15.大量破壊兵器の個人的人権主張に対する賛否
デミは一度で済まさず何度も火球を街のあちこちへとばら撒いた。
ちょうど五度目あたりが輝いた頃、レイスと咲月は驚いて大騒ぎするのをやめて、フェンス近くで見物を始めた。映画を見ているようなというものは素晴らしい比喩であり、レイスはこれから目の前で起こる物事を全てこうして眺めようと決意した。
巨大な赤いワイバーン、デミは街の上空を高速で旋回しながら光を地面に叩き付ける。
「うわっ、ととと。レイス様、私は考察したんです。悪魔の権能は集中すればバランス感覚も高めてくれると!」咲月は揺れる地面の上を片足でぴょんぴょん跳ね回っている。
「咲月、それぐらいなら私も出来るわよ」ショットアウトが黒く半透明な革靴でバレエダンサーのように回り始めた。
「いやあ、それはそうでしょうよ」咲月は半笑いで足をおろした。
レイスは幽霊なのに足があるのは何故かという理屈を頭でこね回していた。というか最初に会ったときはショットアウトの足はあっただろうか?
聞くべきか聞かざるべきか悶々としていると、また一つ地面がのたうち回った。
黒い煙の柱が一つ増える。その柱は一際大きく膨れ上がり、中から強烈な光が溢れ出してきた。
「ねえ、ショットアウト、あの光は」
「きゃぁ、天使よ!」
ショットアウトはレイスの質問を遮るように悲鳴を上げた。素早く小屋の一つに身体を飛び込ませる。
破裂するように煙が溶けると街全体に白い光が投げ出された。
レイス達のいる通りも、昼間のように明るくなる。
「あれが、天使? いや、見えないんだけど」レイスは目をふさいで、おおよそ咲月に呟いた。
「これ私達もまずかったりします?」咲月の声は予想と違う所、ショットアウトの飛び込んだ小屋方面から聞こえた。
「別に健康被害はないわよ。デミがすぐに始末してくれるわ」小屋の中から声が聞こえた。
ショットアウトの言う通り、光も長くは続かなかった。レイスはゆっくり目を開けて、目は怒り狂って文句をたらした。
デミが火球を放つたび、明るさを少しずつ失い、弱弱しくなっていく。
五回ほどの振動で遂に赤い火の色に変わって、通りの暗闇が帰って来た。
「結局、どんなのが天使か見えなかったわ」レイスは言った。
「期待してもがっかりしますよ」咲月が隣に来て呟いた。
「できれば絵に出て来るまんまがいい……」
「あんな大げさじゃないんじゃないですかねぇ」咲月は笑って肩をすくめた。
レイスは目を細めた。天使は勝手に赤い怪物が殺してしまった。あんなものが黒い獣の話通りの上等な者とは思えない。
「まあ、まだわからないことばかりね」レイスはそう言って、頭痛を予防した。
デミがまた咆哮を上げるとショットアウトは小屋の中から浮かび上がって来た。
「よし、これで魔術師も天使も倒したし。任務完了よ!」
レイスは少しのびをした後、ショットアウトの方に顔を向ける。
「それじゃあ、どっかでしばらく世話してもらうわよ」
「わかったわ、任せておいて」
ショットアウトはまた、空中に叫ぶ。
「デミー! オークの食糧を燃やしちゃだめ! 早く戻ってきなさい!」
咲月がつぶやく
「聞こえるんですか、これで」
「まあ、見ててなさい」
ショットアウトの言う通り、暫くすると赤い巨体がこちらに向かって飛んできた。レイスは慌てて聞こえない方がいいんじゃないかという意見を飲み込んだ。その姿が近づくにつれてレイスの心臓の音もどんどん大きくなっていった。顔に暴風があたるころになって、レイスは映画をみているようなという言葉は使えない時も多いことを悟った。
背筋が凍る思いで眺めていたレイスの目の前にデミは降り立つ。地鳴りと共に砂煙が巻きあがった。
「彼女達は新しい仲間よ、一緒に乗せてあげて」
ショットアウトの言葉にレイスは少し正気を保つのが難しくなった。
