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7.毒素と親友の構造的類似点、および要因

 薄い木で作られたキャラバン小屋には窓が一つしかなく、昼間だというのに薄暗い。

 レイスは毛布をひいた簡素なベッド台に腰かけ、ぼーっと宙を見つめていた。異常な体調不良はもうすっかり消え去り、半日の疲労感だけが体に残っていた。

 小屋は二人用のようで向かいにも同じベッド台があり、ほかに目立つものといえば、火のついてない暖炉、薪の束、ベッド台の間にある小さなテーブルだけだ。窓には金網も張ってなかった。


 咲月は、サムが持ってきてくれた茶色の器をテーブルに並べていた。

 目の前に置かれた器には液体が入っていた。透明度が高く、妙な根っこの切れ端がところどころ浮かんでいる。


「さあお昼にしましょう。いや、もうおやつか夕食ぐらいですね」

「駄目だわ……食べる気が起きない」

「いえ、食べるべきです」


 咲月は楽しそうに言うと、木製のスプーンを手に取り、テーブルの向かいからこちらに乗り出した。

 レイスの前に置かれたスープを一口すくって飲む。咲月の喉が動くのをレイスは見つめる。

 スープのしずくが、咲月のあごを伝い、そのままレイスの器に落ちる。

 咲月は、白衣の袖で口をふいてから言った。


「うん、大丈夫そうです。あまりおいしくないですが」


 レイスは黙って咲月からスプーンを受け取り、スープを飲んだ。眉間に皺が寄った。あまり以上にあんまりな味だ。乾燥シチューの方がましという受け入れがたい意見が頭に浮かんできて、どうしようもなくレイスは液体をながめた。

 向かいのベッド台に座る咲月を盗み見ると、平気な顔をして飲んでいる。


「表現するなら、煮込みたての接着剤に海水を混ぜたような……」

「? どうかしましたか?」


 レイスは息を止めて喉に流し込んだ。


「……豆のコロッケが食べたい」

「ははは、忘れた方がいいですよ」


 レイスはため息をついた。


「咲月は気丈ね。私は頭がいっちゃいそうだわ」

「心構えがありましたから、レイス様とは状況が違いますよ」

「……今もう一度ここはどこか、なんて聞いてみたら後悔するかしら」

「まあ、私の口は正直ですから」


 レイスはやばい液体の後味を飲み込んで顔を歪めた。ひとまずスープという名称では決して呼ばないことを決意した。


「異次元やら別の世界やら、そんな馬鹿なことって……」

「我々はもう生き返るなんていう二千年ぶりのファンタジーを経験しちゃったじゃないですか。悪魔とやらにも会いましたよね? いやぁ、こう考えると聖書はやっぱりノンフィクションだったんじゃあ」


 レイスは脳の負担を抑えるために一旦咲月の言葉を止めた。現状だけでも非常に手一杯なのだ。言ってしまえばもう何も考えたくはない。


「私は元々ストレス耐性で褒められたことがないわ……咲月が頼りよ」

「いやあ最高の誉め言葉ですねー」強靭な精神を持つ思考委託先は感激したということを大袈裟な手話で表現した。


 レイスは床よりましな程度のベッド台に転がり、思考をセーフモードに切り替えた。


「最後のあれ」


 レイスが呟くと咲月がすぐに答える。


「やっぱり、街の中には入れないってことなんですかね。我々は悪魔だから」

「ここはどこなの」

「悪魔が言うには大袈裟なガソリンスタンド、私の調べでは地面に作るタイプの蜂の巣ってとこですかね」

「違うわ。この場所よ」

「資源採掘のための急造都市らしいですね。歴史は二十年ほどだとか。まあ知らない単語だらけでもうちょっと話を聞いてみないとわからないですね……」

「ぞっとしないわね。あのスピーカー以外にないのかしら」

「私は街にもう一度突っ込む方が嫌ですよ。チャレンジすらしたくないです」


 咲月は木のスプーンを指先で回しながら言った。

 レイスは頷くしかなかった。あの脳みそを土足で踏みつけられているような感覚は二度と味わいたくない。


「原始主義者にでもなります?」咲月が冗談めいた声で言った。


 レイスは首を振って起き上がった。ひとまず都合が良くて、きらきらしたものがありそうな方向に話を進めようと決めた。「ここはどこ」と「気持ち悪いアレ」についてはかなり脳みそが休憩し終わって、気分がこれ以上ない最高かつハッピーな時に考えるべき問題だ。


