ハチの力
ハチがうちに来てから1週間がたった。
「ふわあぁぁ」
今日も1日が始まり、身体をほぐしながら畑仕事に出かける。
「アニキー! おはようございます!」
「……お、おう、おはよう」
慣れない。
この、態度が百八十度変わった魔剣ことハチ。
一体なにがあったかというと、実に単純な話だ。
あのでかい心樹はなんだと、しつこく聞いてきたので原因と思われる、ここに来るまでの経緯を話したのだ。
どうやらハチにとっては自分よりも、長きに渡り閉じ込められ、それでいて自分を慈悲の心で助けてくれた。
尊敬に値することだったらしい。それでこの態度だ。
「何かお手伝いいたしやす!」
尻尾までぶんぶん振っている。
最初はいきなり二足歩行していたのに、慣れたものだ。
「いや、いい。一人での作業になれたから下手に手伝われても効率が悪くなるだけだ」
「そ、そうっすか……」
耳までペタンとしている。もはや完全に犬だな。
「で、では、なんでもいいんで用事があればいつでも声を掛けてくれっす! ずっとここにいてますんで!」
「お、おう」
なんだろう、こんなに慕われてくるとハチとか適当な名前とつけたことに罪悪感とか出てくるなぁ。
もうちょい、格好いい名前とかにしたほうがいいのだろうか。
「なぁ、お前のハチっていう名前なんだが……」
「はい! レフィーラの姐さんに聞きやした!」
「は? へ? なにを?」
ちょっと待て、あいつ一体何を言ったんだ。
「はい! アニキのいた世界では一人の主に死ぬまで忠義を尽くしたとして忠剣という名を持つ素晴らしい名剣と聞きやした! だから俺っちもこの名に恥じぬようがんばります!」
「がはっ!」
なんという罪悪感だ……レフィーラめ……わかってて言ったな……
「アニキ! どうしたんですか!?」
膝をついた俺に心配して寄ってくるハチを見るとさらに罪悪感を感じる。
「ハチよ、心配ないぞ、おぬしの言葉に感動して、涙をこらえてるだけじゃ」
そういいながら、ドアから家からレフィーラが出てきた。
気配を消して、ずっと伺ってたようだ。笑いを噛み殺していやがる。
「そ、そうなんすかアニキ!?」
「あ、あぁ、そこまで思っていてくれてるとは思わなくてな……すまない……」
「ぶふぅ!」
レフィーラめ、噴出しやがって。後で覚えてろ。
ここまで来たら後に引けないだろう。こんなに慕ってくるやつに今更「それって犬の名前なんだよね」とか言えない。
「アニキが謝る必要はないっす! 最初に会った時にアニキの素晴らしさに気付かずに無礼を働いた俺っちが悪いんす!」
「き、気にすることはないぞ、誤解が解けたならそれでいいじゃないか、仲良くやっていこう」
「アニキ……一生ついていきやす!」
よし、名前については墓まで持っていこう。うん、そうしよう。
あそこにでぷるぷる震えて壁を殴ってるレフィーラさえ黙っていれば、ばれることもないだろう。
「さてと、それじゃ畑仕事に戻るぞ」
「へい、アニキ」
もうレフィーラはほっておいて仕事に戻ることにしよう。
「あぁ、ちと待つのじゃ」
笑いすぎて涙を流したのか赤い目をしてレフィーラが話しかけてきた。
「すまんが、実は研究に夢中になりすぎて徹夜してのぉ、今日一日は部屋で休むから午後の訓練はなしじゃ、適当に過ごしてくれんかのぉ」
珍しいな、体調や時間の管理は結構きっちりしていたはずなんだが。
「なんかあったのか?」
「ん? いや、なに思いのほか研究が進んで、つい……な」
「ふむ……わかった。ゆっくり休めよ」
何か隠しているな。だが、つっこんで聞くようなことではない気がする。ここはスルーしておこう。
「あぁ、飯もいらんからほっておいてくれ」
そう言って、レフィーラは家の中へ入っていき、俺たちは畑へと向かった。
午前の作業や訓練が終わり昼食をとりながらハチと午後からについて話していた。
「アニキは今まで休みの時は何をしていたんすか?」
……あれ、休みなんてあったっけ。いや、休みなんてあってもな、余計なことしか考えなさそうだし、ここでもレフィーラは気を使ってくれたのかもしれない。
ほんと、頭上がらないなぁ。
「いや、休みはなかった。だから急な休みを持て余しているんだが」
「そっすかぁ、じゃあアニキ俺っちを使う練習しませんか?」
「は? ハチを使う?」
どういう意味かと聞くとハチの魔剣の特性と封印された理由が関係してきた。
まず、特性についてだが剣としてはただ切れ味の良い、とても頑丈な剣なのだが魔力をたくさん内包しており使ってもすぐに魔力生成されるそうだ。
その為、装備者が魔力の貯蔵庫代わりとして使うことで魔法を使い放題になるらしい。
ただハチの魔力は禍々しく浴びるものはもちろん、使用者の精神さえおかしくしてしまう。耐えられたものでも使えば使うほど精神は蝕まれ崩壊する。
その為、呪われし魔剣として封印されていたそうだ。
「まてまて、それじゃ俺もおかしくなってしまうだろう」
「いや、アニキの精神力は耐える耐えないの話じゃなくて、まったく効いてないんで平気っす」
うーむ、自分としては精神力がすごいかどうかなんてイマイチわからないんだよな。
「まぁ習うより慣れろっす。どっか広いところいってやってみましょう」
まぁとりあえず、確かにこいつの魔力とか浴びても別になんともなかったし、一度試してみるか。