デミの「森羅万象を破壊した暴力」というテーマを表現していそうな首は、伺うようにレイスと咲月へ伸びて来た。
首はまず咲月へと向いた。その動きが急だったのでレイスは思わずナイフを握りかけた。
咲月は、さきほど街を蹂躙した口を前に、顔をひきつらせている
「はは、よ、よろしく」
次にデミの顔は、こちらに近づいてきた。レイスは即刻武装解除をして、ポケットから手を出した。
腰ぐらいまでの大きさまである顔は、ぴたりと目の前に止まる。
レイスは、うろこに覆われた顔を少し触った。
硬く、そして少し暖かい。
「レイスよ。よろしくね、デミ」
レイスがそういうと、デミは顔が痙攣するように震えた。
咲月は顔を青くして、ショットアウトはにこにこしている。
「デミはレイスのこと気に入ったみたいよ」
レイスは自分の発作を呪いつつ固まっていた。ショットアウトの一言が少し遅ければ、咲月は振りかぶっているケースを、デミの頭に叩き付けていたはずだ。
街の外から小さく、騒がしい鳴き声が聞こえてきた。デミの首が跳ねるように上がり、柵の外の暗闇を睨んだ。
「うふふ、いい狼煙になったようね」ショットアウトがレイス達の前にやって来る。
「さあ、帰りましょ。デミ、しゃがんで頂戴」
デミがしゃがむと、ショットアウトは、二人に首の付け根に乗るよう言った。
「はあ、シートベルトとかは無いですよね」
咲月は恐々と、デミの首をまたぐ。
レイスは咲月の後ろに座る。
「咲月、私はあなたに掴まるから、あなたはデミに掴まってね」
咲月が緊張でカチコチに固まるのを感じる。
かわいい。
「レ、レイス様ぁ……」
「冗談よ。私もしっかり掴まるわ」
レイスがそう言うと、デミは翼を動かし始めた。
デミの体が浮き上がる。
レイスは鉄の翼がどれほど安心できるものだったかを身に染みて感じていた。おおよそ悪いやつに 乗っ取られない限りは落ちることも燃えることもないのだ。少なくとも乗り物自体には燃やされない。
「レイス様、ちょーっと怖かったりしません?」咲月が言った。
「あなたの弱音が聞けるかしら」
「ふっ、ふふふっ、そんなに世の中甘くはないっすよ」
「どんな不快な場所でも快適に暮らすしかないのよ、咲月」
レイスは胃から笑顔を絞り出した。高度はどんどんと上がっていく。
一分ほどすると、セルの街が見わたせる位置までデミは上昇した。
外周の一部と、街中央がもくもくと煙を上げている。
デミの翼の音のせいで、咲月は真後ろのレイスにも叫ぶように話した。
「見てくださいレイス様、オーク達がちょうど木柵を壊しましたよ」
言われて外周に目を向けると、棒を持った豆粒が街に雪崩こんでいるところだった。
ショットアウトが、二人の真横に移動してくる。
「この街の規模なら、オークが食べつくすのに四日はかかるはずよ。ありがとう、あなた達に頼んで本当に良かったわ」
「四日て……」咲月が引き気味に言った。
「四日で十分なはずよ。さすがに態勢を立て直した後なら、これだけの群れでもなんとかなるわ」
デミは上昇をやめ、街から遠ざかり始めた。
ショットアウトはまだ嬉しそうにデミの身体中を飛び回っている。
「咲月ー! 私の身体を解剖しちゃっても構わないわよー!」
「私をイカレた奴らと一緒にしないでください。友達の身体は解体しませんよ」
夜の山岳地帯の中で灸のようになったセルの街をレイスは見下ろし続けていた。
ショットアウトを追い払った咲月が、唐突に軽くもたれかかって来た。
下を向くと咲月と目が合う。
「レイス様、その顔を久々に見られましたよ。本当に死ぬ前の数年は……」
レイスは咲月の口にそっと手を置いた。
「これからも、レイス様の笑顔のために頑張ります」
レイスは咲月の髪をなでてやった。
後ろでは、ショットアウトが声を上げた。
「さあデミ! 憎き太陽が顔を出す前に、早く帰るわよ!」