ある日森の中
「ふう……」
ハチの魔力で《雷神》を使い、精神を集中させる。
『あにきー、だいぶ魔力を抑え込めるようになりましたねー』
『かなり練習したしなぁ』
この森に来てから三ヶ月、三日に一度は《雷神》を使いこなす練習をしていた。
ハチの魔力の影響を考え、皆が寝静まったあとに森の奥でこっそりと練習しようとしたが、レフィーラにはあっさり捕まり説明させられた。
その時に技を見せたら、もっと離れたところでやれと怒られた。
『ハチも魔力供給上手くなったなぁ』
『こっちも練習しましたからねー』
ハチも俺の影に入った状態での魔力供給ができるようになった。
これにより、俺は魔剣ハチを持たない状態での《雷神》が可能になったのだ。
意思疎通も影に入ることで念話可能となり、とても便利だ。
『よし、それじゃ今日はこのぐらいにして帰ると――!』
虫の声と風の音のみが聞こえる夜の森の奥で、強化された耳が何かの声を捉えた。
『今のは人の声か……?』
『うめき声にも聞こえたっす』
ハチのうめき声というワードに、何かあったのかと思い反射的に駆け出した。
《雷神》状態の為、一瞬で声の聞こえた辺りまで到達する。
『――いた! 倒れている! 子供!?』
『あにき、周りには特に何もいないっす!』
ハチの声に反応して、《雷神》を解除する。
ハチの魔力を抑え込めるといっても、ある程度は漏れ出ている状態で近づくのは、さすがにまずい。
「おい、大丈……夫か……?」
近づいて声をかけたのだが、人間というのは予想外のことが起こるとパニックになり思考が停止するらしい。
どこから説明したらいいのだろうか。かなり頭が混乱している。
まず、見つけた子供は一歳程度の幼児だった。
そんな、子供がほとんど裸の状態でこんなところにうつ伏せで倒れているのだ。これだけでも意味がわからん。
そして、見た目なのだが黒髪に茶色い肌、これだけならなんでもない。
ただ、左右の横っ腹辺りから虫の足のようなものが生えているのだ。
しかも手は普通なのだが足に節のようなものがあり、人間と虫の足を混ぜたような形をしている。
『あにき、ポーションのませるっす!』
『あ、ああ』
とりあえず、抱きかかえてポーションを口へと持っていく。
飲めるかどうか不安だったが、口に含ませると飲んでくれた。
飲ませながら観察するが、足の部分以外は普通の幼児に見える。
性別は女の子のようだが、一体なぜこんなところへ……。
『しかし、蟲人の子供って珍しいすね』
『……むしびと?』
『え、蟲人っすよ? 知らないっすか?』
レフィーラとの会話でも出たことのない種族だ。
『単純に獣人とかの虫版っすね。独特の文化や生態を持ってるんで、面白いっすよ』
『……初めて聞いた話だな』
『そういえば、ここに来るまでに一人も見てないっすね。確かにそんなにたくさんいる種族ではないですけど……』
『一回、レフィーラに詳しく話を聞いてみるか』
なんてハチと念話していると、気がついたようだ。
ゆっくりと目を開け、こちらと目があう。
ちなみに開いて気づいたのだが、目が四つある。
左右の目の上の、額辺りに一つづつ。
白目のみに見えるけど、複眼とかかな。まぁ、今は気にしなくていいか。
「お、目を覚ましたか、痛いとことかないか? って言葉は通じるのかな」
とりあえず、笑顔で話しかけるが――
「アゥアッ!」
「おわっと!」
腹部にあった足が顔にめがけて攻撃してきた。
思わず回避行動に移ってしまい、子供を落としてしまう。
「しまっ!!!」
「アゥッ!」
焦って、助けようと思ったら、器用に腹部の足を使い着地した。
そして、その腹部の足ともう二本の足で体を支え、こちらを睨み威嚇している。
「アゥゥゥッ!」
すごいな、着地を決めた上にしっかりと立って……いや……。
一生懸命威嚇しているのだろうが、足とかぷるぷるしてる。
歯はもう生え揃っているのか。あ、八重歯かな、なんか牙っぽい歯がある。
前髪から二本だけ飛び出て後ろに流れるように跳ねてる髪があるのだが、あれ触覚っぽいな。
うーん……可愛いな。
「アウアウアウァッ!」
じーっと見てたら、さらに威嚇してきたが、とりあえず無視してさらに観察する。
うーむ、少し痩せてるように見える。ちゃんと食べているのだろうか。
『蟲人の幼児って何食べるんだ? やっぱり母乳とかじゃないとダメなのかな』
『蟲人は生まれてすぐに獲物を狩って食うって言われてるっす。』
『え? 自分でか?』
『そっす、蟲人に親子という概念はないっす。産んだらさよならっす』
おいおい、こんなところで産み落として、はいさよならって千尋の谷に落とす獅子ってレベルじゃないな。
だが、今はおいといて、飯を食べさせよう。子供がお腹を空かせているのは許せん。
とりあえず、獲物を狩って食うなら肉とかでも問題ないだろう。
「《クローゼット》」
取り出したのは二本の肉串。
このハチとの特訓の後は腹が減るので、レフィーラに頼んで作ってもらってたのだ。
《クローゼット》の効果で料理はまだ出来たてでほかほかしている。
そしてレフィーラ特製スパイスのおかげで、味付けはもちろん匂いもすごいことになっている。
「アゥー」
肉に目が釘付けになっている。
もったいぶって楽しむ趣味などないので、一本差し出す。
「ウ? ウ?」
目の前に差し出しているが、俺と肉を交互に見るだけで手をつけない。
「旨いぞ、こうやって食うんだ」
差し出してないほうの肉に噛り付き、食べて見せると理解したのかすぐに奪いとった。
一口食べると驚いた顔をして、無言でがっつきはじめた。
よっぽど腹が減ってたんだなぁと隣に座り頭を撫でると食べるのをやめ、こちらをじっと見つめてきた。
「あぁ、食べてる時にすまんな」
謝ると何も言わずにまた肉を食べ始めた。
途中で飲み物を渡したり、串を食べそうになったので、食べれないことを教えたりした。
「アウー」
食べ終わると串を悲しそうに見つめていたので、もう一本も差し出すと今度は普通に受け取って食べ始めた。
つい微笑ましくなり、笑って見ていると再び食べるのをやめ、こちらを見つめてきた。
「どうした? 飲み物のおかわりかって……」
「アウ」
まだ残っている肉串をこちらに差し出してきた。
驚いて言葉が止まってしまう。
まさか、俺にも食べろと言ってるのだろうか。
「アウアウ」
ぐいぐいと俺の口に近づけてくる肉串。
どうやら、そのまさからしい。
なんて優しい子なんだ。涙出そう。
「俺はお腹いっぱいだから、大丈夫だから全部食べていいよ」
言葉は通じなさそうだからジェスチャーを交えて伝える。
「ウー」
意図は伝わったようで、残った肉にかぶりつく。
もう一度頭を撫でると一瞬食べるのが止まっただけで、特に反応しなかった。
気を許してくれたのだろうか。
だめだ、可愛すぎる。連れて帰ろう。
『あにき……完全に誘拐犯っすね……』
……通報はしないでくれよ。




