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1.出会ってしまった僕ら。

「君、そんな靴でよく歩けるね。」

街で声をかけられた時、ただの冷かしだと思って無視を決め込んだ。

ちょっとそこの店で一杯、といった古典中の古典で誘われた時には思わず笑ってしまった。

今笑った?なんて言われたから馬鹿にした、と返した。

なるほどそれはそうだと言われ、結局二人とも行きたい店が同じだったのでまた笑った。

「一杯ってお茶の事だったの?」

そう尋ねると、いやいやまさか、と首を振り、至極真面目な様子でりんごジュースを注文していた。

レトロな作りのイングリッシュティールームで。


彼と僕の出会いはそんなふうだった。

彼は仕事をし、趣味に写真撮影をしているような人だった。

今度小さなイベントで自分の撮った写真を纏めた本を出すという。

写真のモデルは男性で、その男性はなんというか、どっちつかずな見た目をしていた。

「男でも女でもない人を撮りたい。無性別が一番美しいよ」

彼はりんごジュースを啜り、僕の目の前に写真を広げている。

男性は顔色はあまり良くなく細身、人というより死体のように写っている。

白いシーツを身にまとったその姿は途方に暮れた迷子にも見えるし、死にそびれた自殺志願者にも見える。

「でもこれ不健康だね」

そう言って手のひらで写真を遮る。もういいよ、の合図。

それを見て彼は写真を集めて鞄にしまった。

「このモデル、本当に不健康な色をしてたんだ。だから自然とそうなっただけ。」

淡々と答えながら、多分少し不機嫌だったと思う。

指摘されたくない事を指摘されたんだろう。

でも仕方が無い。

血管のない人間です、と言った方が正しい見た目をしていた。

彼はりんごジュースを全て飲み終わると一枚の名刺を僕にくれた。

黒地に白の文字で名前と連絡先が載っている。

「君が良ければ」

彼女は僕をじっと見ていた

「君が良ければ、モデルになってくれない?」


その連絡先に連絡したのは好奇心だった。

あの死体のような写真が目に焼き付いたからだ。

電話は緊張しそうだったからメールを送った。

土曜日の午後、メールは直ぐに返ってきた。

今日の夜、あの時のお店で。

時間は書いてなかったので、取り敢えず日が暮れてから向かうことにした。


会社以外で、僕は僕になる。

鏡の前に座ると軽くファンデーションを塗る。

ファイバーと糊で二重を強調する。

眉を軽く整えると口紅をさす。

わざとらしくならない程度に。

僕は僕を引き立たせる。

ウィッグネットを被り、金色のボブウィッグを被る。

スキニージーンズを穿き、襟ぐりの開いたカットソーを着る。

ジャケットを着て、姿見を確認する。

玄関に行って靴箱を開ける。

会社用の革靴とは別に、コレクションしている靴達。

その中でも一番の気に入りを取り出す。

ソールは5センチ、ヒールに至っては15センチほどもあるピンハイヒール。

それを履いたらサングラスを付ける。

その辺の男よりも堂々と、その辺の女よりも美しく。

僕は初めて僕になれる。


「その髪、染め直したの?」

時間を指定しなかった彼は、僕が店で食事を摂り食後のお茶を飲んでいるころにゆるりとやってきた。

ウィッグ、かつらだよ、そう教えると合点がいったという顔をする。道理で綺麗なわけだ、と。

何か飲む?と尋ねると首を振った。スタジオが閉まっちゃうと言った。

時間がないならそう言えと思いながらも僕はじゃあ、と会計を済ませる。

外に出るとすごく寒くて、ストールでも持って来れば良かったと後悔した。

「寒くないの?」

彼はきっちりと暖かそうなコートに身を包んでいて、僕の薄着とは対照的だった。

寒いよ、と返せば笑われたがそれだけだった。


スタジオはあまり広くなかった。

ファッションビルの片隅でやっているような小さなスタジオで、それでもほかに客はちらほらといた。

「あれ、ゲームのキャラクターじゃない?」

受付を済ませて中に入ると出くわした先客はごてごてとメイクで顔を変えたコスプレイヤーだった。

そう言う人が使う場所なんだよ、と言われて僕はちょっとムッとした。

僕のはファッションで、と言いかけると彼は、此処は雰囲気が良いから好きなんだ、と微笑むのだ。

しょうがないから渋々と奥に進むと広がるのは別世界。

書斎の様な場所もあれば黒いベッドの置いてある部屋、真っ白な壁に覆われた部屋にリビングルーム、貴族の椅子なんかもあって僕は唖然とする。

狭いながらも空間をうまく利用していたし、様々なタイプの背景があるので効率よく撮影が出来そうだと思った。

「じゃあそこのベッドに寝てもらっていい?」

いつの間にかカメラを構えていた彼がベッドを指さした。

指示を受けて、僕はそのベッドに腰掛ける。

それから足を乗せる。

靴の底にはあらかじめテープを貼る様受付で言われていたので汚くはない。

そしてベッドに身を横たえる。

フカフカで気持ちが良い。

彼は僕のその一連の動作を写真に収めていた。

サングラスをずらして、とか、目線はあっち、とか、カメラマンらしい指示が飛んでくる。

僕はそれに答えながら、気分がとても高揚していることに気付いた。

写真は気持ちいいな、もっと撮ってよ。

そう口に出しそうになるもすまし顔を装う。

「次は白ホリかな」

彼のカメラはデジタルカメラらしく写真をその場で確認すると満足げに頷いた。


白ホリ、というのは壁も床も真っ白な場所のことだった。

そこでは立ったり座ったり、振り返ったりフラッシュを焚いたりとかなりの枚数を撮った。

「長く見てるとくらくらする」

白い背景は平衡感覚がおかしくなるらしくてかなり身体かつらかった。

でも彼は止めない。

黒い布を借りて影を作ったり、光と影が気にくわないと撮り直したり。

彼が満足いく頃には僕は疲れてふらふらとしていた。

「ごめんね、でもいいのが撮れたよ。時間も時間だし、あと一か所で撮影を終わらせよう」

彼がそう提案すると僕にタブレットを見せてきた。此処のホームページらしい。

最後の撮影場所は僕が決めて良いそうだ。

僕が一か所を指さすと彼は気が合う、と笑った。


最後の場所は神殿というか教会というか、そう言う場所。

真っ白で、ステンドグラスや白いシャンデリアが飾ってある。

僕はそこで背徳者を演じきった。

歩く、立ち止まる、笑う、睨む。

舌を出す、足を組んで座る、寝転がる。

ジャケットを肌蹴させ、鎖骨を見せる。

「教会で娼婦が誘ってるみたいだ」

彼はそう言って笑った。


スタジオ代は彼が持ってくれた。

僕はその代りモデル代はいらないと言った。

「善行としてモデルをやったからね、気にしないで」

彼にそう言うと素直に微笑んでくれた。

そして、彼はその笑顔のまま、次はいつ空いてる、と聞いてきた。

「もっと撮りたいんだ、最後のは凄く官能的だったし、正直欲情したから」

その一言で、僕の人生は、というと大げさだけど、まあその辺が大きく変わり始めるのだった。


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