魔剣、その名は……
いつものように森を散策開始する時だった。
「今日は魔獣を狩るぞ」
突然、レフィーラが恐ろしいことを言い出した。
「どうぞ、ご自由に狩ってくれ」
「何を言っておる、狩るのはおぬしじゃ」
ですよねー、分かってたさ。
認めたくなかっただけさ。
「実戦の経験も必要じゃ、ついでに薬の材料もほしいし丁度いいじゃろ」
後者のほうがメインな理由の気がするが、逆らっても無駄だな。
まぁ、いずれ通る道だったし、いい頃合かもしれん。
「それで、何を狩ればいいんだ?」
「ホワイトヘッドボアじゃ、あやつの肝臓がほしいのじゃ」
あのハゲた猪か。確か体長が三メートルほどあり牙があまり大きくないが頭が異常に硬く、そしてその部分が白くなっていることから付けられた名前だったかな。
基本的に突進攻撃のみだが、なかなかのスピードでかなりの巨体。討伐できれば、頭の部分は防具作成には重宝する素材になるそうだ。
「ハゲシシね。まぁ突進さえ、気をつければ問題ないか……」
「その通りじゃ、よく覚えておったの。しかしおぬしのネーミングセンスは相変わらずひどいのぉ」
夜の情報交換会で魔獣について色々教えてもらったのだが、死活問題に関わりそうなことだったんでな、必死で覚えるさ。
名前については短くしないと覚えづらいんだよ。
「とりあえず、探すか……」
「そうじゃの、今日は魔獣除けの香水はつけぬから気をつけるのじゃぞ」
そう言って散策を開始した。緊張しながら辺りを注意して移動していたが、魔獣は意外に見つからない。
もっとうようよいるのかと思っていたが、魔獣同士での争いもある為、そんな頻繁に出会うものでもないらしい。
「あれ、でもレフィーラは魔力探知できるなら、それですぐに見つけるんじゃないのか?」
レフィーラは魔力を感じ取ることができるらしく、遠くても大まかな位置とかなら把握できるとのこと。
一応、俺も教えられたが自分の魔力を感知はできても外の魔力についてはさっぱりわからなかった。
「それでは、おぬしの狩りの練習にならんじゃろ。見つけるもの練習の一つじゃぞ」
なるほど、発見、討伐、採取までして狩りか。いや、それで油断してたら……。
「つまり家に着くまでが遠足ですってことだな!」
「おぬしはなにを言うとるんじゃ……」
十五分ほど歩いたころだろうか、三十メートルほど先に魔獣を発見した。
「あれはデカマキリか……」
でかい蟷螂のような魔獣がいる。
目的の魔獣じゃないし、ここはスルーしよう。
「……キラーマンティスじゃ、あやつからもほしい素材があるからの、よろしく頼むぞ」
……まぁ、いい経験になりそうだし、がんばろう。
「あやつの特徴は分かっておるか?」
「体長が約二メートルほどある昆虫類の魔獣、両手が鎌のようになっており、丸太なども切断する切れ味を持っている。移動は遅いが獲物を襲うときの鎌のスピードはかなりの速さを誇る。あと、産卵後にメスがオスを喰う」
「正解じゃが、最後のは今必要ないのぉ」
まぁショッキングな内容って忘れないよな。
「それで対策はどうするのじゃ?」
「どうするもこうするも……《走雷》」
手に魔力を集中して、手加減抜きで放つ。
放たれた《走雷》は一瞬で距離を潰し、デカマキリへ直撃した。
「キジャアアアアアアアアア!!!」
デカマキリは不快な高音の悲鳴を発し、そのまま抵抗することなく地面へと倒れ絶命した。
「な、なんじゃ今の速度と威力は!? 組手の時とは全然違うぞ!」
「いや、組手の時には魔力込めてる時間ないしなぁ」
「ほう……まだまだ伸びしろはたくさんありそうじゃのぉ」
げ、嫌な予感しかしないぞ。
「さ、さっさとデカマキリを回収して、ハゲシシ探すぞ」
俺はデカマキリに近づき《クローゼット》で回収しながら、話を逸らしてなかったことにしようとした。
「ほほう、さっさと狩りを終えて組手をしたいわけじゃな。そんなやる気を出されると、わらわも張り切ってしまうのぉ」
逸らすどころか威力増々直撃コースだな。
こうなったらハゲシシを見つけないように――
