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旅立ち

 

 ――ここは何処なんだ……?


 そこは真っ白な空間だった。地面もない為、自分が上下どちらに向いているのかもわからない。

 音もなく時間の感覚さえ、わからないこの空間に恐怖がこみ上げてきた。


「だ、だれかいないのか!? ここはどこなんだ!?」


 不安にかられ、大きな声であたりを見回しながら叫んだ。




 ――まぁ落ち着きたまえ

 


 

 突然、声が聞こえた。いや、頭に響いたという感じだろうか。


「ど、どなたですか?」


 聞こえた声に何か逆らえぬような圧力を感じ、思わず敬語で問いかけた。




 ――ふむ、姿が見えぬか、ちと待っておれ



 

「は、はい……」


 言われた通り、大人しく待つことにした。


「これでどうじゃ?」


 突然、背後から声を掛けられ振り向いた。そこには白髪に白髭、白いローブに木の杖を持ったじーさんが立っていた。


「ええと、どちらさまですか?」


 見たことのない空間、何かを想像させる風貌の老人。正直、なにか嫌な予感を覚えつつも問いかけることにした。


「そうじゃのぅ、おぬしの世界でいう神様じゃよ」


 何故だろうか、予想していたとはいえ到底信じられない言葉だったが、声を聞いた瞬間それは事実であると認識させられてしまった。


「まぁ言霊のようなものじゃて、別に嘘などつかぬから心配せんでもよいぞ」


 自然に心まで読まれてしまった。もはや疑う価値もないのだろう。


「……すぅ……はぁ……それで、私はなぜここに?」


 一旦落ち着く為、深呼吸をしてから問いかけた。


「そうじゃのぉ、まずお主の名前はなんじゃ?」 


 質問に質問で返されてしまったが、とりあえず答えようとした。

 