「まずは現状を完全に知るべきね。ねぇ、咲月。そのスーツケースには何を入れてきたの?」

「え? あーはい、確認してみます」


 咲月は食器の乗ったテーブルを脇によけて、部屋の中央にケースを置いた。

 重厚で巨大なケースは無数のグレイブを受けても傷一つ付いていなかった。


「あまり、準備に時間が取れなくて、自社兵器の現地調整セットですよ」

「あぁ」


 咲月の言葉でレイスの記憶が蘇って来た。言われてみればレイスはこのケースを見たことも触ったこともある。


「それ荷台とか地面に設置して使うやつじゃない……」

「そうですよ。我々の頭脳闘争にはたくさんの機材が必要なのです」


 咲月は得意そうに言った。確かに咲月のいた本社にはたくさん転がっていただろうが……

 中身抜きでも兵士が持ち上げることを手こずる程度の重さだったはずだ。

 レイスはなんとなく木のベッド台の隅をつまんでみた。


「うわお」


 木がもげた。


「レイス様、何をやっているんですか?」


 咲月はケースを弄るのをやめて怪訝そうな目をこちらへ向けている。


「いや、なんでもないわ。続けて」

「ロックが付いてるんですよねー。レイス様が死んでから準備を始めたんで、記憶があやふやで……」


 レイスは嫌な予感を持って咲月を見つめた。


「あ、いけました」

「心臓に悪いわよ……」


 咲月はにこにこ笑って、蓋を開ける。

 同時にケースから溢れ出たものが床に散らばった。


「わっ!」


 咲月が驚いて声をあげる。

 レイスが、ばら撒かれたものの一枚を、拾い上げた。

 それは写真だった。団結を示す石碑の前で、二人の少女、レイスと咲月が写っている。

 咲月は満面の笑顔でピースサインを作り、レイスも柔らかい表情で腕を組んでいた。

 咲月はすごい勢いで床の写真を拾い集めると、顔を茹で上がったように赤らめながら、慌てて口を開く。


「わー、あ、あはは、詰め込んだの、忘れていました」


 レイスは持っていた写真を返し、微笑んだ。


「ふふ、嬉しいけど、今は中身の確認をお願いするわ」

「は、はい! 大丈夫です!」


 咲月は、写真を束ねて自分の隣にそっと置くと、ケース内部の固定紐を外していく。


「実験調合器具と報告書一式、検査用の試薬と緊急用の薬品もありますね。あとはヘッドライトと、ゴーグルにツールナイフ、メタルマッチと拘束用具……この辺は今すぐ使えそうです。あ! 飴とガムが入っていましたよ」


 そう言うと咲月は見つけた飴をぽんっと口に入れる。

 レイスも一つ舐め始めると咲月がうめいた。


「あーまだ毒見がぁ」

「自社製品に毒見はいらないわよ……」


 うむ、甘くてとてもおいしい。

 咲月は口をもぐもぐさせながら緩衝材を剥がしていた。そして銀色の缶を取り出す。


「FW36ターメリックガス……毒ガスですよ毒ガス。このケースのメインディッシュはこれですね。こいつのためのケースです」

「銃でも入ってないの」

「みんな持ってるものをわざわざ入れないですよ。このケースがあればおおよそ地球のどのような場所でもターメリックちゃんが効果的に使えますよーっていうセットです」


 咲月は実験器具と報告書と試薬にゴーグル、そして写真の束をケースにしまい鍵をかけた。

 レイスは頭をひねって考え続けた。どうにか別の世界ってとこだけでも無くなってくれないだろうか。

 咲月は残りの飴とガムを、白衣のポケットに突っ込んだ。

 そして、こちらを見て、にこりと笑う。


「やっぱり、糖分をとると、いい考えが浮かぶものですね」

「何かいい案が?」

「我々はもう、寝る準備を、した方がいい! お疲れのようですよ、レイス様」


 それを聞くと、レイスは自分が疲れていたことを思い出した。そしてベッドに倒れ込むともう一つ、今の自分に最も必要な素晴らしいことを思いだした。大体、こういう意味不明なものは、しばらく目をつぶって待っていればどこかへ行ってくれるのだ。


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