「お、あそこにホワイトヘッドボアがおるぞ。運がいいのぉ」
流れるように逃げ道がふさがれていくな。
もう足掻いたところで悪化しかしない気がするな……さっさと狩るとしよう。
「ほら、ぼーっとしておるでない。逃げてしまうぞ」
「わかったわかった。ちと待ってろ……《朧》」
そう言うと俺は影を身体中に纏い始めた。
最近覚えたこの魔法は闇に溶け込み気配を消す魔法だ。暗闇ほど効果が高い。
そのまま木を伝い、ハゲシシに接近して背中に飛び乗った。
「ブモッ!?」
もちろん気付かれるが振り落とされる前に手足に雷を纏い感電させる。
《走雷》ではこの巨体にどこまで効くのかわからない為、直接撃ち込む。
「《纏雷》」
「ブモオオオオオオオオオオオ!」
激しい光音と共に悲鳴を上げ、腹を地に着け倒れる巨体。
「……死んだか」
《纏雷》を解除してほっと息をついた。
「あほぅ!油断するでなあああい!」
「へ?」
「ブモモモモモオ!」
レフィーラの声が聞こえたと思ったら、突如ハゲシシは立ち上がり俺を乗せたまま走り始めた。
「うおおおおおおお!」
「ブモオオオオオオ!」
森を全力疾走するハゲシシ。
ちょっと楽しいが、このままではどこに行くのか分からないしレフィーラとはぐれて迷子になってしまう。
「悪いがそろそろ止まってもらうぞ! 《纏雷》!」
「ブモモモモモモモモモッ!?」
再度、手足に雷を纏い直接感電させる。
さっきよりも強めに撃ち込んだ為、すぐに倒れた。
さて、ここで一つ俺は大事なことを忘れていた。
そう、感電された彼は全力疾走中だったのだ。
そして、そんな彼の背に乗っている俺はもちろん――
「あほか、おれはあああああああ!」
慣性の法則に従い飛んでいった。
残念ながら、空中で停止する方法などない為、身体強化して衝撃に備えることにした。
運良く木や岩などに叩きつけられることなく飛んで行った先には藪があった。
――よし、藪で勢いを殺せば対した怪我せずに済みそうだ。
などど思っていたら、藪に隠れるように穴が開いていた。
「んなっ!」
俺ナイスイン。
穴は滑り台のように斜めになっており、俺は飛んできた勢いもありすごいスピードで滑っていった。
「ぬおおおおおおおおおおおおおお!」
真っ暗に見えない中を身体強化マックス状態で滑っていくと何かに激突してそのまま突き破って停止した。
「いてぇ……っつうかここ何処だ……」
尻を擦りながら辺りを見回すと、そこは少し不思議な部屋だった。
広さは十畳ぐらいだろうか、レンガのような壁が光っており部屋の中を明るく照らしていた。
後ろを振り向くとその壁が破壊されレンガが部屋の中に飛び散っていた。
それは自分が突き破ったからなのだが、そこ以外に出入口はなく密室となっている。
そして、目の前には台座があり、そこに一本の剣が刺さっていた。
その剣は特に目立った飾りもなく、普通の形の剣、ロングソードというものだろうか、そんな感じの剣なのだが……
「なんか気味の悪い剣だな……」
色が全て真っ黒なのだ。剣身はもちろん柄までもが。
こんな密室に置かれてた剣だし、何かいわくつきなのだろう。このままそっとしておこう。よし、そうしよう。
一人で納得して帰ろうとした時だった。
「あぁ? 誰が気味わりぃだ!」
……どうやら幻聴まで聞こえてきたようだ。さっさと帰ろう。
そう決めて突き破った穴へと手を掛けた。
「待て待て待て! なにシカトしてんだてめぇ!」
オゥ……幻聴ではないらしい、あんまり良い予感はしないのだが。
諦めて振り返ると黒い剣の鍔の中心部分に先ほどはなかった赤い宝石のようなものがあった。
「ったく、久しぶりに客が来たと思ったらいきなり悪口とはひでぇやつだな、あぁん?」
げ、宝石と思ってた部分はどうやら目のようだ。
「剣に目とか気持ちわる」
「うおおおおおおおおおおし、てめぇ殺す!」
つい、そのまま思ったことを口走ってしまった。
赤い目が光り始めたので、やばいと思い身を構えた。
「……」
「……」
