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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ガバガバ/キツキツ密室事件

作者: 多分駄文

初投稿です。

某日、某所。


名探偵シャーロック・エルキュール・コロンボ・ホームズ・ポアロとその助手ルミ、及び事件の被害者らは、広さ10畳程の密室に閉じ込められていた。


蒸し暑い密室はガヤガヤと騒がしい。

名探偵は窮屈そうに肩を狭め、挙動不審に目をギョロつかせる。


「さて、現状を確認しよう。……ルミ君。今置かれている状況を、刹那主義に踊らされて精液にまみれた原稿を嬉々と飽読する憐れなサルにもわかるように説明してくれ」


合点承知です、とルミと呼ばれた少女が頷く。


「シャーロック・エルキュール・ホームズ・コロンボ・ポアロさん、此処はごく一般的な洋室です。……四方が壁だという点を除いて、ですが。扉や窓といった類いの出口は見当たりませんね」

「ルミ君。名前を間違えるな。シャーロック・エルキュール・コロンボ・ホームズ・ポアロ。尻から二、三番目が入れ替わっている」


「此処には椅子や本棚といった家具はおろか観葉植物すらありません。……その代わりに人が、立つのがやっとなくらい一杯に詰め込まれています」


「無視しないで」


客観的に見て密室はシュールな状況であった。

なにせ、人間が密室という容器に箱詰め状態なのだ。


ルミは満員電車さながらの人口密度下で、名探偵と向かい合わせに密着気味である。

そして、名探偵の体臭に顔をしかめていた。

何が悲しくて野郎の悪臭を嗅がねばならんのだ、と彼女の顔が語っていた。

しかしルミは名探偵の繊細さ、もとい面倒臭さ故に、体臭を指摘することが出来なかった。

ルミは話を続ける。


「幸い、換気口はあるので窒息して全滅、という最悪のケースは避けられそうです。けど、この狭苦しさは……」


「うん、まさに『密室』だな」


まるで養豚場で飼い殺される畜生の様な有り様だ、と名探偵がぼやきながら身動ぎすると、隣のサラリーマンと思しき中年と肩が衝突して、


「オイ、ぶつかってんじゃねえぞ」


「すいません……」


大人しくなった。

名探偵は尊大な物言いのくせに肝が小さい。


「というかそもそもどうして僕らはこんな部屋に……?」


「は?」


名探偵は首を傾げた。

ルミは頭突きで応える。

「どうしても何も、シャーロック・エルキュール・コロンボ・ホームズさんが妙ちくりんなメッセージが記された招待状に釣られたからでは? 一体どうするつもりですか?」


ルミは頬を膨らませ、此処に至るまでの経緯を回想する。

招待状に記載された住所は山奥の古びた洋館だった。玄関に入ると、そこには『一泊してください』と書き置きがあり、指示の通りに個室で一晩を過ごし、目が覚めると――こうだった。


名探偵は「あ」と今思い出したかのように呟く。


こんなボンクラが名探偵の看板を背負っていて大丈夫なのだろうか。

ルミは小さく溜め息を吐いた。


「まあ、まだ人が死んだ様子もないし、僕の出番は無さそうだ。……あと、僕の名前はシャーロック・エルキュール・コロンボ・ホームズ・ポアロだ、間違えないでくれ」


名探偵はのほほんと我関せずといった感じである。

ルミが、

「名前、部屋が息苦しいし面倒なのでもう『名探偵さん』でいいですか?」

と訊くと、


「あ?」


名探偵はものすごく嫌そうな顔をした。肝だけでなく、器も小さかった。



密室の中には、家具等物類は無かったがあらゆる人類がいた。ルミの視認できる範囲ではリーマン中年、学ラン男子、ヒッピーカップル、土木のにいちゃん、ホームレス、水商売のお姉さん、ハゲがいた。

人影に隠れているだけでもっと色々な人がいるに違いない。


彼らは各々、好き勝手に喋っていたので、常にざわついて静まることがなかった。


混沌とした状況を何とかしようとまとめ役を買って出た者もいたが、あまりに窮屈なので物理的に一致団結できる環境ではないことを悟り、断念していた。


結果、まとまりはしなかったが、集団で暴徒化することはなかった。

現状が非現実過ぎて実感が持てないのかもしれないし、救助隊が来ることを信じて疑わないからかもしれない。

もしくは壊れているから?


