レフィーラの想い
物心の付いた時から様々な夢を見た。
色々な人物になり、色々なことを経験した。
自分の夢なのに、思い通りにならず、ただ見るだけの夢。
優秀な魔族を輩出しているアルカートン家の長女として生まれたわらわはレフィーラと名付けられた。
幼い頃から、一族の中でも突出した魔力を持っていたわらわは才女として大切に育てられていたのじゃ。
「人族という数だけで力のない愚かな害虫はこの世から消すべきだ。そして我々魔族が世界を支配し導くのだ」
魔族至上主義の父に育てられていたんじゃが、夢の中で人というものを知っていたわらわは疑問を持っておったのじゃ。
本当に人族は愚かな存在なのじゃろうかと。
そして、あることを切っ掛けにその疑問は大きくなり、家を出ることとなったのじゃ。
その切っ掛けとは、いつもの見ているだけの夢じゃった。
見ているだけの夢なのじゃが、複数回見る夢があった。それは印象の深さに比例しているようじゃった。
そして、ふとなんとなく確信を持って気付いてしまったのじゃ。
これはただの夢ではない。わらわの過去、いや前世なのじゃと。
前世の映像は、その人の一生を見るものではなく思いの強かったもののシーンのみじゃった。
子供を産んだ喜び、大切な人失った悲しみ、人に殺される恐怖、苦しみ、色々なものがあったのぅ。
そんな中でとても長く思いが強い夢があったのじゃ。
その夢の中でわらわは小さな女の子じゃった。
場所はよくわからない。何か大きな建物の中のようだが店がたくさんあり、人もたくさんおったのぉ。
そして、そこでわらわは迷子になり、泣きながら母親を探していたのじゃ。
「ああああああああ! しねええええええええっ!」
叫び声が聞こえた。怯えながら声のする方を振り向くと男が刃物を振り回していたのじゃ。
「うわああああああ!」
「いやあああああ!」
あまりの怖さにわらわは動くことができず、人が襲われているのを呆然と見つめていたのじゃ。
男は何人か襲うと辺りを見回しての、わらわを見つけると、笑いよった。
「おかあさあああん!」
その笑顔があまり、おぞましく本能的に助けを求めて叫んだんじゃ。
「おめぇもころしてやるううううう!」
男はその声を聞くとその笑顔のまま、こちらに向かって走り、刃物を振り下ろそうとしておったのじゃ。
恐怖で動けないわらわは目を閉じることも手で守ることもせず、ただ見つめておったのじゃ。
「させるかぁ! このボケぇ!」
突然、知らない男性が叫びながら横から飛び蹴りをして、男を吹き飛ばしたのじゃ。
「だいじょうぶ!? 早く逃げて!」
なにが起きたのかすぐに理解できなかったのじゃが、声を掛けてもらい助けてもらったのだと気づいたのじゃ。しかし、恐怖ですくんだ体を動かすことができなかったのじゃ。
「いてええええな! こらあああああ!」
わらわが動けずにいる間に、再び男が刃物を持って襲ってきたのじゃ。
「おめえも死ねやああああああ!」
男と助けてくれた男性が揉み合いになっての。
男性はわらわを助けるために相手の刃物を抑え込んで抵抗していたのじゃが、もう一本出された刃物で刺されてしまったのじゃ。
それを目の前で見たわらわはあまりのショックに気を失ってしまったのじゃ。
目を覚ますとそこは病院のよう場所じゃった。両親が泣きながら抱きついてきての。
しかし、わらわはなぜ病院にいるのか思い出せなかったのじゃ。
両親に聞くと遊びすぎて疲れて倒れたと言われての。幼いわらわは、両親の言葉に疑問を抱くことなく信じたのじゃ。
退院すると父親の仕事の都合という理由で引っ越しての。
そして、そのまま思いだすこともなく二十年以上の月日が流れたのじゃ。