 ――あれ、名前? なんだっけ? たしか……


「……最上恭介、そう最上恭介だ」


 自分で確認するように、そして何故、忘れていたのか疑問に思いながら答えた。


「ほう……名前以外に何か分かるか?」


 何か感心するような表情をしながら再び質問をしてきた。


 ――他に……? なんだ、自分のことなのにイマイチ思い出せないな……


 考えるように黙ってしまった恭介を神は静かに見つめて待っていた。


「家族がいた……嫁は琴音、子供が二人、拓海と浩太だ……あいつらの元に帰らないといけないんだ……」


 何故、こんな大事なことを忘れていたんだと思いながら、神に言った。そして恭介は焦るように周囲を見回し神に詰め寄った。


「す、すみません、ここはどこなんですか? 早く帰していただけませんか? そうだ、子供がもうすぐ誕生日で!」


 少しづつ記憶を戻しながら喋っていた。


「プレゼントを買って……甘い物……シュークリームも買って、それから……あっ――」


 そして、思い出した。自分がどうなったかを。


「覚えておったか。ある程度は説明する必要はなさそうじゃの」


 ずっと黙っていた神が落ち着いた口調で声を掛けてきた。


「私は……死んだのですか……?」


 搾り出すように、否定してくれることを願い、声を出した。


「……そうじゃ、おぬしは殺された」


 願いは届かなかった。信じたくはなかった。しかし、神の声を否定することはできなかった。




「……生き帰してくれませんか?」


 きっと無理だろうと思った。でも何でもいい。希望を見出したかった。甘くてもいい、無様でもいい、ただ諦めたくなった。


「あぁ、良いぞ」


 聞き間違えかと思った。何か突破口でも開ければと言った言葉はあっさりと受け入れられた。


「そ、それならすぐに『じゃが!』」 


 言葉を遮られた。やはり、何か条件でもあるのかと思いつつも、どんなことでも飲もうと心を強くした。


 しかし、続けられた言葉は、条件などではなく恭介を絶望へと落とすものだった。


「おぬしは家族には会えぬ」


 予想外の否定のできない言葉に思考を停止させ、神を見つめたまま固まってしまった。


「おぬしが望むなら、あの世界のあの場所で生き返らすことはできるが、家族には会えぬ……」 


 もう一度はっきりと言われてしまった言葉を理解できても納得はできなった。


「……なぜ、会うことはできないのですか?」


 神の声に否定することができなくても、一縷の望みをかけて声を絞り出した。


「そうじゃの、それを説明をするのは簡単じゃが、おぬしを生き返らす理由も一緒に説明する為、一から説明するとしよう」


 表情を変わらないが和らいだ目でこちらを見つめ、顎鬚を撫でながら語りかけてきた。その落ち着いた声に一度息を飲み耳をかたむけることにした。


「全ての生き物は"運命の道"を歩いて生きておる。」

「……"運命の道"ですか?」

「そうじゃ、運命というても決まっているものではなく、選択肢は無限に有り、辿り着く場所もまた無限と在る、そしてその道は輪廻転生を繰り返し無限となる」


 ならば、俺は運命の選択というものを誤ったのだろうか。そして輪廻転生し、別人として生まれるのだろうか。


「まぁ結論を急ぐではない。最後まで聞いて考えよ」


 確かに想像を超えた話だ。何かを考えたところで正解には至れない気がする。


「ごほん、その"運命の道"じゃが、実は道から外れる方法が二つある。一つは自殺じゃ。生への放棄は歩みを止めることとなり、その道から落ちる」

「……道から落ちるとどうなるのですか?」

「本来、肉体が死んだ場合は魂となり、次の肉体へと移り転生する。じゃが、道から落ちるとそこは闇しかなく、すぐに闇と同化して消えるじゃろう」


 自殺というのは業が深いのだろう。生き物の行動としては禁忌に近いことなのかもしれない。


「そして、もう一つじゃが、それは悪魔に殺されることじゃ」

「あ、悪魔?」


 突然、非現実なことを言われてキョトンとしてしまった。まぁ今のこの状況も異常なのだが。


「やつらはまぁ、人間の負の感情の恨みや悲しみなどから生まれる存在じゃ。色々な条件が必要になる為、滅多なことでは生まれはせんがの」


 現実にいればもっとニュースになっている。しかし神は嘘はつかない。ならば、本当に滅多なことでは存在しないのか、見えないかのどちらかだろうか。


「どちらも正解じゃな。生まれるのは千年に一匹程度じゃな、そしてやつらは人の心に巣食う」

「ん?ということは悪魔にとりつかれたら死ぬということですか?」

「いや、とりつかれても死にはせんし、わしが気づけば滅することもできる」


 じゃあ、悪魔に殺されるということは――


「そうじゃの、とりつかれた人間に殺されるということじゃのぉ。そして"運命の道"の外におる悪魔にとりつかれたものに殺されたものは、同じく道を外される」


 ……あぁ、なんとなく分かった気がしてきた。わざわざこの説明をしたということは、つまりそういうことなのだろう。


「聡いのぉ、そうじゃおぬしを殺した男は悪魔にとりつかれておった」

「……そして、道から外れた私は輪廻転生できずにここに……いや、ちがう」


 ――道の外は闇。同化して消えるはずでは……


「意志じゃ。なんとしても家族のもとへと帰る強い意志が、闇に飲み込まれることなく耐えておった。」

「……耐えていた?」

「そうじゃ、そこをわしが見つけてここへ連れてきたのじゃ。おぬしをまた運命の道へと戻すためにのぉ」


 悪魔に殺され道から外れた私を戻す、つまり転生ではなく俺のまま生き返る。それでも家族に会えないというのか。いい加減もったいつけずに教えてほしい。なぜなのか。


「すまぬのぉ、もったいぶったつもりはないんじゃがな。とりあえず、落ち着いて聞いてほしいんじゃ……」


 神の言葉に嘘はない。それでも会いたい。理由さえわかれば、なんとかなるかもしれない。例え本当に会えなくても家族の為に何かできるかもしれない。なんでもする覚悟はできてる。




「おぬしが死んだのは三千年前の話じゃ」




「……は?」


 なにを言ってるのか、わからなかった。わかりたくなかったのかもしれない。言葉の意味を認識したくなかったのかもしれない。でも、そんな意思とは関係なく、意味が浸透していく。


「闇の広さは無限。その中に落ちたおぬしを見つけるのに時間がどうしてもかかってしまうんじゃ」

「……あ……え……」


 言葉はでなかった。涙が溢れてきた。色々な思い、感情が混ざり胸を締め付けた。もう会えない。愛する人はすで亡くなっている。何もしてやれなかった自分。だけどもまだここにいる自分。


