第五章 姫、特訓する。
「そうではありません!! 強くイメージしてください!」
「イメージイメージイメージイメージ…わかんないよぉ!!」
「強く思い浮かべなさい! クズ姫!」
「ご、ごめんなさい!!」
誰もいない廃墟の中、特訓を始めて数時間。この会話の繰り返しだ。
特訓というのは、本来持つべきである武器を使いこなすこと。
珠鬼が銃で戦うように、優夜にだって戦う武器が備えられている。
だが現時点の段階で優夜は姫として覚醒したばっかりであり、取り出せないのだ。
「いいですか、武器というのは自分の中にあると思ってください」
「そう簡単に言うけど、実際、戦ったこともないし……それに怖いよ」
「確かに怖いかもしれません。ですが……私が知ったことではありません!!」
「鬼畜!!」
すると銃声が廃墟全体に響き渡る。
もちろん、撃ったのは珠鬼だ。
珠鬼の素晴らしい笑顔の先には逃げ出そうとしている楓がいた。
「どこに行く気ですか、楓? 逃げる…なんてこと考えていませんよね?」
「そそそそそんなことないよっ? そんなバカなこと考えてないよっ?」
「ではそんなバカなことはしないでくださいね」
「は、はい…」
悔しそうに楓は返事をした。
どうやら珠鬼が優夜に意識している間にこの鬼のような特訓から逃げようと図っていたようだ。
「楓、あなたは日頃の行いがいけないからこうなっているのです。ですからこうしてわざわざ、私が特訓に付き合っているのですよ?」
「確かにそうだけど……でも僕は充分に強ーーー」
瞬間、楓の髪が焦げた。
銃弾が楓の髪を掠ったのだ。
楓は冷や汗をダラダラと流し、優夜はぶるっと体を震わせた。
先ほどまで笑っていた珠鬼の顔つきが変わり、鬼のような顔になった。
「どの口が言う、楓?」
「ひぃっ!! ごごごごめんなさい!!」
「さあ、姫様。特訓を再開しましょう」
珠鬼の顔には笑みが浮かんでいた。
だが優夜は気づいていた。
珠鬼は確かに笑っているが目は笑っていない、ということを。
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あれから楓の髪が焦げてからまた数時間。
死にかけの優夜の手には白銀の槍があった。
武器の召喚に成功したようだ。
「やっと第一段階終了ですね」
「これで第一段階とか……困るなあ…」
優夜の足がよろめき、倒れそうにもなるが珠鬼が素早く優夜を抱きとめた。
魔力操作もままならなく、常日頃から眠い優夜には召喚するので精一杯らしい。
「大丈夫ですか、姫様」
「ごめん…でもまだ大丈夫だから」
「そうですか。でもダメです。特訓はまたの機会にしましょう」
「でも魔力操作ができないと眠気は治らないんじゃ…?」
ふう、と珠鬼はため息をつく。
深いため息を。
「確かにそうですけど、今は体のことを考えください」
「で、でも…」
「でもが多い。それでは良い夢を」
その言葉の後に珠鬼は優夜を気絶させた。
こうでもしないと優夜は無茶をすると要が言っていたことを珠鬼は思い出したのだ。
「姫様、気絶させて大丈夫なの?」
「あまり良くない手段ですが、やむを得ません。帰りますよ、楓」
「あ、うん」
珠鬼たちは廃墟をあとにし、我が家へと向かった。
しかし。
誰もいないはずの廃墟に軽やかな足音が響き渡った。
「困りましたねぇ。もう武器まで召喚できるようになってしまってぇ」
桃色のカールした髪に幼い顔立ちの童顔。
黒いマントを羽織っていて、異様な空気を醸し出していた。
「でも、あの子がこのことに巻き込まれたのは成り行きですものねぇ。今ならまだ間に合うかしらぁ? ねえ、玲菜?」
童顔少女の呼びかけに柱から玲菜と呼ばれる少女が現れた。
長い髪は三つ編みでまとめられており、童顔少女とは反対でどこか大人びた顔立ちだった。
この少女、玲菜もまた黒いマントを羽織っている。
「さあ。確かに説得すればなんとかなるでしょうけど、向こうにはあの右目を悪魔に売って力を得た化け物がいるのよ? 簡単には無理だと思うわ」
「やっぱりそうよねぇ。じゃあ、殺しちゃう? あの子」
「殺すならあなた一人でしてちょうだい。私は協力はしないわ」
「残念。協力してくれると思ったのにぃ。鬼退治」
うふふ、と童顔少女はニコニコと笑う。
その言葉を聞いた玲菜はふっ、と笑い、
「鬼退治、ね…。まさしく彼にお似合いだわ」
「帰るなら御影様に伝えておいてねぇ」
「わかったわ。手早く終わらせなさいよ」
「はいはい」
童顔少女はマントをひらつかせ、風ともに姿を消した。
玲菜もマントをひらつかせ、闇の中へと消えていった。