結婚して、娘も産まれ、とても幸せな日々をおくっていたのじゃ。
6才になった娘と買い物に出かけた時じゃったの。
目を離した隙に娘がいなくなったのじゃ。
迷子になったのだろうか、それとも誘拐じゃったらどうしようと不安になっての、すぐに探したのじゃ。
「おかあさあああん!」
声が聞こえたのでそちらに向かうと迷子になって泣いている娘を見つけての。
すぐに駆け寄り抱きしめてあげたのじゃ。そしてわらわも泣いていたのじゃ。
娘を見つけて泣いたのではない。思い出したのじゃ。あの時のことをの。
わらわはすぐに母親に連絡したのじゃ。あの事件はどうなったのか、助けてくれた男性は無事だったのか。
母親は、全て話してくれたのじゃ。
犯人はわらわを助けてくれた男性が、警備員が来るまで抑え付けてくれて逮捕されたのじゃが、そのときに負った傷が酷くそのまま亡くなってしまったと。
目撃者の証言によると、その男性は逃げようとしていたらしいのじゃが、わらわの叫び声を聞いて犯人に向かっていったらしいの。
自分の命と引き換えに助けてくれた男性の名は「モガミ・キョウスケ」。
彼にも家族がいたらしく、母親が謝罪とお礼を言いに行ったそうじゃが、"あの人らしい"、"あなたのせいではない"と泣きながら言われたそうじゃ。
記憶についてはショックが大きすぎる為、記憶を閉ざしたそうじゃ。無理に思い出させないほうがいいという医者の言葉を守っていたらしいの。
わらわも彼の家族に謝罪とお礼を言いたいと言ったが、すでに相手の家族に記憶を思い出しても会いにこなくていい、事件のことは思い出しても辛いだけだと断られていたらしいの。
わらわは今、幸せに暮らしているのじゃ。
あの時に彼が助けてくれなかったら、ここにいなかったじゃろう。
そのかわり、この幸せは彼のものだったのかもしれないの。
あの時、迷子にならなければ、叫ばなければ、逃げ出せていれば、どれか一つでもすれば助かったのじゃろうか。
恨んでいるじゃろうか。許してくれているのじゃろうか。
ありがとうと言いたい。でもごめんなさいのほうがいいのじゃろうか。
そんな想いを持ち、答えが出ることなくわらわは一生を終え夢は終わったのじゃ。
家を出た。人と生きていこう、そう思ったのじゃ。
前世で背負ったこの想いに少しでも報いたい、そう思って人と共に生きていけるようにと頑張っていたのじゃ、想いは届かず、戦争が始まりおった。
人族も魔族も沢山被害がでる戦争を終わらせるために尽力したんじゃがのぅ。
結果として戦争を終わらせることができたが、人族からは「氷結の魔女」、魔族からは「裏切りの魔女」として忌み嫌われる存在となってしもうた。
しかし、そんなことでわらわの想いがなくなることはなく、人も魔族も来ない森の奥に住み、人族の姿に変われる薬の開発を進めていたのじゃ。
そして、いつも通りに食材と薬材を調達している時のことじゃった。
「ぐるるるるるっ……」
――ん? 今のはファングライガーの警戒時の鳴き声じゃな……向こうの平原からじゃの……
何か魔物同士が争っているのかと思い、平原へと向かっていった。
「がる!? ぐるるぅ……」
――怯えているの声じゃな、ここらでやつより強い魔獣なぞ、おったかのぉ?
森の中から平原を覗くとそこには一人の男がいた。
――冒険者か? こんな奥地に来るとは相当の手練れかのぉ……しかし、魔力が感じられんぞ――
「!? が、が、がおおおおおお!」
――なんじゃ、急に怯えたままファングライガーが襲い掛かりおったぞ、あやつ何をしおった!?
男は突然、襲いかかったファングライガーから転がるように避けていた。
――なっ! 素人同然の躱し方ではないか! あのままではやられぞ!