「……すまんっ……なにもできずっ……琴音っ……拓海、浩太っ!」


 歯を食いしばり耐えていたが、思いは止められず、声を出して泣いた。




 どれほど、泣いていたのだろう、もう時間の感覚などなかった。


「……おぬしの家族は、さまざまな苦労はあったが皆、幸せな人生を歩んだぞ……」

「……っ!」


 少し、救われた気分になった。それがまた悔しかった。


「……さて、おぬしを生き返らせる話じゃがな……」


 どうでもよかった。もう生き返る意味などなかった。このまま闇に戻してもらい、そのまま消滅したいと願った。


「……人間には絆という言葉があるじゃろう」


 突然、神が何かを語りだした。自暴自棄になっていた俺は何もない空間を見つめ、ただただ涙を流し、声を聞いていた。


「一度家族になると、魂に繋がりが生まれるんじゃ。そうすると、転生したあとも再びめぐり会うことも珍しくないんじゃ」

「……また会える?」

「そうじゃのぉ、おぬしは三千年間家族を思い続けたおかげで魂に強い絆が刻まれておる。今は皆ばらばらに転生しておるが、おぬしが転生を繰り返せば再びめぐり会えるじゃろう」


 ひどい話だ。家族を失い、生きる意味を感じない自分に人生をまっとうすれば、幾度かの転生後、記憶を全て失って再会できると言っているのだ。


「……時間はある。しばらく考えるといい」


 考えるまでもなく答えは決まっていた。もう一度生きると。どんな形であれ再会でき、もう一度やり直せるなら、やるしかなかった。父親という責務を果たせなかったのだから。


「いえ……もう答えは決まっています」

「……そうか、一つ言い忘れおったが、おぬしは一度、"運命の道"から落ちておる。その為、非常に不安定じゃ」

「不安定ですか?」

「そうじゃ、もし苦難な道であったとしても諦めてはならん。例えば、何かに襲われ殺される寸前であっても、生を諦め受け入れてしまった場合は自殺として扱われ道から落ちるじゃろう」


 本当にひどい話だ。生きる意志を奪われた俺に、どんな状況でも絶対に諦めずに生きろと。しかし、もう覚悟は決めていた。どんな道であろうと再びめぐり会うまでは決して諦めないと。


「問題ありません。覚悟はできています。」


 心の読める神に思いは伝わっていただろうが、はっきりと声を出し答えた。自分の意思をより強固にするために。


「ふぉっふぉっふぉ、そうかそうか」


 何が楽しいのか、神は笑って答えていた。


「ならば、さっそく生き返らすとしようかのぉ。ただ、別の世界にしたほうがええのぉ」


 仕事が早いのはありがたいのだが、またよく分からないことを言われてしまった。


 ――別の世界?


「元の世界は三千年たっとるからのぉ。科学も進歩しており、身元不明のおぬしがいきなり現れたらなかなかの問題になるじゃろうて」


 確かにそのとおりだと思うが、世界とはいくつもあるのだろうか?


「そりゃそうじゃ、数え切れんほどあるわい。どんなとこがいいかリクエストでもあるか?」

「……神様のおススメで」


 考えてもわかりそうにないし、事情を知っている神様に選んでもらったほうが、無難だと思った。


「そうかそうか、では身元不明人があらわれても問題ないとこで……あとは、そうじゃせっかくだから魔法のあるとこにするかのぉ?」

「ま、魔法?」

「同じような世界では、おぬしもつらかろう。ただ、なじみやすいように基本構造は似ているところにしようかの」


 魔法とか急に言われて焦ったが、気をつかってくれたのか、申し訳ないな。


「サービスで、言語能力と一般的な成人男性の魔力は与えてやろう」

「ありがとうございます、それでお願いします」


 どこでも生きていく覚悟はしていたので、文句などなかった。むしろわざわざこちらのことを考えて、サービスまでつけてくれてありがたい気持ちとなった。


「そうか、ではさっそく魔力と言語能力を付与するぞい、ほい」


 杖をかざすと俺の体がかすかに光り、何か違和感があるものが駆け巡り始めた。吐き気はしないが、なにか気持ち悪い。


「よし、それでは送るぞ」

「はい、ありがとうございました」

「最後に、一つ。おぬしは幸せになって良いことを忘れるな」


 何も言えず、ただ困った顔を返してしまった。


「達者でな」


 ――そして、異世界へと、旅立った。


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