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3.友情の段階的定義と飛躍理論

「本当に……」

「はい、もちろん」

「そんな、まさか」

「お疑いですか? 私はオールウェイズ、正真正銘紛れもなく、元ラフ・フューチャー研究員、『黒い翼』の脳細胞、レイス様のかわいい親友」


 彼女はそう言って草原の上でくるりと回った。太陽と夜が共存する空を背景に、白衣がマントのように広がった。ぴたりと止まって人差し指を立てる。


「そしてマッドじゃないサイエンティスト、兵堂咲月です」にやりと笑った。


 レイスは口にたまった唾をゆっくり飲み込んだ。ひきつけを起こしている脳みそから、あまりいかしてない質問がのこのこ出てきた。


「なんでここに……」

「天才ですからね!」


 咲月は、レイスの言うことを一字一句完全に予測していたように少しの間もあけず答えた。言い終わると、少しの間もあけず抱き着いてきた。


 かなり動転したままだったレイスは、気付けば押し倒されていた。野草と咲月が混ざった香りでようやく脳みそが息を吹き返した。


「咲月待って、私はまだびっくりしているのよ」

「何にですか?」

「生き返ったことにあと半分ほど驚かなくちゃいけないのに咲月が……」

「じゃあ私から確かめてみますか」咲月が耳元で囁いた。


 レイスはぞっとして一度目を閉じた。生き返ったことについての驚きを急いで消化した。


「……まさか生き返れるなんてびっくりだわ!」

「そうですね」


 咲月は極めて無頓着に返事をした。レイスの脳みそがようやく咲月について処理を始めた。


 兵堂咲月は親友だ。本社ラボの指揮官で、最後に会ったのは一週間前。レイスを空港に迎えにきて……

 思い出すたびにレイスの気分は暗澹方面にどんどん沈んでいった。脳が処理を終わらせて一息ついた時には、先ほどまでの浮かれた高揚感は全て吹き飛んでいた。レイスは胸にうずまった咲月の顔を持ち上げた。


「貴女は私が死んだときは生きていた」レイスはなるべく感情を抑えて言った。

「あの後どうなったの」


 覚悟していた通り、咲月の表情がこわばった。悩むような間を置いた後、ゆっくりと口が開く。


「ええ……ええ、はい。我々は敗北しました」


 レイスは咲月から手を放した。次の言葉を発するまでは時間がかかった。


「それで」喉からかすれた声が出た。


「極東から南ヨルダンまで……私の手で」


 咲月は白衣から小さな金色の鍵を取り出した。レイスはしばらく茫然と咲月の顔を見つめた。

 突然、胸の奥の澱みから呪詛が湧き上がって来た。レイスは理解した。今まで積み上げて来たものが汚い秩序の足で更地にされたことを。勝ち誇った奴らの顔だけが頭に浮かんできた。気が狂いそうだ。口から感情がだらだらと流れ出して来た。


「レイス様、そんな顔しないでくださいよ」咲月の声が聞こえた。その声はレイスの脳みそにゆっくりと染み込んできた。

「あなたはやり直せるんですよ、今から、永遠に」


 喉が呪詛を流すのをやめた。いつの間にかレイスは咲月を睨みつけていることに気付いた。


「レイス様……」咲月はしばらく唸った後、口を開く。

「えーっと、えー、大事なのは、いくつ……」


 レイスは一つ、息を吐いた。


「『大事なのは何回勝つかではなく、最後に勝つか』、ね」

「はい、レイス様!」咲月はにっこりと笑う。


「さすが咲月、良い精神安定剤」

「レイス様の言葉が、ですよ。結局我々はレイス様がいないとどうしようも無いんですから。ビルも基地も爆発しちゃいますよー」


 咲月はそう言って鍵をレイスの手の中に押し込んだ。彼女はこの鍵を回して、スイッチを押したのだ。おおよそ全ての機密を破棄するための。


「付き合わせて悪かったわね」


 咲月はきょとんとして一度まばたきをした。


「そんなことないですよ! レイス様と過ごした十年間、本当に、最高でした。レイス様が死んでから一日の方が、よっぽど、その十年より長かった。あんなにカウントダウンを長く感じたのは初めてでした」咲月は早口でまくしたてた後、息を吸って言葉を続けた。「私は嬉しいんですよ。またレイス様と一緒にいられることが」


 レイスは咲月の瞳を見つめた。


「かわいい奴」

「基本ですよ」


 咲月は笑って立ち上がった。

 空には色がだいぶと薄くなっていた。体を起こすと咲月は胸ほどある大きな黒いスーツケースを草原から起こしていた。


「それは?」

「持って来たんですよ、死ぬ前に抱えて」


 レイスは無意識に脇腹を触った。素敵な紅いドレスコートに穴は開いていなかった。ポケットには自分の首筋を撃ち抜いたものがそのまま入っていた。

 銃口が触れる感触を思い出しレイスは顔をしかめる。


「レイス様、あれを見てください」咲月の声にレイスは顔をあげた。指をぴんとどこかへ向けている。

 辿っていくとはるか麓に木柵で区切られた臨時基地のようなものが小さく見えた。

 咲月は嬉しそうに声をあげる。


「きっと辺境の村ですよ、辺境の村。そうと相場が決まっています」

「……辺境であることは間違いないと思うけど」


 レイスが小さな円周を観察しようとすると、薄い雲が隠してしまった。


「遠いわよ、あそこまで。まあ行かざるを得ないわね」


 電話線が通っている程度の場所であっては欲しいとレイスは思った。しかし、かける対象がどれだけ残っているか……


「まあいいじゃないですか、時間はたっぷりあるんですよ。レイス様の第二の人生へ!」咲月はのんきなことをいってまた笑った。


レイスもつられて少しだけ笑った。

レイスがつられると咲月は笑みを引っ込めた。


「……ん?」レイスは何かまずいことをした気がして表情を固めた。


「ふふふ、本当にお久しぶりですね。レイス様」咲月はそう言って、ほんの少しまた笑った。


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