体勢を崩した男に襲い掛かっているファングライガーから助けるために、魔法を放った。
「《アイスニードル》!」
「ぎゃひん!」
逃げたファングライガーを見送り、呆然としている男に近づき声を掛けた。
「大丈夫か?」
「ん?あぁ、すまん、助か……ったぞ……」
男が振り向きこちらを見た瞬間、わらわは心臓が止まるかと思った。
そこにいたのはわらわが夢で何度も見た、「モガミ・キョウスケ」じゃった。
「おぬし、何者じゃ?」
こんなところにいるはずがない。これはわらわの想いを利用した卑怯な罠じゃ。そう決め付け魔力を溜め攻撃する準備をした。
「もう一度問うぞ。おぬしは何者で何故ここにおるのじゃ?」
少しでも気を抜くと、想いが溢れ出てしまいそうになる。なんという卑劣な罠じゃ。
「最上恭介と言います。先程はあぶないところをありがとうございます。信じられないかもしれませんが、私は別の世界から来ました」
うぐ……だめじゃ。わらわの負けじゃ。声を聞いた。笑顔を見た。
わらわは思っていた以上に、「モガミ・キョウスケ」に色々な想いを持っていたようじゃ、もう偽者だろうが罠だろうがなんでも良い。
話を聞こう。キョウスケと話をしたいのじゃ。
「……そうか、何か事情がありそうじゃな。わらわに着いてまいれ」
わらわはそう言って、キョウスケに背を向け歩き出した。これ以上、顔を見ていてられぬ。
それに、背中を向けて襲ってきたら、それはそれで手っ取り早いしの。
「……は?」
なんか、意表をつかれた声を出しとるの。もしかして本物なのじゃろうか。いやいや……そんな訳あるまい……しかし……。
「"は?"ではない。はよぉ来ぬか、置いてゆくぞ」
うぅ、いかん、今の言い方はきつかったじゃろうか。
「申し訳ありません、すぐに」
「その胡散臭い話し方は、やめい」
ってまたやってしまったではないか……。つい、夢の中のキョウスケとの違和感で……。
「……あー、悪い、すぐ行く」
うぐ、やっぱり本物なのじゃろうか。なんか夢の中で見たキョウスケから描いたイメージとそっくりすぎるのぉ。
しかし、罠じゃとすると一体誰が仕掛けてきたのかのぉ。わらわはこの話を誰かにした覚えはないしのぉ……。人の夢を見たり、思考を読んだりする魔法なんぞ知らぬしのぉ。
……ん? んん? もしかして、本当に本物なのか? しかし、キョウスケは死んだはず……。
だめじゃ、判断がつかぬ。ここに来た経緯を聞くしかないのじゃが、もし本物じゃったらと思うと……わらわは聞くのが怖い……。
じゃが、逃げるわけには行かぬ。聞かねばならぬ。例え恨まれていようとも……。
「おぬしはなぜ、どのようにして、この世界へ来た?」
顔見て聞くことができず、振りかえらぬまま問いかけた。
「……少し長くなるんだが」
どんな長くても全て聞こう。じゃが、どんな顔して聞けばいいのか、わからぬ。少々遠回りをしながら聞くとしようかの。
「……まだ、少々歩くゆえ、かまわぬ」
そして、キョウスケはここまでの経緯を全て話してくれた。
想像を超えていた。三千年も家族に会うために暗闇を漂い、さらに抜け出して突きつけられた現実は家族はもういないということ。その中、それでも家族の為、自分の為、生きることを決めた。
自分の為と笑って言っていたが、精神が壊れていてもおかしくない。こんなにも苦難な道を歩かせたきっかけを作ったのは、わらわじゃ。
「後悔しておるか?」
「……そうだな」
当然の答えじゃな。こんなことになったのじゃ仕方あるまい。
「……他人の子なんぞ見捨てておればよかったか?」
一体わらわはどんな答えを期待して聞いておるのじゃ、見捨てておればよかったに違いないんじゃ。しかし、それでも、もし……。
「いや……もうちょい上手く助けられなかったのかなぁってな」
――っ……言葉にできぬ……
……遠回りをしてよかった。面と向かって話していたら、この零れる涙の理由は答えれなかった。
わらわは決めた。償いとか礼とかもうよい。この人生はキョウスケの為だけに生きよう。
キョウスケに言っても、きっと断るだろう。気にするなと。ならばこのまま事実は話さず、命つきるまで尽くして生きる。
それがわらわの決めた"運命の道"じゃ。