人々は適当に会話をして、携帯端末を弄っていた。


「僕らって直立したまま眠っていたことになるけど凄くない? 秘めたる能力に目覚めちまったってか……。もう世界を救うしかないな」


名探偵は馬鹿を言っていた。

彼は過去の歴々たる名探偵を日本中の男子中高生で千倍に希釈したような人間であるし、馬鹿が通常運転だとも言える。


ルミは馬鹿の子守りに疲れたので、偶然目が合った先程のリーマン中年に話しかける。


「おじさんも招待状を受け取って此処に来たんですか?」


「招待状?」


ルミは斯々然々と事のあらましを語る。


「……いや、俺はしこたまビール飲んで酔って駅前で寝て起きたら此処にいた」


理不尽すぎる。


「ったく……誰がこんな悪戯をしたか知らんが、早く救助してくれ」


そうですね、と心から同意して、ルミはスマートフォンの画面に映る圏外の二文字をチラリと確認する。

まあ、電波が届いていたら既に誰かが連絡しているはずか。

ルミは幾度目か知らない溜め息を吐いた。


「いやいやいやいや、救助なんて来ないかもしれん!」


自分の世界から帰ってきた躁状態の名探偵が会話に加わる。

ネガティブなのかポジティブなのか言動を一致させて欲しい。


「へぇ、そうだったのか。金田一とか明智とか?」


「誰だそれ」


ルミは眉をひそめる名探偵に、推理小説の登場人物の名前だと教える。


「ハッ! 道理で知らん名前だ。……自慢じゃないが、という枕詞を添えて自慢するが、僕は生まれてこのかた一度も推理小説を読んだことがない。ただの一ページもだ」


「……おい、こいつヤバい野郎か?」


「駄名探偵です」


何がヤバいかは敢えて言及しなかった。

ルミが名探偵の助手を始めて日は浅い。

しかし、名探偵が、探偵としても人間としても最低であることは既に察していた。


散々言われている名探偵はチチチと指を振る。



「まあ続きを聞いてくれ。……確かに僕は推理小説を読んだことがない。しかしだからこそ、他の探偵と比較し得ない。つまり唯一無二。それ故に僕こそが史上最高の比類なき名探偵だ」


最悪理論だった。


ルミは中年男性を見た。目が合う。中年は困惑しきった表情だったので、自分も同じ表情をしているだろうなと思った。


「おい、嬢ちゃん」


「はい」


「悪いこと言わないからこいつの助手はやめておけ」


「この密室から出たら辞表を提出するつもりです」


「ルミ君。そんな話聞いていないぞ」


じゃあ、誰か密室を作ったのか推理してみてください、と注文する。

名探偵はルミの受け答えを予想していたかのように、間髪入れずに、


「証拠と確証が足りない」

と、キザっぽく肩をすくめた。


ルミは期待することを止めた。





事態が激変したのはその五分後だった。

激変『させた』といった表現がより正確かもしれない。


発端は名探偵の何気ない動作だった。


名探偵は、ルミとリーマン中年と駄弁っている最中に突然顔を真っ青にして、


「立ちっぱなしで立ち眩みが」


と、出し抜けに思いっきり中年に倒れかかったのだ。


「ちょ、」


不安定な体勢から不意に、懐にタックルされたら倒れてしまうのと同じことだった。

リーマンは成人男性の体重を支えきれずによろめいて隣の学ラン男子の背中に倒れこんだ。


「わ」


学ラン男子はよろめいて、転倒。


「」

ヒッピーカップルが。


「」

ホームレスが、


「」

土木のにいちゃんが、


「」

水商売のお姉さんが。


「」

ハゲが。


人間でドミノ倒しをする。


充分な足場を確保しきれないこの密室下で、こうなるのは当然の帰結であった。

というより今まで保っていたことこそ奇跡なのかもしれない。


人が周囲を巻き込んでバランスを崩し、下敷きになった人を押し潰す。押合い、へし合い、圧迫する。

見るも無残な惨状は部屋中に拡がった。



連鎖が終結した後。

ルミだけが、まるで力場外にいたかのように、人の絨毯が敷かれた部屋の真ん中で、直立していた。


ルミはそれが幸か不幸かわからなかった。

不思議な偶然もあるものだ、と御都合主義の神様の存在を垣間見た。


ルミがさて、どうしようかと途方に暮れていると、足下から名探偵シャーロック・エルキュール・コロンボ・ホームズ・ポアロが、墓から蘇るゾンビの如く、ムクリと身体を起こす。

右足を捻挫しているようだ。


「ルミ君。密室殺人事件だ」


「正確には『密室』密室殺人事件ですけどね。そして犯人は、名探偵さん」

これは一本取られた、と名探偵は頭を掻いた。


「助手に仕事を奪われるとは面目丸潰れですね」


「犯人が名探偵な時点で面目もクソもあるか! ……チラシの裏に書いたチーレム小説より酷い」


「書いたことあるんですか」


「五秒で飽きた」


名探偵は肩を揺らして笑った。



名探偵はふと思い出して中年男性の安否を確認する。

中年の首は不自然な方向を向いていた。生きていなかった。


「首は僕のせいじゃないな」

「あれ? 諸悪の根源さん? あれれ?」


ルミは屈んで、中年の目蓋をそっと閉じて、合掌して立ち上がる。


部屋を見回すと、色々な人が死んでいた。

密室で色々な人が死んでいた。 人は案外『こわれもの』なんだなと思った。


人形の絨毯の所々から呻きと啜り泣きが聞こえる。 生存者も割りといるようだ。


ルミはそれも当然か、と安堵とも落胆ともとれる吐息をこぼす。



見通しの良くなった部屋を改めて見る。


四方には堅牢で無情な壁。

床には生きたり死んでたりする人々。

天井には変哲もない照らすだけの白色蛍光灯。


ここに出口はないのだ。

実感がわいた。助けは来ないのだ。

そう思うと呼吸を始めてから今に至るまで、長らく此処に存在していた気もしてくる。

気のせいだろう。


「これからどうなるのでしょうか」


「さあ? 良くも悪くも日常の延長みたいなものでは?」



「それって楽しいですか」


「我が身を省みなければそれなりに」


名探偵は泣きも笑いもしなかった。

ただそこに在るだけだった。



密室にて、これから起こる出来事は想像に易しい。

ルミはそれを思うと、胃が鉛みたいにズンと重くなり、気が沈んだ。


もう何も見たくない。

ルミは静かに目を閉じる。


ふと、招待状に記されていたメッセージが脳裏をよぎる。



密室は世界で出来ている。

ガバガバ(トリック)

キツキツ(密室)

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