少女共感
「他人の気持ちを思いやれる人になりましょう」
「他人の喜びや悲しみを共感できる能力は、人間だけの特権なのです」
「その能力が高ければ高い人ほど素晴らしい、人間らしい人なのです」
そんな話を子供の頃からよく聞かされた。
私はずっと、その話に懐疑的だった。
私自身、そういう能力が子供の頃から非常に高くて、それで何か得するよりも、厄介だな、と思うことのほうが多かったからだ。
テレビを見ていても、人の話を聞いていても、擬人化された動物や、置き捨てられた自転車にでも、私はなんでもかんでも共感しまくって、それで苦しくなっては泣いていた。そして、それを家族に笑われていた。そしてそれに腹を立てつつ、こんな風に思っていた。
私自身の感情だけでもいっぱいいっぱいな私なのに、どうして他人の分まで背負わなくてはいけないのか、と。自分の分だけでも持て余しぎみな私なのに、その上知らない人の分まで背負えだなんて、私にそんなに期待されても困る、と。私はいつか疲れ果て、体と心を壊してしまう、と。
共感力が強い、ということは、本当にいいことなのだろうか? 私みたいに誰もが共感力が強ければ、この世界はより良いものになるのだろうか?
誰かの悲しみや苦しみを世界のみんなが分かち合う世界。個人の意味が薄まって、誰もが誰かと繋がる世界。それは本当にいいことだろうか?
百歩譲って、「喜び」や「悲しみ」だけが伝わるのならまだいいだろう。けれど、きっと、伝わるものはそれだけではないのだ。きっと「憎しみ」だって伝わるのだ。
誰かの「憎しみ」に共感して、会ったこともない誰かのことを憎んだり、蔑んだり、そんなの馬鹿げているけれど、きっと、そうやって全ての戦争は始まったのだ。歴史上のありとあらゆる戦争は、そうやって始まり拡大したのだ。
共感はけっしていいことばかりじゃない。それは諸刃の剣なのだ。
なんでみんな手放しでいいことだって言うんだろう? その能力が高ければ高い人ほどいい人だって言うんだろう? 私にはちっとも分からない。
どうせなら共感がもっと徹底的なものならいいのにな、と私は思う。人間の共感力がこんな中途半端なものではなくて、他人の痛みさえも伝わるような苛烈なものならいいのにな、と。
誰かを殴った瞬間にその痛みが自分自身にも返ってくる。共感力がそんな徹底したものならば、誰も他人に暴力を振るおうなんて思わなくなるだろう。人を傷つけることなんて考えることさえしなくなるだろう。この世界から全ての暴力は消え去って、全ての殺人は消え去って、そして、全ての戦争が消えるだろう。世界はたちどころに平和になる。
人間の共感力がそんな徹底的なものならいいのにな……。
机の上に片肘を着き、漫然とそんなことを考えていると、友達のチエが寄って来た。今は授業の後の昼休み。教室には食事時の倦怠感と生徒たちのざわめき声が重なり合うように漂っている。
「ねえ、聞いてよ、サキ」
そう言って私の前に腰掛けたチエは、まだ聞くとは答えていないのに、楽しげな笑みを浮かべて話し始めた。「あのね、昨日ね……」
……どうせ内容は分かっている。聞かなくても分かっている。最近つき合い始めた隣のクラスのヒロくんが、いかにかっこよくて優しくて、女性の扱いにも慣れているのか、という話だ。要は単なる自慢話だ。「急にヒロくんから電話がきてね……」
……ほらやっぱり。私もヒロくんのことが気になっていたのを知っているはずなのに、チエはそんなのお構いなしだ。私の心の痛みなど、チエにはちっとも伝わっていないようだ。
いや、どうかな? 知っていると思っていたのは私の誤解で、チエは本当に知らなかったのかもしれないな。嫉妬からくる私の思い込みなのかもしれないな。だってチエはそんなに悪い子じゃないはずだし、私とチエは友達だから。
「それでね、私が急いでヒロくんの家に行ったらね……」
チエの話はだんだん性的な方向に向かっていく。ヒロくんがいかにそういう能力に長けていて、自分との相性もバッチリなのか、という方向に向かっていく。
