旅立ち
あれから一週間経った。
準備は順調に進み、荷物もほぼ《クローゼット》の中。
たくさん入れたが、入っているものは《クローゼット》の中身を想像すると頭に浮かぶので迷うことも失くすこともない。
手ぶらで旅ができるなぁと思ったが、闇属性適正者は犯罪者が多いから警戒されるとのことでこの魔法は隠したほうがいいと言われた。
仕方がないので旅は肩掛け鞄を持ち、そこから《クローゼット》の中身を出し入れする振りをすることになった。
ハチの子犬化は楽勝かと思ったが小型になるのが難しく苦労した。
ついでに黒猫とカラスにも変われるようになったものの、猫をハチと呼ぶのは違和感がありまくりで拒否。
カラスは形だけで飛べないので却下。ということで結局子犬に落ち着いた。
「さてと、そろそろ行くか」
鞄を肩に掛けレフィーラに声をかける。
「そうね。少しさみしくもあるわね」
空っぽになった家の中を見ながら呟く。
「みんな一緒にいるからさみしくないっす」
子犬のハチが走り回りながら言う。
「そうだな」
「そうね」
「そうっすよ」
二人と一匹が笑いながら家を出る。
「んで、いつ街道には出るんだ」
「も、もう少しかしら」
出発してから五日たったが、まだ森から出ていなかった。
「確か、三日で出るんじゃなかったっけ?」
「ちょ、ちょっとした計算ミスよ。もうすぐよ」
「昨日も同じこと言ってたっすよぉ」
肩に乗ったハチもさすがに愚痴る。
「迷ったんだろ?」
「違うわよ! 素材がほしかったのよ!」
まぁ確かに魔獣もたくさん倒したので草花系の採取も合わせて結構な数が貯まった。
「み、見えたわよ」
しばらく、歩いたところでレフィーラが声をあげた。
「おお、本当にもう少しだったのか」
「だから、言ったじゃない」
ドヤ顔するレフィーラに、話を聞いてみると本当に嘘は一切ついていなかった。
この森を出る前に素材がほしかったこと、それに伴い移動が遅れて計算通りいかなかったこと。
ハチと疑って悪かったと謝ったが、素材もたくさん手に入りご機嫌だった彼女は笑顔で許してくれた。
「しかし、こんなに深い森だったとはな」
「誰かが来たら面倒だしね」
「おお、すまん」
下手したら、俺は一番面倒な客人だしな。
レフィーラは一瞬きょとんとしてから、声を上げて笑った。
「あはは、そうね。あなたが一番面倒だわ」
しばらく、二人で会話に花をさかせながら歩いているとレフィーラが突然振り向いた。
「誰か来るわ」
振り返るが直線ではない森の道では何も見えない。魔力を感知したのだろう。
とても便利な力だが、こればっかりは習得できなかった。
「……四人、馬車かしら」
つぶやくレフィーラの言葉を聴き、身体強化をしつつ耳をすまして聞いてみる。
確かに何か、大きな音とともに近づいてくる。
「来たわ」
言うと同時に二匹の馬が引く馬車が目に飛び込み。
かなりスピードを出しているように見える。
警戒しつつ道の端に寄る。
「急いでいるようね、何かあったのかしら」
魔力感知によると何かに追われているというわけでもないとのこと。
とりあえず、通りすぎるの待ってから進もうと決めた。
しかし、馬車は通り過ぎることなく俺たちの横で急停車した。
「すまない! 旅の者よ、ポーションを持ってないかね!?」
御者のいかついおっさんが切迫した様子で話かけてきた。
この世界でポーションは回復薬のこと。帆付き馬車から強化した嗅覚に血の臭いを感じる。
怪我人がいるのかと疑問を持つ前にレフィーラが行動する。
「私は薬師よ、怪我人がいるのね。見せてちょうだい」
「本当か! すぐに頼む。重傷なんだ!」
レフィーラと馬車に乗り込むと倒れている男性と、一生懸命介護している男女の三人がいた。
「私は薬師よ、容態を見せてちょうだい」
「はい、会話は聞こえていました、すぐにお願いします!」
すぐに倒れている男性のそばに行き、胸元を押さえていた布を取り傷口を見る。
左肩から腹部にかけての三本の深い裂傷だ。この傷は魔獣にやられたのだろう。
「これなら、下級で十分ね。すぐに出して」
レフィーラに言われて、鞄の中に手をつっこみ《クローゼット》から取り出す。
「ま、まってくれ。下級ポーションでは効かなかったんだ! 中級以上があるなら出してくれ、金は払う!」
御者をやってたおっさんが馬車を覗き込みながら、訴えてきた。
俺の見立てからしてもレフィーラの下級ポーションで十分治ると思う。
さんざん使ってきたからな……。
「これが効かなかったら、使うからおとなしく見てなさい」
レフィーラはおっさんを見もせずに俺からポーションを受け取ると傷口へとかけた。
「な!」
みるみると傷口が塞がっていく光景にあぜんとする仲間たち。
「本当に今の下級ポーションなのか……? 中級いや、上級では……」
「私の特製よ、そこらへんのポーションとは一緒にしないで」
なるほど、一般的なポーションとレフィーラ製のポーションは効果が圧倒的に違うのか。
何か大きな問題が起こる前に知れてよかった。
「そうか、すまない。いや、ありがとう。助かったよ」
涙ぐむ仲間たち。確かにあのままでは助からなかっただろうからな。
