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Chapter-5 ③

 ともかく、僕と磯崎は例の「廃屋」に向かうことにした。十八時半にはまだ間があったけれど、まあ他に行くところもないし、待っていればいいやとなった。

「でもさっきのが嘘だとしたら、高槻先生の演技力って凄いよね」

 歩きながら僕は言った。正直なところ、磯崎の考えが当たっていて先生がすっとぼけているとしたら、僕はちょっと人間不信になりそうだ。

「ああ。きっと僕の考え違いがいろいろあるのだろう。ただ、まったく何もない、というわけではないはずだ。復讐ということばを出した時、高槻は表情を変えた」

「それは僕も思った」

 磯崎は人気のない道で立ち止まると、胸のポケットから例の写真を取り出した。写っている少年の中の一人は、やはりどう見ても、高槻先生だ。

「ちなみに畑さんはどれ?」

 僕が訊ねると、磯崎は一人の少年を指さした。快活そうな、いたずらっぽい顔で笑っている。確かにそういう目で見れば、ちょっと意地悪そうに見えなくもない。

「もしかして、これ『桂木くん』じゃないかな」僕は後ろの列の一人を指した。

「さあ」

「背が高くて彫りが深くて、雰囲気がちょっと君に似てる。どう?自分では思わない?」

「さあ」

「賢そうなのに何となくぼうっとしているようにも見えるというか」

「……」

 磯崎が無言になったので、僕はしまったと思った。ちょっとふざけただけのつもりだったけれど、失礼すぎただろうか。

「磯崎?」

 見上げると、磯崎は写真をじっと見たまま、眉をひそめている。

「なに、怒った?」

「……僕は馬鹿だ。こんなことに気づかないなんて」

「え?」

「学年が違う」

 ……学年?

 写真を見ても、日付や文字はないので、何年生かは分からない。

「学年って」

「校章の台布」

 僕は彼らの胸元を見た。僕や磯崎と同じように、制服には校章を刺す青い台布が付いている。

「僕たちと同じ青……」

「台布は学年によって色が違う。今は一年生が黄色、二年生が青色、三年生が赤色だ。色は三年間変わらない。僕たちが三年生になったら、一年生が赤色になる」

「……うん」

「つまり僕たちの三歳上、六歳上、九歳上、十二歳上、十五歳上が青色だ」

「……うん」

「ややこしいから誕生日が来た後の年齢で考えるぞ。僕たちは今年十四歳になる。今年十四歳になる代、今年十七歳になる代、今年二十歳になる代、今年二十三歳になる代、今年二十六歳になる代が青色学年だ」

「ん……うん」

「高槻は今二十四歳、今年二十五歳になる代だ。つまり黄色学年。青色のはずがない。前に生年月日を聞いたから、確かなことだ」

「ということは、これは高槻先生ではない……?」

「もちろん、留年等の可能性がまったくゼロとはいえないが……」

 僕は再びまじまじと写真を見た。

 どう見ても高槻先生な気がする。でも、今の顔とはちょっと違う。

「……兄弟とか?」

「その可能性が高い」

 ということは、やはり先生は嘘をついていなかった、ということだ。高槻先生は香々見学園に通ったことはない。通っていたのは、兄弟だった。

「畑が二十二、三というのはありえないから、これは兄だろう。一つ上か……四つ上の可能性もある」

「じゃあ、畑さんが言っていた『高槻』っていうのも、高槻先生のことじゃなくて、お兄さんのことだったんだね」

「いや、そうとも言い切れない。尾行していたのは『高槻先生』なのだから」

 そうか。そうだった。

「ただ、畑も勘違いをした、という可能性はある。高槻を、高槻兄だと思いこんで尾行したのかもしれない」

「うん。……それにしてもさ、自分は通ってなかったとしても、お兄さんが香々見の卒業生だったのなら、それ言ってくれてもいいのにね」

 僕が言うと、

「それは酷な話だよ。軽々しく口にしたりはできないさ。だってそのお兄さん、自殺したんだから」

 第三者の声が答えた。突然間近で降って湧いた声に、僕は飛びあがりそうになった。磯崎も「え」と身体をのけぞらせている。

 脇の植え込みの陰からぴょこん、と顔を出したのは、根津くんだった。いくら小柄だからといって……ここまで気配を消すことができるなんて、ちょっと普通ではない。

「壁に耳あり障子に目ありだよ。磯崎くんは周囲によく目を配っていたとは思うけどね。僕は昔から『だるまさんが転んだ』が得意なんだ」

 肩についた葉っぱを払い、にこりと笑ってみせた根津くんは……やはりこう言っては何だけど、ほとんど女子みたいだ。磯崎に対してもにこにことした顔を向けているので、今日にらんでいるように見えたのは気のせいだったのかな、と思っていると、

「ところで磯崎くん」

 かなりの身長差のある磯崎に、根津くんは突然きっと強い視線を向けた。磯崎は、なぜか妙にびびった顔をしている。

「その頭」

「え?」

 間抜けな声を上げたのは、僕だ。

「朝からひどいぼさぼさだったけど、トイレで直すぐらいできない?手洗う時に鏡ぐらい見るでしょ。それとも洗ってないの?」

 根津くんの今朝からの不機嫌は、まさかそこ……?

 というか。

「どうして誰も注意しないの?ありえないでしょこんなぼさぼさ。男子ってなんでこう、身だしなみに無頓着なの。自覚を持とうよイケメンの自覚を。ちょっと無防備なぼさぼさ頭に萌え!っていう次元じゃないよ。誰か言ってやれよ、って感じ」

 僕たちと同じ制服を着ている根津くんではあるけれど。いつもよりちょっと高いトーンの声、弾丸のように磯崎に小言を言う調子、根津くんって、本当に、女子「みたい」というだけではなく、まるで、本当に……

「え、あの、根津くん……?」

 飛びつくように磯崎の襟首を掴み下ろし、「えいっこらっ」とむしろさらにその頭をぐちゃぐちゃにしていた根津くんは、僕の呼びかけに切り揃った髪を揺らして振り向くと、きらめくような笑顔で言った。

「うん。ご察しの通り。男子中学生は世を忍ぶ仮の姿。果たしてその実態は、正真正銘の、かわいいかわいい女の子なのですよ」

 呆然と立ち尽くす僕の前で、磯崎は、根津くん……いや根津さんのなすがまま、さらに頭を掻きまわされていた。


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