈にして苛烈。今までの組手は手を抜いていたのだろうか、いや違う、尋常ではない殺気が込められてるのだ。
魔法を使っていない無手の攻撃をさばくのだけで、必死だった。
「あらあら、どうしたのかしら? いつもより動きが鈍いわよ?」
そんなわけはない。いつもより鈍かったらすでに死んでいる。
動き、口調、表情、全てが違和感だらけの状態。動きもまったく読めない。
「ぬわぁ!」
今の貫き手やばい。かわさなかったら体に穴が開いたんじゃ……。
「ちっ」
えぇ……本当に殺す気かよぉ……。
とりあえず、一旦距離をとって態勢を整えて……。
「っておおおおいいい!」
いきなりアイスニードルが飛んできた。
今まで無言で魔法なんて一度も使ったことなかったのに。
なんとかぎりぎりでかわせた俺すげぇ。
「そんなにはしゃいで、よっぽど楽しいのね? どんどんいくわよ」
なにあれ。鬼かな。角まで見えてきたんだけど。 ……あれ、角?
「ちょ、ちょっとストップ!」
角どころか、耳の形に髪と肌の色……全部、元に戻ってる……。
「うるさいわね。いいところなんだから止めないでよ」
「いやいや、自分の手見てみ?」
決していいところではないが、今はつっこんでる場合ではない。
「なによ、手っていつも通り特に変わりなんて……」
あ、固まった。
「なんじゃとおおお! どうなっておるのじゃ! はっ! 角や耳まで戻っておるではないかぁ!」
色々身体を触りながらくるくる回っている。うん、なんか可愛いなぁ。口調までもどってるし。
「何を笑っておるのじゃ! わらわが今までどれだけ苦労して……」
おっと、微笑ましくてつい笑ってしまった。悪いことをしたなぁ。
しょぼんとしている姿は小さく見えるな。角まで小さく見えてきた。 ……あれ、角?
「ちょっとストップ」
人間の姿に戻っていってる。どういうことだ?
「今度はなんじゃ! また、わらわを馬鹿にしたいのかぁ!」
「いやいや、落ち着け。もっかい手を見てみ」
そう言われて再び自分の手を見て固まった。
「戻っておるー! どういうことじゃー!」
先ほどと同じ様にくるくる回る姿は可愛らしい。
微笑ましく見ていると、こちらに気付き顔を赤くした。
「ご、ごほん。タイミング的に考えると私が魔法を使ったあとに元の姿に戻ったようだったわ」
どうやら、冷静さを取り戻したようだ。
可愛かったのでもうちょっと見ていたかったのだが。
「それじゃあ、もう一度魔法を使って試してみるか?」
「そうね、とりあえず原因をはっきりさせたいわ」
そういうと彼女は空へとアイスニードルを放った。
「……戻ったな」
「……そうね、戻ったわね」
見事に魔族の姿へ戻り、しばらくすると再び人間の姿へと変わった。
一晩かけて変わった姿にそんなにころころ変わって身体は大丈夫なのだろうか。
「姿が変わる瞬間に魔力が少し減った感覚があったわ。おそらく、それで身体への負担を消してるようね」
それならばと、色々と検証することにした。
結果として、魔力による身体強化では特に変化は出なかったが、魔法使うとだめだった。
そして、その時使った魔法の強さと魔族の姿となる時間は比例して長くなっていった。
ちなみにその時に使った強めの魔法で俺は死にかけた。
どうやら、先ほどの失言の恨みは忘れていなかったらしい。
一旦家へと帰ってきて、どうするのかを確認してみた。
「そうね、魔法さえ使わなければいいみたいだし、それに作り直すにしてもまた一からになりそうだから、このまま行くわ」
今ある薬を改善してどうにかなる問題でもないみたいだ。
「それに身体強化は問題ないし、キョウスケもいるしね」
「あまり頼りにされてもなぁ、俺は今この世界でどのぐらい強いんだ?」
レフィーラしか見ていないため、この世界の基準がイマイチわからない。
「そうね、キョウスケの魔法は特殊だし初見なら王国の親衛隊長クラスと互角に戦えるんじゃないかしら」
「まてまて、その親衛隊長とやらの強さがわからん」