なんだ、どうなるんだ……何か空気は重くなった気がするが、何も起きないぞ。
「……おい」
「ん? なんだ?」
「なんで、てめぇ普通にしてるんだ?」
「は? 言ってる意味がわからんぞ」
今の質問からするに、すでに何かしたのだろうか。
そうだとしたら、びびって損した。
「ちぃ、ここに辿り着いたやつだけのことはあるってか……」
なんだこいつ、なにか一人で納得してるな。
もういいや、ほっておいて帰ろう。
「おいおいおいおい! なんでまたしれっと帰ろうとしてんだよ!」
「ん? いや、用もないしな、気持ち悪いって言って悪かったな。じゃ」
「ええええ!? てめぇ俺を探しにきたんじゃねーのかよ!?」
「違うぞ、たまたま偶然、チップインしただけだ。じゃ」
なんかめんどくさくなってきたので、とりあえず笑顔で片手を挙げて打ち切って帰ることにした。
「いやいやいや、待てよ! 俺、お宝よ! 魔剣よ! いらねーの!?」
すまんが、レフィーラも心配してるだろうし、無視だ。相手してたら切りが無さそうだし。
「ほんと、待てよ!? 俺使えば世界だって滅ぼせるぜ!? どうよ、ほしくねぇのか!?」
……ほう、少し聞き捨てならないことを言ってるなぁ。
「滅ぼさなくてもよ世界征服とかして、てめぇの思うままにできるんだぜ!」
ふむ、真偽は正直わからないが、本当だったら困るしなぁ。
そう思い、振り返って剣の元へと歩き柄を握った。
「はっ! そうだろうそうだろう! 力はほしいよなぁ! はっはぁ!」
そして、剣を引き抜いて振り上げ……
「よしよし、それでいいんだよ。さっそく試し斬りか? あぁん?」
台座に向かって剣の腹を振り下ろし、叩きつけた。
「ぎゃああああああああああ!」
「む? さすがに硬いな」
「て、てめぇ何すんだ! このやろう!」
何か言ってるがとりあえず無視して、もう一度振りかぶって叩きつけた。
「うおおおおい! まてまてまて! 何がしてぇんだ!?」
「ん? 危なそうな剣だから今のうちにへし折っておこうかと」
そんな恐ろしい魔剣が悪いやつの手に渡ったら、俺の命が脅かされる可能性があるからな。今のうちに摘み取っておくに限る。
「ええええええええ!?」
「というわけでもう一回」
「待てばか! そんな簡単にやらせるかよおおお!」
もう一度振りかぶると突然、剣の目が光始めた。
「《マインドダイブ》!」
◇
「《マインドダイブ》!」
この魔法は俺様の得意魔法。
剣の姿のまま相手の精神世界へと入り込み、のっとったり崩壊させたりできる恐ろしい魔法よ。
俺様を動けない剣だと思って油断しやがったな。
「しかし、ここがやつの精神世界か……なんて暗いんだ、あの根暗野郎が! とりあえず、中心に向かうか……」
精神世界の中心には"心樹"というものがあり、そいつに刺されば精神を乗っ取ることができる。
だが、今回は切り倒してやるぜ。そうすればやつは精神崩壊して廃人となるぜ。
「ククク……俺様を舐めた罰だ! しっかり受け取ってもらうぜぇ!」
中心に向かって疾走中だった俺様が何かにはじかれた。
「いでっ! なんだ、このかてぇのは!? 壁か? 暗くてよく見えねぇ」
なんで壁なんてありやがる。しかも俺様の刃をはじくとは硬さも並じゃねぇな。
「くそが! これじゃ"心樹"に辿り着……いや、まさか……な……」
あることに気付き、壁から距離をとった。
「まだだ、もっと遠くから……」
最初はそんなことをがあるわけがねぇと思っていた。
しかし、離れれば離れるほど確信へと変わっていった。
「……そんな馬鹿な……」
俺様は一体何と対峙しているんだ。
「あ、あんな……あんなでかくて硬い"心樹"を持つ人間がいるはずがねぇ!」
この世界は暗いんじゃねぇ、ただ影になっているだけなのかよ。
「一体、何者なんだ! あのやギャアアアアアアアアアアアアアアア!」
◇
「《マインドダイブ》!」
「うぉ!」
光った。目がピカーって光った。
思わずびっくりして投げ捨ててしまった。
「お、おーい」
「……」
