第六章 姫、感じる。
『優夜、ちゃんといい子にしているんだぞ? 要、お前も』
『パパとママはどこ行くの?』
優夜の目にはたくさんの涙を浮かべていた。
涙を流さないために抱えているぬいぐるみを強く抱きしめる。
『ママたちはな、少しばかり遠いところに行くんだ』
『大丈夫だぞぉ。優夜、要。だからおばあちゃんの言うことちゃんと聞くんだぞぉ』
優夜と要は顔を見合わせると深く頷いた。
『うっし! いい子だ! 必ず帰ってくるからな、待っていてくれ』
だが、優夜の母親と父親は優夜たちの元へと帰ってはこなかった。
@
「おはようございます。姫様」
「あ…おはよう」
必ずと言っていいほど、優夜が起きると目の前には珠鬼がいる。
その現状に困る優夜は当然、珠鬼から距離を取る。
「気分はどうですか?」
「すこぶる良いよ」
「何よりです」
「むきっ」
そう言いながら優夜はマッチョのポーズをした。
元気だということを伝えたかったのだろう。
意図が珠鬼にも伝わったのか、珠鬼も優夜と同じポーズをとった。
と、同時に部屋のドアを開けた麻琴が硬直する。
「何やってんだ、お前ら。なんだ、あれか。競ってるのか?」
「ボディビルダーじゃないですよ」
「そう、それ」
はっ、と我に返った優夜は顔を赤くする。
傍からみれば、おかしな女子高生と見えてもおかしくないからだ。
「それで、何か私に言いたいことがあるんですよね? 麻琴」
「ああ。………磯岸と会った。それで戦闘になって、俺は軽傷で済んだんだが、一緒にいた凛々都がそれなりの傷を背負ってる。魔力の消費も半端じゃない」
「…マズイですね。怪我の手当ては?」
「那月がしてくれてる」
その報告に珠鬼は顔を歪めた。
だが、優夜はなんとなく分かった。その磯岸という人物が只者ではないことを。
「今、凛々都はどこに?」
「とりあえず、処置室にいる」
「そうですか。彼女が出たということは、どうやら姫の存在が向こうにばれたようですね」
珠鬼は優夜の顔をちらっと見て
「麻琴。姫様をお願いします」
「風間君…それって」
「彼女の目的は私でしょう。それに麻琴たちを襲ってきたのは宣戦布告ということでしょう」
「死亡フラグ立てたよね!!」
「人の話を聞いてましたか?」
まさかの優夜の天然バカスキルだ。
だが、僅からながら珠鬼の顔が柔らかくなった。
珠鬼の中にあった不安か、または恐怖が薄れたのだろう。
そして珠鬼は部屋を出た。
「あの」
「ああ、分かっている皆まで言うな」
「私の言いたいことが分かるんですか?」
「おう、珠鬼の弱点だろ?」
「違う! ぜっぜん違う! でも知りたい!!」
自分は何を言っているんだ、と優夜は思いつつもツッコミをいれた。
「まあ、珠鬼の弱点はまた教えてやるよ。聞きたいことは磯岸のことだろ?」
「はい。その人は強い…ですよね?」
「ああ、なんせ敵側の幹部だからよ。あと、無駄にキャラが濃い」
ここも相当なキャラの濃さじゃないか。
優夜は笑いながらそう思った。
「その幹部の一人、磯岸 日菜子。そいつに出会っちまったってこと」
「風間くん、大丈夫かな…」
「うんまあ、大丈夫だろう。それから優夜、幹部のやつらに会ったら必ず逃げろ。凛々都があんな目に合うんだったら、俺は確実に死んでる」
麻琴の目には偽りはない。そう感じていた。