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16.全物質等速運搬技術による万民への速度的平等返却

 太陽が上がって一時間ほど、デミはまだ飛び続けていた。

 眼下に流れる森はここ数時間なんの代り映えも無い。

 まるで、ずっと同じところを飛んでいるようだ。レイスはこの世界の文化として、同じものを続けることは素晴らしいというものがあると結論付けた。それなのに日々繰り返されていなさそうな、突飛でふざけたものが目の前に現れるのはどうしてだろうか。


 見飽きた森から目をそらし、前に座る咲月を見た。

 咲月の砂色の髪と白衣は朝日を受け、まぶしく光っている。

 その後ろ姿は森と違い、いくらでも見ていられそうだ。

 朝日はレイス達の横顔を照らしており、随分と北上したことを伝えている。北とか南とかがどうか解らないし、あの太陽が実はレンジで熱されている途中の肉団子という可能性もあるが、レイスは自らの世界観を大事にするべきだと考え始めていた。その世界観は「ありえないこと」に色んな説明を付けてくれるからだ。


「我ながら、諦めが悪い気がする……」


 しばらく飛び続けレイスの心の中で疑念や恐怖が準備運動を始めだした頃、目の前から咲月の声が聞こえた。


「ショットアウトさーん、お腹空きました。飴取らせてくださいよー」


 咲月の抱えているケースは、カタカタ揺れた後に声を上げる。


「絶対にだめ! 中央樹海に入って暫くたったわ。後もう少しで付くはずだし、我慢して!」


 レイスはふと自分が空腹なことに気付いた。最後の晩餐から三日目、食事の遠い親戚しか口に入れていない。気付かなかったことに呆れるほどだ。

 ふと、頭に恐ろしい考えがよぎり、レイスは恐ろしく悲しい結果を予想して質問した。


「ショットアウト、今から向かう拠点には私達が食べられるような物、あるんでしょうね」


 ケースは震えるのをやめて、考えるような静寂を保った。


「大丈夫よ。高純度ワームからケルゴンクッキーまでなんでもあるわ」特に考えて無さそうな気楽な声が聞こえた。

「人間の口に入る者を基準に考えてみて……」

「人間も住んでるから大丈夫、大丈夫」

「いるんですか、ペットとか奴隷とかじゃなく」咲月が言った。


 ショットアウトは呆れたような声を出す。


「私達を何だと思っているのよ。敵はいても捕虜も奴隷もいないわ。あのぴかぴか種族みたいに結界をはったりしてないのよ」


 レイスは咲月の身体を触りながら頭を動かした。しばらく無言で考え続ける。


「……だめ、全く想像できない」

「まあ、大体の想像よりは素敵なところよ。デカントは」




 数十分の後、いきなり風景が変わった。

 果てしなく広がる森の中に、数十メートルの白い石柱が、何十本も突き出している。

 その風景をレイスが不思議そうに見ていると、デミは石柱の方へどんどんと近づいていった。

 高度を落とし、石柱の間を器用に飛ぶ。


「これは、石林ってやつですかね」咲月がつぶやいた。


 ケースが震える。


「竜骨林に着いたのね、これも珍しいけど、次はもっと驚くはずよ」

 ショットアウトが言い終わる前に、レイス達はその光景に辿り着いた。

 周囲を石柱に囲まれた中央、そこにビルを六本は詰め込めそうなほどの巨大な陥没穴が空いていた。穴の中はまるで墨汁がたまっているように不自然極まりなく黒かった。


「ちっ、生意気ね」レイスはまた気分が悪くなって、咲月を抱き寄せた。


 咲月がケースをコンコンと叩く。


「これは、一体……」

「ん? あぁ、着いたのね。ここが拠点デカントの入り口よ」


 ショットアウトがそう言った。

 デミは翼を畳んだ。


「え?」

「ちょっと」


 レイスと咲月が声を上げる間に、穴はどんどん近づいてきてレイス達を包み込んだ。

 一瞬の暗闇の後、目が急速に慣れて視界が回復した。

 壁面の岩肌が飛ぶように通り過ぎている。


「落ちてる! 落ちてますよ!」


 デミの首に掴まった咲月が重大な事実を耳元で叫んだので、咲月に掴まっているレイスはブンブンと首を縦に振った。暗闇の色がどんどん濃くなり、肌を冷気が刺し始めた。デミはまだ落ち続けている。