……これもいつものパターンだ。私がまだそういう経験がないことを知っているはずなのに、チエは全くお構いなしだ。無知な私をからかって、心の中で笑っているのだ。
いや、どうかな? これも私の思い込みなのかもしれないな。嫉妬からくる誤解なのかもしれないな。だってチエはそんなに悪い子じゃないはずだし、私とチエは友達のはずだから。
とにかく私は、卑屈にならないように声の明るさに気を付けながら、それでいて興味津々だと思われないように明るすぎには注意しながら、「へーえ、そうなんだ?」とか、「それで? それで?」とか、楽しげな笑みと口調で相槌を打つ。そして、心の中でこんな風に思っている。……私はいつからこんな嫌な子になったんだっけ? と。共感力が強いはずなのに、どうしてチエの幸せには素直に共感してやれないんだろうか? と。
そんな風に思って一人悩んでいたはずなのに、家に帰った私は一転、チエの話に共感しまくる。具体的には、チエの体が感じたであろう、その快感に共感しまくる。
初夏の光が強すぎてそれとのコントラストでどんよりと暗い自分の部屋のベッドの上、私は制服のまま仰向けの恰好で寝転がり、ヒロくんのことを妄想する。
……チエが私に話した通り、ヒロくんが私の体に触り始める。チエが私に話した通り、ヒロくんが私の服を脱がし始める。チエが話してくれた通り、私は恥ずかしがりながらも徐々に体を開いていき、小さな声を上げ始める。
快感が高まっていくにつれ、「私」はどんどん薄れていく。私の共感力がどんどん強さを増していき、自我が解け出し消えていく。
「他人の気持ちを思いやれる人になりましょう」
「他人の喜びや悲しみを共感できる能力は、人間だけの特権なのです」
「その能力が高ければ高い人ほど素晴らしい、人間らしい人なのです」
全ての境界が酷く曖昧になっていき、私は私でなくなっていく。私はチエと等しいものになっていく。全ての女子高生と等しくなり、全ての女性と等しくなる。性の違いや人種を越えて、全ての人類と等しくなる。この地球と等しくなる。太陽系と等しくなる。銀河の渦をいくつも越えて、やがてこの宇宙と等しくなる。大きな一つの宇宙になる。
その時私は声を出した。「……あっ」と小さな声を出した。宇宙の端まで辿り着き、私は宇宙を越えたのだ。
……私は宇宙を内包した。私の中に宇宙が入った。百三十八億年の長さと広さを合わせ持つ、この宇宙を内包した。
……私は懐胎したのだ。お腹に子供を宿したのだ。なんの根拠もないけれど、これはきっとヒロくんの子だ。
そこで私はふと気づく。思いがけないことに気づく。全てと等しくなった私は、逆に一人ぼっちであることに。孤独になってしまったことに。周りにあるのは虚無だけの、絶対的なその孤独に。
ふいに私は悲しくなる。強い痛みを体に感じる。孤独で個別なその痛みは、たぶん陣痛だ。
私はびっしり額に汗をかき、痛みにうんうん唸りながら、心の中でこう叫ぶ。
……この痛みは私のものだ! 私個人の所有物だ! 痛みが伝わらなくてよかった! 共感できないものでよかった! チエとも誰とも分かち合えない、この痛みは私のものだ!
やがて私は出産する。新たな宇宙を私は産む。私は私でないものを産む。目の前で泣き始めた私でないもに私は怯え、出来れば関わりたくないと思う。けれど、それと同時に私は気づき、思わずそれを口にする。
「この新たな宇宙にも、きっと個別の痛みがあるのだ」
私は新たな宇宙を抱く。強く強く抱きしめる。私は私でないものを強く愛し、私は私でないものを強く憎み、私は私でないものの痛みをほんの少しでも理解しようと、必死になって考え始める。それこそ本当の共感なのだと、訳知り顔で呟きながら……。
次の日、私はいつものように学校に行く。教室に入って自分の席に着いた途端、さっそくチエが寄って来る。
「ねえ、聞いてよ、サキ。……なんかね、ヒロくんが浮気してるみたいなの」
そう言って泣きそうな顔を浮かべたチエに、私はちっとも共感せずに、そのことをちっとも悪いことだとも思わずに、彼女の顔に顔を寄せ、笑みを浮かべてこう言った。
「……ふん、ざまーみろ」
了




