魔法使いに至るまで
なんとなく浮かんだネタを短編にしました。
連載とか、文学フリマの原稿とは別のものを書けて楽しかったです。
俺がジジイと出会ったのは疫病が流行った頃だった。
村の連中が全員死に俺1人が取り残された雪が降る日のこと、まだ生え際が後退して間もないジジイがやって来た。
「他の者は?」
と、聞かれ、
「死んだ」
と、答えた。
眉間に皺を寄せ険しい顔になった後に俺の頭に手を置いた。
ジジイは何も言わず、俺も何も答えなかった。
誰もいなくなった村で生きていくことはできず、俺はジジイに引き取られることになった。
クソ生意気だった俺は親も兄弟も村人も全て死んでしまって、気丈に振る舞おうとして拾ってくれた人に対してジジイ呼ばわりをしてしまう。
でも、あの人は笑いながら、
「それだけ元気なら心配ないな」
と、パイプを口の端で揺らした。
それから俺はジジイに付いて様々な土地を巡り、人々の手助けをしていた。
薬学、農業、建設、錬金術、そして、魔法。
ジジイは学者でさえ知り得ない知識や技術を用いて困難に立ち向かう人へ力を貸していった。
だが、どんな場所でも手伝う程度の助力に終始していた。
それはジジイがいなくなった後でもその土地の人間が自力で次の困難を乗り越えなければならない、と言うのがジジイの持論だった。
俺は村にいたら決して学ぶことのできなかった物事を目の当たりにした。
そのうちジジイはただの拾い子の俺を弟子と呼び、俺もジジイを師と仰ぎ慕うようになった。
嬉しくて、そして、今まで世話になって来た人に対してジジイ呼ばわりをしたのを後悔した。
だから、ある晩にジジイに師匠と呼んでみた。
そしたら、一瞬呆けた顔にあった後、全身が痒くなった顔をして、
「気色悪い」
と、言われた。
俺も全身が痒くなったから、
「そうだな」
と、同意した。
だから、今でも師匠をジジイ呼ばわりだ。
魔法使いの師弟が救済の旅をしている、といつしか俺たちは国で噂されるようになる。
噂が広まる頃には、俺たち、正確にはジジイに国からお呼びがかかった。
今までの功績を讃えられ、ジジイはいくつかの勲章や称号を貰い、さらには都に屋敷まで建った。
ジジイはそこで居を構え、後進の育成を任さられるようになった。
俺も弟子として屋敷で暮らすことになる。
まもなくして、名門貴族から3人の子女が弟子にやって来た。
俺にとっては妹弟子だったが、年齢も身分も彼女らが上だった為に弟のような扱いだった。
彼女らは才能に富んでいた。
非凡な彼女らの噂は瞬く間に広がり、ジジイの名も同様に知られていくようになった。
俺は魔法も他の勉強も並だったが、楽しく過ごすことができた。
「あんたって欲がないのよね。私たちに負けてもケロッとしてるし」
と、姉の1人は言っていた。
当然だ。
本来だったら、あの冬に凍死か餓死していた身の上だ。
ここにさらに魔法の才能まであったらバチが当たると言うものだ。
だから、ジジイや姉たちが有名になっていくことは俺にとっての誇りだった。
すごい人たちの側で魔法を学んでいることが楽しくて嬉しかった。
そう言うと、別の姉は言った。
「お前はそれでいいのかもしれんな」
それに同意するように3人目の姉が頷いた。
「私たちの中で一番物事の全体を見ているものね〜」
1人目の姉は納得していない顔だった。
部屋の隅でパイプを吹かしていたジジイは笑っていた。
楽しかった生活もいずれは終わりを迎えた。
姉たちは巣立っていく。
国のために働き、家のために嫁ぎ、家族のために子を産む。
俺とジジイはまた2人になった。
騒がしかった生活が嘘のように静かなものになる。
生え際もすっかり元の位置がわからなくなったジジイは老いに敵わなかった。
日に日に痩せ、寝たきりになる。
それでも本を読み、筆を取る姿は最後まで俺の誇りだ。
師であり、親であったジジイが亡くなった。
旅をしていた頃に出会った人や国のお偉いさん、姉たちも葬式に駆けつけ厳かにジジイを見送った。
いつまでもジジイが生きているわけはない、とわかってはいた。
でも、夢のような時間が醒めて欲しくなかった。
時はゆっくりとだが確実に流れているのをはっきり意識したのは、ついこの間まで一緒に修行をしていたと思っていた姉たちの子供を抱いた時だった。
辿々しい言葉で俺を呼ぶその子たちを見ていたら、ふとジジイと出会った頃を思い出した。
そうか、俺はもう寒村で死にそうな子供ではない。
1人の人間、1人の魔法使いとして生きていく頃合いなのだと気付いた。
だから、旅をすることにした。
かつてジジイがやっていたように。
そして、昔見た景色は今、ほんのすこし高くなった視線から眺めたらどう映るのか確かめたくなった。
子供が大人になるだけの時間は世の中を変えるには十分すぎる。
かつては見えなかったものが見える旅は辛いことの方が多かった。
それでも今度は俺の番なのだ、と思い歩み続けた。
あれは歴史的に見ても凶作な雨の多い時期、雨の降る日だった。
俺は、
「他の連中は?」
と、問いかけた。
目の前の少女は、
「死んでしまいました」
と、答えた。
俺は何も言えなかった。
何も彼女に投げかける言葉がないことに気がつかされた。
だから、そっと彼女の前に手を差し伸べた。
彼女は迷った後に、
「ん」
短く呟くと俺の手を握った。
これからは、この手に握る小さな手を大切にしていこうと思う。
ジジイもきっとそうしろって言ってる気がするんだ。