「あ!」レイスは叫んだ。

「どうしたの?」能天気そうで気楽そうな声が聞こえた。

「んー!」レイスは抗議した。

「ん?」

「わ!」咲月も抗議した。

「わかった、わかったわ!」ショットアウトがケースの中から出てきた。「ここの壁は光を吸うのよ。さあ、もう底に着くわ」


 突然、空気を叩き付ける音が鳴って、一気に重力が帰って来た。

 肺から空気が漏れていく。数秒ほどして振動と一緒にデミは着地した。

 着地したことを確認して、レイスは抗議を正式に言い直した。


「落ちて死ぬわ!」


 咲月は間抜けなことをせずに、呻き声と状況報告をした。


「うげっ、レイス様。何も見えないです」

「大丈夫、私もよ」


 レイスは咲月から手を放して、身体を起こした。本当に一寸の光も無い暗闇だった。少し良くなった目をもってしても何も見えない。

 穴の底は静寂をたたえており、なんの気配も感じられなかった。

 いきなり閃光が破裂した。レイスは思わず目を閉じて、基本的に気配はあてにならないと脳みその右端の方を糾弾した。


「うわっ、フラッシュバン!」咲月の声が聞こえた。


 レイスはデミからずり落ちると、硬い地面に背中を打ち付けた。


「ぐ……なんなのよ」


 目を開けると、周囲が明るくなっていた。レイスは湿った岩の上に座っていた。目の前にはデミの赤い巨体が見える。恐ろしいほど広い底で壁は遥かに遠い。光源を探して上を向くと……光る球が浮いていた。


「くそ、またかよ……」


 見まわすと光の玉は数個あって、レイス達の周りにぷかぷかと浮かんでいる。


「出迎えよ、出迎え」


 そんな声が聞こえて、目の前にショットアウトが姿を現した。

 レイスはまた心臓が縮む思いをした。


「し、ショットアウト、その登場は中々最悪ね……っていうかこの光は大丈夫なの?」


 ショットアウトは光る玉の真横でぷかぷかと浮いている。こうしてみると姉妹のようだ。


「ちゃんとデカントの光は霊体処理を施しているの。自分のことしか考えない人間の街とは違うのよ。都市の明かりは全部これだわ」

「へえー。なんで光が浮いてるの」レイスは返答を頭に入れず、次の質問をした。

「魔法」ショットアウトは無表情で答えた。

「くそっ、常識なのね。あー頭が痛いわ。咲月!」

「レイス様! 敵の突入です、ぶえっ」


 デミの背中から咲月が滑り落ちて来た。


「咲月、無音の爆弾なんてないのよ。さあ、立ちなさい。私の参謀」


 レイスは咲月の手を引っ張って立たせると改めて、降り立った穴の底を観察した。

 入り口と同じく、とてつもなく広い底は周囲の全てを暗い色の岩で囲まれている。空気は冷たく湿度が高い。

 壁面には小さな、と言ってもあくまで入り口と比べてというだけで、デミも軽く通れそうなほどの大きい横穴が、六つ空いていた。


「すっごい場所ね」

「観光で来るなら最高ですね」


 ショットアウトは、その横穴の1つに向かって飛んでいく。

 デミもそちらに歩き始めたので、レイスと咲月も穴底の見物をやめ、後に続いた。

 横穴の随所にも光は浮かんでおり、反射した鍾乳石が怪しく輝いている。

 先頭で歩きながら、ショットアウトは説明を始めた。


「6つの洞窟は全部都市に繋がっているんだけど、普段はこの穴以外、罠が仕掛けられているのよ」

「あの縦穴だけで十分なセキュリティだと思いますけど」

「まあ、ここは元々『太陽を吐く二日酔いの大迷宮』って場所だったのよ。その時のギミックを利用しているってわけ。それにあんな、縦穴だけじゃ入って来る奴はたくさんいるのよ」