反応しないな。とりあえず、恐る恐る拾ってみたが特に反応しなかった。
目の部分も閉じられていて、全身真っ黒の剣に戻ってしまった。
「一体どうなっているんだ」
何か魔法を使っていたようだが、特に俺の身体には影響が出ていないようだが。
「マインドダイブとか言っていたな……」
名前から察するに精神に潜りこんだりするのだろうか。しかし俺には影響は出ていない。
「自分の心に潜った? 引きこもりか?」
口調は荒かったが心は繊細だったのだろうか。
「うーん、まぁ考えても分からないな、とりあえず破壊しよう」
危ないものには変わりない。静かになったのだからそれでよしとしよう。
「とりあえず、何度も叩いて折るとしようかな」
骨が折れそうが未来の安全の為だ。
……そうだ、魔法も効くかもしれないな。
「《纏雷》」
手に電気を纏い、剣に流した。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアア!」
突然、赤い目を見開き叫びはじめた。
引きこもりをやめたらしい。
「おお、効いてる効いてる」
思いのほか効いてるようなので、さらに電力を上げた。
「あぎゃぎゃがやががぎゃ!」
そしてさらに叩きつける。
「あぎゃガッ!」
何度も何度も叩きつけた。
「ふぅ、さすが自称魔剣」
効いてはいるが、まったく傷がつかない。
さすがに魔力も減ってきたので、とりあえず剣を投げ捨て休憩することにした。
「ホントスミマセン、ゴメンナサイ、ユルシテクダサイ、カンベンシテクダサイ」
心には傷がついているようだ。
やはり引きこもり。心は繊細のようだ。
何か悪いことをしている気になってくる。
危ない剣だし、できれば破壊しときたいけど、どうしたものか。
「……キョウスケー! どこにおるんじゃー!」
悩んでいると外からレフィーラの声が聞こえてきた。
「レフィーラー! ここだー! 藪の中の穴の中ー!」
こちらも突き破った壁から呼びかけた。
ちょうど悩んでいたところに来るとはタイミングのいいやつだ。
ぜひとも知恵を拝借したい。
「おー、ここじゃなって……なんじゃこの魔力は!?」
「ここだよーって何か変かー?」
何か穴の入り口でレフィーラが驚いているようだが、何かあったのだろうか。
「キョウスケよー! すぐ行くから待っておれー!」
「お、おー?」
ズザザザザザザザザー
でかい葉っぱに乗ってレフィーラが滑ってきた。楽しそうだ、後で俺もやろうかな。
「く、なんと禍々しい魔力じゃ! キョウスケ! おぬし大丈夫か!?」
部屋に来るなり、こちらを心配そうに問いかけてきた。
「お、おう。別になんともないぞ」
「ほ、本当か? こんな恐ろしい魔力を浴びたら良くて失神、悪ければ発狂するぞ」
「は? 確かに空気は重いと思うけどそこまで言うほどか?」
「わらわでさえ、魔力で防いでいなければ、しんどいぞ」
全然わからん。俺は鈍いのだろうか。
「……本当に平気のようじゃのぉ、しかし一体な――」
「そ、そこのねーちゃん、助けてくれ!」
「な、なんじゃ今の声は!?」
向こうに投げ捨てた剣が必死に声を掛けている。
「あぁ、あの剣だよ、なんかしゃべるし危なそうなので折ろうと思ってな」
きょろきょろと困惑してるレフィーラにそう教えると目を見開いた。
「この魔力の元凶はあの魔剣か!?」
「俺は魔力を感じ取れないからわからん」
やれやれのポーズで、溜息交じりに答えると剣から非難の声が上がった。
「ち、ちがうぞ! 普通は魔力がわからなくても俺様の魔力を浴びると恐怖に襲われるはずなんだ!」
「え、なに? 俺鈍いの?」
「そうじゃねぇ! てめぇの"心樹"を見たが、精神力が異常なんだ! あんなの人間どころか魔族でも見たことねぇ!」
なんか知らん単語も出てきたし、よくわからん。
「なんじゃ、つまり単純に心が強いから恐怖なんて感じないってことかのぉ」
「急に冷静になったな、おまえ……」
「あんな焦った魔剣見ておるのとのぉ……」
確かに、人が焦ってるのを見ると逆に冷静になるよな。まぁ人じゃなくて剣だけど。