使えるようなら、一つの武器になるしな。
「ここなら、丁度いいっすね」
家に近いと休んでるレフィーラが驚くだろうし、広くて何もない場所といえばここしか知らない。
「俺がこの世界へ転移してきたところだ」
「また、えらいとこに放り出されたんすね……」
確かに最初はそう思ったが、レフィーラに会う為だったと思えばなぁ。もしかしたらこいつとも……。
「どうしたんすか? なんで笑ってるんすか?」
「いや、気にするな。それより、さっそく試してみるか」
「うっす! 一応魔力は抑えますが多少は漏れますんで勘弁してください」
影狼の中に手をつっこみハチの本体である魔剣を取り出した。
やはり空気は少し重くなったように感じるが、特にこれといって影響はない。
「うーん、やはり、そんなに悪いようには感じないなぁ」
「さすがアニキっす! でも周りを見てください」
よく見ると緑の草原だったはずが、自分の周囲だけ枯れてきている。
「弱い生き物だと影響は大か……迂闊に使えないなぁ」
「まぁ我ながら恐ろしい力っすから、普段は使わないほうがいいっすね」
確かにその通りだな。だが、この世界はどんな危険があるかわからないし切り札はあったほうがいい。
「緊急時用として使える練習をしとくか」
「そっす! 奥の手はあったほうがいいっす!」
「んじゃ、さっそく特訓だ」
まずは素振りからと思ったが、ハチも剣の使い方は知らず、俺もよくわからないから剣技については放置。
魔力を借りての魔法の使用がメインとなった。
「《纏雷》!」
ふむ、自分の魔力を使わずに使えるとか便利すぎるな。しかし――
「なぁ、雷が黒いんだが?」
「そういえば言ってなかったっす、俺の魔力使うと色が黒くなって禍々しさも増々っす」
黒い雷、禍々しい魔力に闇属性魔法。
うーむ、自分がとてつもなく悪いやつのように思えてしまうな。
やはり、普段はそういった意味でもあまり使わないほうがよさそうだな。
「まぁとりあえず、一通り試してみるか」
《走雷》も色が黒くなるだけで、特に影響なし。《朧》、《クローゼット》に至っては特性が近いせいで、消費魔力少なくなっただけで変化はなし。
「性能的に変化はなし……でもないようだな……」
《走雷》が通った周辺の草が枯れてる。
「まぁ俺の魔力なんで、すみません……」
緊急用だから普段使うつもりないからいいけどね。
「よし、あとはせっかくだから魔力不足でお蔵入りだった魔法も試してみるか」
「どんな魔法っすか?」
「まぁ今から使ってみるから。あと魔力は大丈夫か?」
「大丈夫っす、消費量より生成量のほうが多いんで減ってないっす」
精神汚染効果なんてなければ、ほんと便利そうな剣だなぁ。
「んじゃ、やってみますか」
集中して魔力を高める。
「《雷神》」
すさまじい魔力と共に身体中から電気が流れ出る。制御が少し難しいがなんとかコントロールしようとする。
「ア、アニキ! どうなってんすかあああ!」
ハチは電気を浴びまくってるが、やはり自分の魔力の魔法だと効かないみたいだ。
余計なことを考えていたがとりあえず、なんとかコントロールできるようになり魔力と電気が落ち着いてくる。
「それなんですか? 身体真っ黒っすよ……」
「ん? 身体の雷化」
身体に電気纏うんじゃなくて、いっそ自分が雷のようになれば超強いんじゃないかと思って作った魔法。
あくまで"のように"なので自分の持ってるイメージ、速くてパワーも上がるぜーってシロモノなのだが。
自力で行うと3秒程で魔力が枯渇する為、ほとんど使ったことがない。
「では、試させてもらおうかな」
シャドーによる組手を開始するがスピード、パワーが想像以上の為、動作の制御が難しかった。
「ちょっと慣れたいから動き続けるけど魔力いける?」
「すげぇ魔法っすね、今まで見たことないっすわ。魔力の消費まじやべーっすけど、自動生成もあるんで結構いけると思うっす」
俺的にはこの魔法よりハチの能力のほうがすげぇって思うわ。
ある程度、動き続けて慣れてきたころにハチから声がかかった。
周辺を見てみると、草がほとんど枯れていた。
レフィーラはこの辺は全て雑草で役に立たないとは言っていたが、さすがにこの自然破壊は心が痛む。
やはり、この魔法というかハチの使用はよっぽどのことがない限り使えそうにない。
それでも、いざという時にまともに使えないと困るので、暇を見て練習を重ねることにしよう。
「ふぅ、今日はこのぐらいにして帰ろうか」
魔法を解いて、ハチに声をかけた。
「うっす。しかし本当にすごい魔法っすね、最後のほうは動きも大分良くなってましたね」
「うむ、しかし問題も一つあった」
シャドーをやってると一つ重大な問題が見つかったのだ。
「魔力も問題なかったし、パワーもスピードもすごかったっすよ。なにがダメなんですか?」
「お前が邪魔だわ」
そう、ハチこと剣が邪魔なのだ。
習うどころか使ったこともなく、でも魔力供給を受けるため持たなくてはいけない。
「ちょ、それはないっすよ!」
「俺の影から供給、もしくは鞘からとか持たなくもできるようにお前も練習しよう!」
「アニキが剣の修行すればいいじゃないっすか!」
二束のわらじなど履けぬ。無手の修行で精一杯なのだ。
「ひどいっすよ~」
嘆くハチに笑顔でサムズアップをして家へと帰った。