 見渡すと光の列から離れたところに、穴や分かれ道のようなものが見えた。


「この光って道しるべでもあるのね」レイスは言った。

「大正解! 招かれない奴はここで迷って野たれ死ぬ」ショットアウトが笑って答える。

「監視カメラでも付いてるのかしらね……」


 歩き始めてしばらくたつと、唐突に行き止まりが現れた。

 青い光は浮かんでいるが、その先に道は無く、横には小さな竜の石像が置いてある。

 咲月が声を上げる。


「行き止まりですよ。変なとこに誘導されたんじゃないですか」

「ショットアウト用の入り口なのよきっと」

「私はそもそも、こんな入り口通らないから。このセキュリティも無駄よ」


 ショットアウトはにやりと笑うと、道の横に向けて声を出した。


「統制部隊二名、客人二名」

「二名二名二名。二名の要件を、客人の方」道の横から声が出て来た。

「ここを通る」

「よろしい、客人は私の前に立て」


 レイスは石像がしゃべったと思ったが、馬鹿と思われると嫌なので声に出さなかった。すぐに咲月の方を向いた。


「うわ、石像がしゃべりましたよ。レイス様」

「そうね、びっくり」レイスは安心して答えた。


 ショットアウトがこちらに振り向き、笑いながら説明する。


「これはガーゴイル。あのオークの餌場にあったショックバリケードみたいなものと思ってくれればいいわ。もちろん、こっちの方が高級だけど。デガントに入る者は、まずガーゴイルと話さなければいけないの」


 レイスはあのセキュリティフェンスにかかっていたものを思い出した。レイスは初めにあれを電気柵だと思った。そしてショットアウトが言うにはこれは電気柵より強力なものらしい。咲月とレイスは言われた通り、石像の前に立つ。


「レイス様、ちょーっと怖そうな気がしません?」

「要するにただのインターホンよ。後ろにコンピューターがあると思えばいいのよ。ほら、悪趣味な石油成金とかってこういうの好きじゃない」レイスはなるべく平静を作って言った。


 ガーゴイルは赤い目を光らせている。


「そういう馬鹿って大体馬鹿な武装をつけているんですよ……」咲月は嫌なことを呟いた。


 ガーゴイルが嘴を開いた。

 レイスと咲月が少し身構えると、ガーゴイルは鋭く叫ぶ。


「この都市、都市、素晴らしい都市で問題を起こさぬように!」


 数秒間の沈黙が流れる。


「……へ? あ、はい」

「わかったわ」


 ガーゴイルは嘴を閉じた。目の光が消えると、本当に古びた龍の石像にしか見えなくなった。


「私思ったんだけど、結構この世界って肩透かしが多いわよね」

「あははは……、予想外を予想しすぎているだけかもしれませんよ」


 気を抜いて立っているレイスと咲月の前に、ショットアウトがやってきた。


「良かったわね! ここで悪いことを言ったら、殺されるのよ!」


 ショットアウトは笑っているが、ずっと同じ場所で待たされているデミは不機嫌そうだ。


「はやくこの先に進まないと殺されそう」レイスはショットアウトにそっと言った。

「すぐ開くわ」


 ショットアウトの言う通り、行き止まりの壁はすぐガラガラとそれっぽい音を立てて、ぱっと消えた。レイスは気にしないことにして続く洞窟へと踏み出した。少し歩いてから、デミがばさばさと音を立てて、天井に飛んでいったが、これも気にせずちらっと横目で見た。


「飛ぶのが好きな中で、食事に間違えられないか間違えられてもいいっていう生物は上の洞窟から出るのよ」ショットアウトはすぐに尋ねた咲月にすぐ答えた。


 次に辿り着いたものを、レイスは気にしないとは言えなかった。そこには緑色の枠で縁取られた小さな錆びた看板が一つかかっていた。


《ここから落下すぐ! 緑龍の素敵な街『デカント』受付》看板にはそう書かれていた。アラビア語で。


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