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熟考

あまりにもすることがなかったので続き書き始めました。

私は一度襟を正してから、この頭の回転が早そうなエルフに改めて向き合った。

「いや、何も全く金が無いわけではない」

「そうなの?」

「ただその、オニックスという通貨単位に聞き覚えがないものでな」

「まぁ海外からいらっしゃったようだし、仕方ないわね。よくある事だわ」

こちらからしてみればこの店の生物全てが外国人のようなものだが、とりあえずここは話を合わせよう。

「あぁ、見た目通りにその通りだ」

「それじゃあウチは一応海外通貨も定額レートで取り扱っているから、ちょっと手持ちを見せてもらってもいいかしら?」

「どうぞ」

と言いながら私は財布を抜き出し、手持ちの小銭を全て机にぶちまけた。

「なんですの?これ」

「何って、硬貨だ」

「この玩具に穴の空いたようなメッキのメダルが硬貨ですって?本気?」

「本気だ。私の地元ではこれが普通だった」

「そうなの、それじゃよほどマイナーな国家のマイナーな通貨なのね……」

「そこまででもないとは思うが……」

「そうだとしても、残念ながら当店で精算する事はできないわ」

「なんと、それは困った」


内心では本気で困りきっていた。

だがまだだ、まだここでめげてはいけない。次に私は職業斡旋所へ馳せ参じるという当初の目的を思い出した。


「時にシュプちゃんよ」

「シュプちゃんじゃなくて、アタシにはシュプリンガーっていう立派な名前があるんだけど」

シュプリンガー。いい名前だ。

何故いい名前なのかは分からないが、口に馴染むというか、ともかくしっくり来る。

「シュプリンガー女史。実は私がここに来たのは新たに職業を登録するためなのだ」

「なるほど」

「そこでお聞きしたいのだが、例えばどういった職業があるのだ?」

「職業って、役職の事?大きくは魔導外人部隊という枠組みではあるけど、役職で大きく分けると剣闘士、魔術師、破壊屋、狙撃手、指揮官などがあるわ」

「へぇー……割りと細分化されているんだな」


ちょっと待て。

魔導外人部隊?という事は軍隊所属か?

その語感から私の脳裏にはフランス外人部隊が浮かんだ。

国民に血を流させる事なく、外国から屈強な兵士を雇用することで、最終的には退役者にフランス国籍を与える制度。

この国ではどうやらそれと同じ制度が行われているらしい。


そんなことよりもだ。

何故頭脳労働専門の私が戦場に駆り出さなければいけないのだ?冗談じゃないぞ。

くそう、あの時の自警団のおっさんめ。

ここが多国籍兵の徴兵施設だと知っていて案内したのか?

