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6.未知の病因に対する心理的負担の役割

 食人民族(咲月はオークだと主張する!)がいなくなったのを確認すると、サムはガイドを提案してきた。レイスと咲月はお礼と、適当な自己紹介をした後、サムについてセルという『街』の中央へ歩き始めた。そして、すぐにレイスはひどい気分になった。


「別の世界って……」


 レイスのストレスの度合いは、追い掛け回されている時を遥かに上回っていた。

 脳みそに無理矢理ねじ込んでも入らない単語が、行き場を失い頭の中を跳ね回っている。レイスの思考回路は全会一致で保留と無視を決定したが、跳ね回っていることには変わりなかった。少なくとも咲月の言うことを自分が信じられないのはかなりの精神的負担だ。


 歩きながら目に入る建物の作りは、山小屋のように簡素で、全く同じ形の建物ばかり並んでいる。初めはレイスも咲月も周りを見回しながら歩いていたが、代り映えしない光景にはすぐうんざりとなった。よく燃えそうなだけのデザイン性の欠片も無い街並み、これも一つ。


 さらにサム・モルウィッツはどうやら長距離バスで最も周囲に来て欲しくないような人間らしく、一緒に歩き始めてから常に口を動かしている。これは別世界とやらの次に最悪な一つだ。


「確かに服装から見てしまえばお前たちは魔法芸人、変な行商人、普通の吟遊詩人と判断されるだろう。だがどんな稼ぎ人もロックフィールドアカデメイアを避けることは知っている。『思索の明確化山脈』を迂回せず来るような連中は一つだけだ」


 咲月以外から聞かされる意味不明な話は不快以外の何物でもない。

 仮に長距離バスならば、すぐにデザートハイウェイに叩き落としているとレイスは気を紛らわしながら考えた。ここにミンチに出来そうな爆走車も武器もないし、咲月の脳みそに情報を突っ込んでいなくて困るのは自分だという気に喰わない答えが出て、レイスは心理耐性訓練をひたすら思いだすことに苦心することにした。


「開拓担当の戦士として経験を多く積めば、冒険者という職業が実在するということを知ることになる。石の城壁に囲まれた六大都市の人間が本の中で読むものを実際に見れる訳だ。そして、それで稼ぐ奴がいるってこともな、お前たちは?」


 咲月は顔を向けられると白衣のポケットをぽんぽんと払った。


「ああ、それは……残念だったな。だが恥じることは無い。冒険者は大金持ちで無いなら一文無しだ。そして我々は未来の大金持ちに対して失礼のない奉仕を約束できる」


 サムは延々と続く山小屋に手を向ける。


「ここが資源採掘街で幸運だったな。この建物は全部秋に来るキャラバン用だ。六大都市の一つを支えるこの街には年に一回大きなキャラバンが来て、みんなこの小屋に泊まる。そしてケルゴンストーンを積んで帰路につくというわけだ。といっても、最近はすぐ無くなるようで、月に一度くらい来るんだが。まあいつでも宿泊先は余っているということさ。掃除を代価に誰でも無料だ。食事も教会がもってくれる」


 咲月は何が解ったのか目をつぶって頷いている。この気狂いと思えないような理解不能の戯言は、咲月の主張を肯定しているようで、レイスは目まいがしそうになり、実際にした。





 セルの街は山の上から見下ろした印象より遥かに大きかった。レイス達は長々と歩き続け、ようやくたき火予備軍の終わりへ辿り着いた。ここ先の道は砂を敷いただけでなく焦茶色のタイルで舗装されており、要するにだいぶとまともだった。


 ずんぐりむっくりで角張った、イタリアの気取った歴史観光都市のような建物の間を、数人の男女がしゃべりながら歩いていた。申し訳程度に傾斜したカラフルな屋根の影で老人が座っていた。どの 住民もそれっぽく、大体どこでもカメラを振りかざす人種が喜びそうな服装をしている。


「ふふふ、まともによくある建築物じゃない」

「諦め悪いですよ、レイス様。伝統的が付いてないだけですって」

「空飛ぶ建物でも見たら納得するわよ」


 レイスはようやく活気ある風景を見ることができ、少し気分も晴れた。適当な他の奴から情報を得ようと考えながら砂とタイルの境を踏み越える。


 そして、すぐに後悔して砂の方へ戻った。


 もちろんそれは手遅れで、始めに全身の皮膚がぞわぞわとレイスの身体を置いて逃げ出そうとした。


「なに……がっ」


 衝撃はまずレイスの後頭部を思い切り殴り飛ばした。レイスはまた膝をついて地面に座り込むことになった。

 続けて視界がぐしゃりと歪み、混乱と同時に吐き気が喉を登って来た。


 こらえきれず、レイスは手を地面に付いた。

 地面の色は食欲がちっとも湧かないような真っ青に変わっていた。身体の内側から、激痛と恐怖が隙間なく針を突き立ててくる。

 最初の衝撃は、レイスの後頭部を突破して、脳みそを直接抉り始めた。


 レイスは死に物狂いで後ろに転がった。少しパニックから抜けた部分、つまり後ろに転がることを判断した部分でレイスは人生でもかなり最悪な気分だと考えた。青い視界をぐるぐる回しても、特に変わったものは、大体色々とさっきからおかしいという点を覗いて、みつからなかった。つまり全くもって原因が解らなかった。致命的で破壊的な痛みと不快感は劇薬の瓶をそのまま、大脳皮質とぐしゃぐしゃに混ぜ合わされたようで……想像できる範囲ではそれほど最悪だった。


 隣では、咲月も真っ青な顔で、口を抑え屈んでいる。真っ青に見えるだけかもしれないが、全く快調そうではない。

 サムはいきなりのことに固まっていたようだが、ようやく反応し、声をあげた。


「お、おい、大丈夫か! どうしたんだ!」


 体内の全器官がここから離れろと騒ぎ立てている。レイスは、ふらふらと立ち上がって荒い息を吐いた後、もう六歩分境界から距離をおいた。


「少し……疲れが、出ただけだわ。えっと……この辺の、小屋で、休めばいいのね」


 サムは驚きを顔に表した。舌打ちが漏れる。


「そんな訳あるか! 教会だ。あそこで診てもらおう」


 レイスの本能が、その単語に敵愾心を表した。

 肩を貸そうとするような腕を振り払って、殺意を存分に混ぜ込んだ視線を向けた。

 動揺を顔に出した後、サムの腕がゆっくり下がる。


 レイスは顔をそむけ、息を落ち着かせた。状態は境界から離れると良くなった。視界が黄色に変わったのでレイスはそうと思い込むことにした。


「いや、悪かったわ。ありがとう。でも、本当に休むだけでいいわ」


 レイスは一瞬、大きな葛藤をした後、英雄的決断で咲月を連れ戻すため境界に近づいた。

 脳みそが恐怖にぶるぶると震えたが、砂の上に立っている間は何とも無く、咲月を引きずって安全地帯に戻った。


「大丈夫?」レイスは努めて優しく声をかけた。

「あんまり、ですね。でも、無理にでも離れた方がいい気がします」咲月は顔をあげて答えた。青くはなっていなかったが、血の気は引いていた。


 レイスは頷いて、咲月を背負うと来た道を引き返すため足を動かした。

 サムは、まだこっちに顔を向け突っ立っている。

 喋っていた男女も、不思議そうにこっちを見つめている。老人はいなくなっていた。


 もう一つ、誰かが、何かが、自分を見つめている、そんな気がした。



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