「でも俺は怖いものは怖いぞ、あとシンジュってなんだ?」
「いわゆる心の樹じゃな。その人の心の中心、支えとなるものじゃ」
「……あぁ、さっきの《マインドダイブ》で見たのか」
まぁ正直、引きこもり魔法とは思ってなかったしな。
「なんじゃ、あの魔剣まで使うのか?」
「それって心覗く魔法なのか?」
「いや、心に入り込み"心樹"を切って精神崩壊さしたり乗っ取ったり出来る危険な魔法じゃ」
何故俺が無事だったかはわからないが、やはり危険な剣のようだ。叩き折るべし。
「ま、待ってくれ! 使うつもりはなかったんだが、このやろうが俺様をへし折ろうとするから!」
「使うつもりがなかったとしてもが、使える時点で危険な剣には変わりないだろう」
「……そうじゃのぉ、魔力といい魔法といい、危険極まりないものじゃのぉ」
「そ、そんな……」
どうやら同意を得られたようだし、へし折るべし。
「じゃが、あれほどの魔剣はわらわでも破壊は難しいぞ」
「え? まじか?」
俺の力では折るのが難しそうだったから相談しようと思ってたんがなぁ
「ク、クカカカカ! 俺様を折ろうなんざ百年早いんだよ! この愚か者どもめ!」
折れないと分かった途端、すごい強気になったな。電気でダメージを与えれることをもう忘れたのだろうか。
とりあえず、もう一度拾って電気でも浴びせようと思って近づくと……
「じゃから、ここにまた封印してしまおうぞ」
「ん?」
「へ?」
レフィーラが別の案を提示してきた。
「また封印? 封印されてたのかこいつ?」
「そうじゃぞ、このような危険な魔力を持っていて、わらわが感じとれなかったのはこの部屋のおかげじゃ」
「それじゃ、俺が壁壊したから……」
「そうじゃの、魔力が洩れていておるのぉ。だから補修して穴も埋めて二度と見つからないようにするのじゃ」
確かに臭いものには蓋ではないが、原因のこいつをどうにもできない以上、これが最善策なのかもしれない。
「まぁこれほどの魔剣を封印するのはいささか勿体ない気もするが、近くに存在するだけで精神がおかしくなる危険もあるしのぉ」
レフィーラがここまで危険視するとは本当にヤバイもののようだ。へし折れずに無念。
「お、おい待ってくれよ」
何か魔剣が焦ったように声を掛けてきた。
「どうした? もう折らないから安心しろよ」
「ち、ちがう! そうじゃねぇよ! またここに閉じ込めるのか!?」
「そうじゃのぉ、お主は危険すぎる。 破壊もできない以上、無闇に持ち出すわけにはいかぬ」
そうそう、俺には影響はないがこいつが近くに存在するだけで危険なのだ。さらに悪いやつの手に渡ればどんな使い方をされるかわからん。
こいつは、このままここに封印しておくのが――
「い、いやだ! こんな何もないところにまた何百年も閉じ込めないでくれ!」
「じゃが……」
「ずっと死ぬこともできず、ここに一人きりなんだ! お前たちの望む通りにするから連れて行ってくれよ!」
「すまぬが――」
「よし、一緒に行こう」
今の話を聞いてしまってはなぁ……
「へ? は? ……連れていってくれるのか?」
「二言はない」
「……おぬしも甘いのぉ」
レフィーラが少し呆れた目で見てくるが溜息つきながらも仕方ないなぁという感じだ。
話さなくても理由を理解してくれたようだ。
「しかし、連れていくにしても、どうするのじゃ? わらわでさえ触れば恐慌状態に落ちかねんレベルじゃぞ」
魔剣にその恐ろしい魔力は放出を止めれないのかと聞いたが、ある程度抑えられても無しにはできないと答えた。
「仕方ないから色々試してみるか……《クローゼット》」
まずは、魔剣を影の中へとしまってみた。
「どうだ? 魔力を感じるか?」
「いや、まったく感じなくなったぞ」
「よし、これなら――」
『こ、ここはどこだ! 誰かいないのかー! 出してくれー!』
なにか頭の中で声が聞こえる。
「どうしたのじゃ?」
「なんか頭の中で魔剣の声が聞こえる……」