食い逃げの生き恥を晒すのも嫌だが、筋肉軍人に囲まれてこの坂上彦摩呂が生き永らえるはずもなかろう。

まぁ落ち着いて、ひとまずはここも話を合わせよう。

私は人に話を合わせるのが得意なのだ。


「それはさておき、こちらで何かしらの職を手にすると当然初任給が生じるはずだ」

「初任給……?あぁ、初期支給手当の事かしら、まぁその通りね」

「それを前借りして食事代に割り当てたいのだがどうだろうか」

「まぁ提案としては悪くはないけど、あなた過去の職歴は?」

「ある」

「あら、どういった職に就いていたの?」

「証明士だ」

「しょうめいし?何それ?」

「証明士。定理証明支援器を用いてアプリケーションの安全性を証明するという立派な仕事だ」

「そんな意味不明な職業、一体どこのギルドで採用してるっていうのよ……」

意味不明と言われたのは心外だが、証明士がに存在していないのであれば仕方があるまい。

とはいえ証明士の普及に務めることも、我々証明士に課せられた重要な仕事の1つだ。

「では新しい職業として、証明士を登録してくれないか」

「できなくはないけど、そうすると初期支給手当はないわよ」

「は、何だって?」

「剣闘士や魔術師みたいな国指定討伐専門職業なら、初期支給額について各々定額が指定されているけど、そんな聞いたこと無い職業については何も手当はないわ」

「あんまりだ……」

「じゃあ剣闘士でも目指す?」

「それは可能なのか?」

「筆記、実技からなる倍率約3倍の配属試験を通過すればね」

「このもやし体型に通過できる可能性は?」

「ゼロではないわ」

「Negligible、ってわけか……」


いよいよを持って万策は尽き始めていた。


「シュプリンガー女史、一点伺いたいのだが」

「何か」

「先程から屈強な男性がこちらをチラチラ伺っているようだが」

「彼は用心棒よ。こういう治安の悪い酒場だと乱闘や食い逃げはしょっちゅうだからね」

「なるほど、ごもっともだ」

「変な考えは起こさない事をオススメするわ」

「無論だ」

誤解のないように言っておくと、これは本当にどうしようもない時の最後の手段だったが、しっかりと釘を刺されてしまった。


「皿洗い」

「へ?」

そろそろ地に頭を擦り付けるぐらいしかすることがないのでは、と諦めかけていたその時、とうとうシュプちゃんの方から提案を投げかけられてしまった。

「皿洗いぐらいやったことあるでしょ?」

「あぁ、まぁ……」

「こういう商売だから食べ終わってから金が無いことに気づく客も多いのよ。そういう時には呑み喰い分だけ皿を洗ってもらうことにしてるの」

「あ……な、何だ。食い逃げ即牢獄行きかと思いこんでいたが……」

「流石にそこまで厳しくはしないわよ。まぁ入れ替わりの激しい飲食店だし、相当な量は洗ってもらう事にはなるけど」

「まぁ私がどうこう言う立場にはない、従おう」

「それに……アンタが魔導外人部隊へ入隊できる方に賭けるのは、どう考えても分が悪いからね」

「ふん」

シュプちゃんは喉の奥をクックックッと鳴らして笑った。あれがエルフ流の笑い方だろうか。私も大分甘く見られたようだ。

「じゃあエプロンを取ってくるから、ちょっとそこで待ってなさい」

心なしか屈強な男から私に向けられていた冷酷な視線がスーッと去った、ような気がした。


「……」

人間本当に疲れきった時は、疲れただのしんどいだのという言葉すら漏れない。

小人用の小皿からオーク用の大皿まで、それらがのべつ幕なしにシンクへと積み上げられていく様子は恐怖以外の何物でもなかった。

森羅万象ありとあらゆる大小の皿を洗い、流し、そして拭き取り、そしてたった今私は全てのタスクを処理しきったのだ。

思えば今朝頭を打ち付けてから今現在に至るまで、我ながらよく眠気に耐え意識を保てたものである。

「あら、全部1人で洗いきったの?すごいじゃない!」

カウンターの向こうからシュプリンガーがこちらに向かってくる。

「……これで……終わりか……」

「そうね、食事分の返済としては働き過ぎてるぐらいね」

「では……これで失礼する……」

つい先程まであれほど賑わっていたホールには、もう人っ子1人いない。私はClosedの看板を尻目に店を後にした。


今何時なのかは分からないが、とっくに日が暮れていた。

ともかく早々に今晩の宿を確保しなければ、この蒸し暑い中で野宿は何としても回避せねばなるまい。何処かに……。


「ところで、一文無しの貴方は今晩何処で泊まる予定なの?」

後ろからあのエルフの声を掛けられるまで、驚くべきことに私は金の算段を全く考えていなかった。

そうだった。普通人間は金がなければ、屋根のある家にすら泊まることもできないのだ。

「……この周囲で無料の宿泊施設などは……」

「最寄りの教会まで行くしかないけど、今から歩いて行ったらたどり着くのは明日の朝頃になるわ」

「……」

「分かってるって、一晩泊まりたいんでしょ?」

「……はい」

シュプリンガーはやれやれという具合に首を振った。

「しょうがないわね、ウチの経営してる宿屋に一泊さしたげるわ」

「本当か」

「ただしやり残した仕事をこなしてからね」

「こんな時間から何の仕事だ」

「皿の並び替えよ」


再び調理室まで戻った我々の前に、悠々と鎮座していたのは巨大な食器棚だ。

調理室の端から端までずずっと並んだ棚には、大小混在した皿が1cm感覚で収納されていた。

この皿の縁に描かれた花柄には嫌というほど見覚えがある。

「これは……」

「ええ、先程貴方が洗った綺麗な皿よ」

「全部棚にしまっちゃったのか?」

「そうね。でも今のままだと順序がバラバラで、このままじゃ使い勝手が悪いから並び替えなきゃいけないの」

「ソートか……」

「ただしこれは連日時間のかかる作業だし、まだ残ってる他のウェイターも手伝うわ」

「並列処理可能か……」

「さっきから何ブツブツ言ってんの?」

「あ、いや、何でもない」

「変なの。それじゃやり方を説明するわね」

そう言ってシュプリンガーは左端2枚の皿を取り出した。

「まず2枚皿を取り出します」

「取り出す」

「次に皿の大小を比較します」

「比較する」

「最後に小さい方を左、大きい方を右にして元の棚に戻します」

「戻す」

「次はその1つ右から同じ事を繰り返すの。後はこれの繰り返し」

「なるほど」

「じゃあウェイターのみんな、大変だけど今日も最後の仕事やってきましょー!」

「おー」

細身のウェイター達がぞろぞろと集まり、この各々がアルゴリズムの実行を始めた。

私もその行列の一員へと加わった。

私は無心で皿の大小を比較する。左から右、左から右へとぞろぞろ列に並び、繰り返し繰り返し、何度も何度も……。


「はあああぁ!?」

「ええっ……!?」

3巡目に並び始めた所で、私は突如として内なる怒りに燃え震えた。私の隣に居たシュプリンガーも流石に困惑しているようだ。他のウェイターも当惑している。

「くっさ、バブルソートやんけ!」

私が怒りを覚えていたのは、このやり方の効率の悪さに対してだった。



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