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5.思考蒙昧状況に基づく妄言の進化と生態

咲月が走りながらわめきちらす。


「くそっ、このアホ共は! いまさら私たちを殺して食べても取り返せないぐらいカロリー消費していますよ!」


もう山道といえるような傾斜は無くなり、なだらかな草原となった道をレイス達は駆けている。

原住民の大声がすぐ後ろから聞こえた。


「guah! 何をわけのわからないことを、言っている! grrr! わからないことを、言うやつは、死ね!」


原住民は、途方もなく冴えた疑問解消方法を宣言すると、グレイブを投げつける。

咲月は、スーツケースが受けた衝撃でつんのめりそうになるが、何とかこらえた。


「うげっ、何で反論だけうざったい喋り方を変えるんですか! 助けてー! 助けてください!」咲月は近づいてきた基地に声を投げ掛けた。


ずっと小さかった基地は、山道を下りたとたん、一気に近づいたように感じる。


「あー……近づいてみても、やっぱりやばそうな場所だわ」


木の杭を密集させたお粗末なセキュリティフェンスは、中身が統制されてない危険か、統制され過ぎた危険のどちらかだと声高に主張している。

そしてそのフェンスの幅は、かなり危なげに広い。


「ねえ咲月、隠したい兵器っていうのはこういう場所で作ると思うのよね」

「あはは、そうですね。でも大丈夫ですよ」

「なんでそう言えるのよ……」


レイスはふと、アタッシュケースとグレイブの熱烈に触れ合う音が、止んだことに気付いた。

その理由として、まず投擲の必要が無いほど近づいているという意見が出たが、あまり楽しいものではないので保留された。別の意見を考えているところで、耳に咲月の悲鳴が入って来た。


「レイス様、あぶないです!」


背中におぞましい鼻息を感じた。慌てて脳が、警告を身体中に走らせる。


「な、真後ろ」


目の隅にくすんだ刃の先端が見えた。


「guag! レッドドラゴンの加護よ!」


原住民が叫び、グレイブを振りかぶった。


「頭を下げろ!」別の声が聞こえた。

レイスは、咄嗟に咲月を引っ張って、地面に転がった。

頭上で風を切る音が聞こえる。この言葉が意味を実現できたのは、おおよそホールドアップでもフリーズでも言う通りに反応してしまうような精神状態だったからであって、レイスは舌打ちして顔を上げた。


「ggeee!」


真後ろにいた原住民が、レイスの足の上に倒れていた。

レイスは、気味の悪い身体を跳ね除けると、咲月を起こし、再び走り出した。

前方から声が聞こえてくる。


「こっちが入り口だ!」


フェンスの一部が、開いているのが見えた。

後ろから大声が聞こえた。


「gaag! 食用概念の集合体! greed! 突撃の継続を主張する!」


また風を切る音が聞こえてレイスの頭の上を何かが通過した。

もうグレイブを持ってない原住民が前に出て、そのまま倒れる。

グレイブを持つ原住民は、倒れた頭を、容赦なく踏み抜いた。


「咲月! 巨大フレシェット!」

「矢ですよ!」


二人は解放口に転がり込んだ。すぐに閉まる音が耳へはいって来た。

レイスは乾いた砂の上へ倒れた。塩っぽい匂いと味がした。


「……ひとまず助かったわ」


咲月は赤い顔で息を吐きながら、苦い視線をフェンスに向ける。


「いや、まだ、だめですよ。あのうっすい木の壁じゃ、切り倒されます」


フェンスの向こうからは叫び声が聞こえる。


「guagg! 退路の不十分を指摘する! grrra! 短絡的な帰結思索だ! grag! 破壊行動を主張する!」


すぐに木壁を突き立てる音が鳴り始めた。

解放口に付いた監視用台座らしきものから、一人の男が降りて来て目の前を横切った。

ナイフ訓練に使うような茶色いプレートを体に付けている。咲月はその男に向けて声を上げた。


「逃げなくていいんですか! 数分もすれば壊れますよその壁!」


男は慌てる観客を見た手品師のようににやりと笑って、そのまま近くにある装置のようなものをいじくり始めた。

咲月の目つきがどんどん悪くなっていく。


「私は、あなたに、忠告しているんですよ! あの木の壁じゃ……」


咲月の言葉は強烈な破裂音に遮られた。フェンスの向こうで煙が立ち上り、血の焦げた匂いと同時に何重奏もの悲鳴が聞こえてくる。


「guah! 火傷の所有を宣言する!」

「grrr! 論理の不備を指摘する! grag! 意見の変、gaaaa!」

「guah! 魔術師だ! 撤退を提言する! gurug! 撤退を主張する!」


咲月はぽかんと開けたままの口をぱくぱくさせた。


「は、あれ? ……電気柵?」

「そうみたいね、まあ山岳基地じゃ珍しいものでもないでしょ」


レイス達がへばって座っていると、装置を触っていた男があたりの良さそうな表情で近づいてきた。


「やあ、災難だったな。ようこそ、俺はセルの戦士サム・モルウィッツだ」


レイスは今日何度目か解らない驚愕に目を見開いた。同時に安堵して大きく息を吐き出した。立ち上がって手の砂を払った後に、強く握手を返した。


「セルのコマンド? 本当に? 驚いたわ、革命細胞がまだ活動していたなんて。てっきり解散したものとばかり思ってた。会えて光栄よ」


こんな山地に隠れた粗末な基地なんてまともな組織のものじゃ無いと確信していたが、予想以上だった。革命細胞の連帯を辿れば、散らばった同志達、少なくともヨルダン方面にはすぐに連絡がつくはずだ。理解できるものに出会ったのは久しぶりな気さえした。


「それにしてもここが何処か教えてほしいの、だいぶ緯度の高い所だとは思うんだけど。英語圏よね? 貴方の出身はやっぱり西ドイ……」


レイスはいきなり体を後ろへ引っ張られた。咲月が混乱したような顔で見つめて来る。


「レイス様、ちょっとこっちに来てください」深刻そうな声色で囁くと、「すいません、少し待っていてください」とサム・モルウィッツに即席の笑顔を向けた。サム・モルウィッツは当然、困惑したようにこちらを見ている。


「咲月、どうしたの。何かあった?」レイスは多少の緊張感を込めて尋ねた。場合によっては空の銃も使うかもしれない。

咲月はこわばった表情のままゆっくりと口を開いた。


「もしかして、レイス様、ここがどこか、解ってないんですか」


レイスはおおよそ知的に見えるように顎に手を当てて、鋭く答えた。


「北半球ね」


咲月は大きく地面にため息を吐いた。

きっかり三秒後、急に顔を上げた。


「ここは私達のいた世界じゃありません」即席笑顔に満面という修飾語が加わっていた。


「は?」


「うぃーあーえいりあん」


「頭大丈夫?」


「ふろむあなざーでぃめんしょん!!!」


レイスはもう一度知的に頷いた後、しばらく考えて意味不明だと判断した。咲月の頬を軽くつねる。いつもの感触だった。

咲月はレイスの肩を掴み迫力の無い剣幕で迫って来た。


「悪魔の説明を聞いてないんですか! じゃあさっきの化物をなんだと思ってたんですか! レイス様!」

「いや……変なマスクを付けた食人民族……」

「はあー……」

「冗談でしょ?」


咲月は地面を見たまま、ふるふると首を振った。


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