「傷が治っても失った血や体力は戻らないわ。気がついたら栄養剤を飲ましてちょうだい」
レフィーラの言葉を聴き、再び鞄に手をつっこみ栄養剤を取り出し渡す。
「何から何まですまない。今は手持ちが少ないが町に戻ったら必ず代金を支払おう」
「そうね、でも材料費程度でいいから手持ちでも足りると思うわよ」
値段を知ると安すぎると、命を助けてくれたのだからもっと払わしてくれと言ってきたがレフィーラがいらないと一蹴した。
せめてもと次の町までこの馬車で一緒にと言ってきたが、元々怪我人が気になるからしばらく一緒にいるわよというと、本当に申し訳ないと謝ってきた。
最終的に何度も謝ってくるおっさんと仲間たちにレフィーラが怪我人がいるんだから静かにしなさいと黙らせた。
その間、俺はずっと空気だ。
「俺の名前はバーリスだ」
とりあえず、自己紹介をすることにした。
おっさんの名前はバーリスで戦士とのこと。皮の鎧のようなものをつけた坊主頭で顔に傷のある男だ。
もう一人の男性が名前がビリーで斥候。見た目は若く腰が低い。鎧などはつけていなくて頭にバンダナを巻いている。
紅一点の女性はカルア。魔法使いで風と火を操るとのこと。バーリスの知り合いの娘らしい。
よくある魔法使いのイメージの大きい帽子や黒いローブなどはつけていなくて、ジャケットを着たパンツスタイルの軽装だ。
最後の倒れている男性はフォレス。弓使いの若い男性だ。長髪の男前でこちらも鎧などはつけていない軽装スタイルだ。
後衛なのだが突然現れたベアレオンという擬態する熊型の魔獣に襲われたらしい。
「レフィーラ・モガミよ。こっちが兄のキョウスケ・モガミ」
「よろしく頼む、あとこいつはペットのハチだ」
「かわいー!」
ハチを紹介するとカルアがハチを抱きかかえて撫でている。
苦労して毛並みまで再現したハチの子犬バージョンにぬかりはない。
挨拶を終えるとビリーが御者を変わり、リーダーのバーリスが会話に参加しながら馬車は進む。
「ここらでは珍しい黒髪が二人とは、兄妹だったのか」
「うちの村では珍しくもないけどな」
「苗字があるってことは何か名のある家なのか?」
「うちの村では全員持っていてね、普通の家さ」
ここで、怪しまれないように旅に出る前に決めた設定を話しておく。
「なるほど、妹さんのわがままで旅に出ることになり、護衛に兄がついてきたというわけかい」
「いいお兄さんですねー。私も兄がほしかったなー」
「私は一人でいいって言ったんだけどね」
演技も自然で疑う様子もない。この設定は通じそうだ。
「いやいや、こんな綺麗なお嬢さんを一人で旅なんてさせられんだろう」
「ほんとですよー。レフィーラさんすっごい綺麗です。服も色っぽいし……」
レフィーラはいつもアオザイではなく片側に深いスリットの入った青色のチャイナ服のようなものを着用している。
マントを羽織っているので普通に歩いていたら見えないが動くと綺麗な脚がよく見える。
なぜ、旅に出るのにそんな格好なのだとつっこんだら、お出かけするならオシャレしなくちゃとのこと。
ここで深くつっこんだり、注意するのは何か良くない気がしたのでそのまま黙ることにした。
「まったくだな。とても旅をする格好ではないと思うが、俺も目の保養ができるし問題ないな」
「バーリスさんのエロ親父……」
笑うバーリスにジト目で見るカルア。本当の親子のように見える。
「うぅ……ここは……?」
どうやらフォレスが目を覚ましたようだ。
まぁこんだけ喋ってたら、うるさくて起きるわな。
「調子はどう? 気分は悪くない?」
レフィーラが顔をのぞき込み声を掛ける。
「ふ……どうやら、俺は死んでしまったようだな」
なにやら、勘違いをしているようだ。死にかけていたのだから仕方ないが。
「しかし、こんな美しい女神に会えるのならあの世も存外悪くないのかもしれないな」
面白いこといい出したので、周りも黙って成り行きを見守っている。
「それに生きていても暑苦しいハゲたおっさんに、腰抜けの面白みもない友に、色気もなにもない乳臭いガキの女と仕事する毎日」
バーリスとカルアが武器を探し始めた。もう少し見守ろう。
「むしろ死んで正解だったのかもしれないな」
「そうだな、じゃあ死んでみるか」
「そうね、一旦死にましょうか」
二人ともいい笑顔だ。
「へ? あれ、生きてる? それともお前たちも死んだ?」
「いや、死ぬのはお前だけだよ」
おお、ホラーな台詞だ。あーめん。
「はふへてひははきはりはとうほはいまふ(助けていただきありがとうございます)」
顔をぼこぼこに腫らして土下座するフォレス。
あぁ、レフィーラがぷるぷるしながらお腹を抑えて床を叩いてる。
「何を言ってるがわからんが、気にしなくていいぞ」
「ふぁい……」
「……ポーション使うか?」
少し憐れになり鞄からポーションを出そうとするが。
「大丈夫ですよ」
カルアが笑顔で拒否してくる
「え? いや、でも」
「大丈夫です」
「あ、うん、そうだな」
有無も言わせるカルアの迫力に負け、俺はポーションを鞄へと戻した。
女は怒らせちゃいかん。正座をして端に座るフォレスを見て心に刻んだ。