「おぬしの影の中じゃから、つながっておるんじゃろうなぁ……こっちから話掛けれんのか?」
「やってみる……」
頭の中で声を掛けてみると、普通に会話ができた。いきなり何も説明せずにやらないでくれと怒られた。
『悪かったな、次からは気をつけるよ。』
『まぁ、俺様を連れて行く為にしてることだから、いいけどよ……』
ふむ、態度が軟化したな。人間くさい剣だ。
『よし、じゃあこれで行くか』
『いや、待ってくれ。ここから出してくれ!』
『は?』
問題解決と思ったらどうやらそう簡単にはいかないらしい。
俺とは会話できるが、あとは上下左右も分からない暗闇の空間にいるだけ。
どうせなら、外も見たい。なんとかしてくれとのことだ。
「なんじゃ、難しい顔しておるぞ?」
レフィーラが声を掛けてきたので状況を説明すると、何か思いついたように手を叩いた。
「おぬし、影操作の練習してる時に、立体影絵とかつくっとったじゃろ。」
動物の形を作って動かしたりしたが魔力の消費量が多すぎて遊びぐらいでしか使えなかったやつか。
「あれの中に入れて単独で魔剣自身に動かせるようにすれば良いのじゃ。魔力もやつ自身で補充させれば良い」
そんな都合よくいくのだろうかと思ったが、それでこそ魔法という感じだし、やってみる価値はあるな。
「んじゃ、やってみるか」
レフィーラから距離を取り、影を操作して狼の立体影絵を作り、自分の影から分離させた。
自分の影から分離させると維持するのにがりがりと魔力が削られていくので、すぐさま影から魔剣を取り出した。
「今、俺が影で狼を作った。そこにお前を突っ込むから、自分で魔力補充して操れ。OK?」
「ま、待て、説明しろとは言ったが、もうちょっと詳しく――」
「むんっ」
なんか言っていたが、魔力も勿体無いので影狼に魔剣を投げ入れた。
『待てと言っただろおおお! もうちょっと詳しく説明をだなぁ!』
『うるさい、俺もやったことないんだ。詳しく説明なんかできん』
『おいおい! いくら俺様が頼んだこととは言え適当すぎんだろうがぁ!』
『あれ、すごい魔剣と聞いていたからこれぐらいできると思っていたんだが、そうか無理か』
『あぁっ?』
『いや、すまない。お前を過大評価していたみたいだ。こちらでもうちょっと考えてみるから、何もできないお前はそこで大人しくしていてくれ』
『……』
少しわざとらしすぎたか……これで上手くいけば楽だと思ったんだが、仕方ないレフィーラにもう一度相談を――
「おらあああ! どうだこのやろう! 俺様が本気出せばこれぐらい余裕なんだよ! あぁん!?」
急に影狼が赤い目を見開きしゃべりだした。あんな下手な挑発にのっちゃうのかこいつは。まぁ扱いやすくていいかもしれん。
「ほう、さすがじゃ、あっさりとできおったか」
おっとそんな普通にほめちゃうと……
「お、さすが魔族のねーちゃん! こいつと違ってよくわかってんじゃねぇーか」
うん、すぐ調子乗るなぁ。わかりやすくていいなぁ。
「魔族のねーちゃんではない。レフィーラじゃ」
「おう、よろしくな! 俺様には名前がねぇから好きに呼びな」
そうか、名前がないのか。レフィーラを見ると彼女もこちらを見ている。お前が決めろと言う目をしているな。
「ならば、ハチと呼ぼう」
「なんで、てめぇが決めるんだよ! 大体なんだそのだせぇ名前はよぉ!」
「……これはな、今は亡き俺の国の名犬の名前なんだ」
「……あぁ? 名剣だぁ?」
「あぁ、その名前を知らぬ人はいなかったほどの名犬なんだ……素晴らしいお前の姿を見たらそれがふと思いついたんだが……嫌か……」
「……へっ! しゃあねぇな! 俺様のことはハチって呼びな!」
……うーむ、心配になってきてしまうレベルの単純さだ。
まぁいいか、本人の同意も得られたし遠慮なく呼ぶことにしよう。
おっとレフィーラがなにか残念そうな目でこちらを見ているな。そういえば前に忠犬ハチ公の話をしたような気がするが見なかったことにしよう。
「俺はキョウスケだ、よろくなハチ」
こうしてハチはうちで飼うことになった。