「あー、そうね、軍隊でトップクラスの強さよ。そのへんの有象無象なんかでは話にならないわね」
嘘くせぇ。魔力も一般人並だし毎日ぼこぼこにされてたし、イマイチ信用できん。
大体そうだとしたら、レフィーラは一体どれだけ強いんだ。
「あくまで初見でよ、魔力量、武術の練度ではもちろん勝てないわ」
疑った目で見ていたら補足された。
「だから、ここ出るまでは鍛錬は続けるわよ」
「よし、早くここを出る準備をしよう」
思い立ったが吉日だ。さくさく行こう。
荷造りを開始しようと席を立つと襟をつかまれた。
「待ちなさい。まったく、そういった話になるとすぐ逃げようとする」
「いやいや、君の願いを少しでも早く叶えようという俺の優しさだよ」
今度は向こうが疑った目を向けてきた。……いや、あれは完全に信じていない目だな。
「はぁ……とりあえず、ここを出るにしても色々決めてから行かないとね」
確かに、目的はもちろん、俺たちは魔族に異世界人の為ばれると色々面倒だから口裏合わせ用の設定などが必要だ。
「まずは、どこで何をしようかということなのだけれど、何か意見あるかしら」
「それについては、特にないよ。あまりに非常識なことでなければ何でもいいよ」
俺の目的は生き抜くこと。それ以外に成し遂げたいことなどない。
などと考えていたら、今度は悲しそうな目で見られたが気付かないふりをする。
「……そうね、それじゃあトルネトの街へ行きたいわ」
「ふむ……そこで何するんだ?」
確か、ここから遠いがかなり大きな街だった気がする。
「昔、その街に行ったときに人がたくさんいて、活発で雰囲気も良くて住むならここがいいなって思ったのよ」
「よし、ならそこに行こう。そこで生活基盤を作ろう」
「ありがとう、夢が叶いそうで嬉しいわ」
本当にとても嬉しそうだ。ずっとその為、がんばってきたんだもんな。
「持っていくものはどうする?」
「キョウスケのクローゼットがあるから、あるもの全部持っていくわよ。ほんと便利な魔法よね」
「だよな。あとは……」
どういった設定を作るかだ。
「まずは俺たちの関係だが、どうする」
「そうね、見た目の年齢的の男女が二人だし……一般的には夫婦かしら?」
「ないな」
「ないわね」
お互いに首を振る。
「同じ髪の色だし、兄妹ということにしよう」
確か、黒髪は少し珍しい色とか言ってたからそれが無難のはずだ。
年齢的な話をすると怖いから俺が兄ということで押しきった。
「名前はどうする? 俺はそのままでいいけど」
「うーん、そうね。別に珍しい名前でもないし、そのままでいいわ」
「それじゃあ、レフィーラ・モガミだな」
「そうね、それでいいわ」
何か嬉しそうだ。
「アニキー! 俺はどうしましょう!」
あ、忘れてた。
「な、なに二人できょとんとしてるんすか! まさか、忘れてたんじゃ……」
レフィーラも忘れていたようだ。まぁハチだしな。仕方ない。
「おいおい、何を言ってるんだ。トリは最後と相場が決まってるんだ」
とりあえず、適当に言い訳してみる。
「そ、そうだったんすか! すみません、名前が出ないから少し焦ってました」
通じるのか、おい……。
「ぶふぅ!」
レフィーラはハーブティがむせたようだ。笑いをこらえるからだ。
「ごほっごほっ、言っておくけどハチのその姿では街に入れないわよ」
「大きい犬ってことじゃダメなのか?」
「見た目が完全にブラックウルフよ。魔獣だから無理ね」
ハチはがっかりしているが、別にその姿は自在に変えれるんだが……
「ハチよ、姿は自在に変更できるぞ」
「そうなんすか! さすがアニキっす!」
だが、そんなに甘くはない。
「俺が変えるのは簡単だが、いざという時に自分で変えれるように練習しろ」
「へ?」
「できなきゃずっと俺の影の中だ」
ということでハチは嘆いているがとりあえず子犬になるように練習あるのみ。
「キョウスケも鍛錬は続くわよ」
うむ、甘くはなかった。




