第四章 姫、移動する。
「おいおい、何でまた優夜を教育することになったんだ?」
麻琴が不思議でもなさそうに珠鬼に問いかけた。
「現に今の姫様は体内の魔力操作ができない故に爆睡芸を覚えてしまった。先ほど、いや今までみたいにバタバタ倒れられると困りますし。それにいつ魔物や敵が襲ってきてもおかしくない状況。戦闘はできるようになってもらわないと」
「なるほどね。確かに一理あるわ。だけど時間も時間、珠鬼は限られた時間で優夜を戦えるところまで育てることを可能にできるのかしら?」
那月の挑発を嘲笑うかのように珠鬼は、
「大丈夫です。だって姫様は『やればできる子』なんですから」
と躊躇いなく言った。
ただ優夜は珠鬼の笑顔に恐れるしかできなかった。
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「風間君」
「なんでしょう?」
「なぜ私の部屋に風間君がいるの?」
「何をおっしゃる。ここは先日姫様が寝ていられた部屋にございますよ」
わけがわからなかった。
優夜がなぜここにいるのか。
なぜ目の前に珠鬼がいるのか。
優夜は先日、起きた時に窓から見た光景を確認するためにベットから飛び降り、カーテンを開ける。
「うそ…」
目を見開き、優夜は絶句した。
窓から光景は先日と同じ光景で。
しかも、部屋の構造は自分の部屋とまるっきり同じ。
まるで部屋ごと移動してきたかのような。
「なんで!? 私の家は!?」
部屋の外に飛び出す。
そこにはフローリングの廊下ではなく、大理石の廊下だった。
「驚かれるのも無理はありませんね」
「これどういうこと!? 風間君!」
「はい、所謂お引っ越しです」
「やることが桁外れだよ! なんでこんなことを?」
「姫様の安全を守るためです。ご安心ください、要には許可はもらっていますから」
まさか、あの兄が簡単に承諾するのだろうか?、と優夜は不思議に思った。
するとボロボロの姿(目立った外傷なく精神的に見える)の要が大理石の床でぐったりと倒れこんでいた。
「お兄ちゃん!? 大丈夫?!」
「すまない、優夜……こんなお兄ちゃんで…ぐはっ」
「あ、死んだ…」
どうやら、優夜の中で完璧人間の要はさらに上の完璧人間、珠鬼にやられたことを察し、何も言わずに支度をした。
きっと、お兄ちゃんも引越しさせられたのだろう、と優夜は要に同情した。
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「おはようございます! 優たん!」
「おはよう、コユキさん」
「ああ、朝から女の子を見れるなんて! この上ない幸せでございます!」
優夜は苦笑いをした。
そしてコユキの鼻から鼻血が出ていることを無視した。
「おはようさーん、優夜」
「おはようございます、麻琴兄さん…でよかったかな?」
「合ってるよ。優夜の飯は珠鬼が作るからそこの机でも座っとけよ」
「…完璧人間のお兄ちゃんに勝つだけあるかも」
顔を引き攣らせながら優夜は指定された席に座る。
が、そこに優雅に朝ご飯を食べている那月がいた。
どうやら昨日いたメンバーはこのマンションに住んでいるのだろう。
「おはよう、優夜」
「うん、おはよう」
「あら? 無理矢理、引越しさせられたと言うのにあまり驚かないのね」
「なんかもう、次元が違いすぎて慣れ始めている感じなんだよね。まあ、お兄ちゃんが承諾したんだし。大丈夫だと思うよ」
「そう。じゃあ、昨日の件も受け入れるのね」
「今更、現実逃避したって現実は現実だからね…」
すると、目の前に今までに食べたこと無いのような豪勢な朝ご飯を現れた。
優夜は言葉を失った。
「これまた、豪華だね…」
「姫様には体力をつけてもらわないと困りますから」
「困るって…昨日の教育件だよね?」
「はい、そうです。この特訓は体力の無い姫様には苦痛かと」
「あれ? 今、特訓って…魔物とかの勉強じゃなくて…?」
「あははは、そんな生暖かいものじゃありませんよ」
生暖かいものであってほしい、優夜はそう強く願った。
優夜はそういえば、と言葉を始め、
「柚小菜ちゃんは?」
「あぁ、寝ていると思います。あの人、朝がすごく弱くて。そろそろ起こさないといけませんね。コユキ、麻琴、お願いします」
「じゃあ、こなたんにあんな事やこんな事してもいいのね!?」
「それは最終手段です。麻琴、あなたの生死がかかってますよ」
「…あ、あぁ…」
麻琴の顔が青ざめるのに対し、コユキの顔は赤くなっていく。
コユキがよからぬことを考えているのだろう。
「では食事を取りながお聞きください。一時限目が終われば、即座に適当な理由をつけて学校をサボってください」
ぶはっ!
優夜は勢い良く、飲んでいたお茶を吹いた。
理由を聞きたいがお茶の所為で蒸せ、言葉が出ない。
「風間君っていつもぶっ飛んだこというよね…サボれって言われても…」
「大丈夫です。先ほど計算したところ、二時限目から休んだ方がよいと」
「計算で済ませちゃうんだ…」
今までの優夜の成績を珠鬼はきちんと計算したのだろう。
できた僕だ。
「楓、あなたも姫様の特訓に付き合いなさい。あと凛々都、姫様の朝ご飯を食べない」
あうっ、と楓と凛々都がそれぞれ呻く。
どうやら楓は根性を叩き直されるらしい。
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「僕は猪旗 楓だよ! よろしくね!」
「うん、改めてよろしくね。………猪旗君は嘘が苦手なんだね」
「あははは、そんなバカな」
優夜と楓は今朝、珠鬼に言われた通りサボったのだが、楓が先生についた嘘がひどいものだったのだ。
『早退? どうかしたのか?』
『もう俺、生きてないっす』
『急にどうした、おい』
『日本の学力に心がポキりんこ』
『それをお前が言うものどうかと思うぞ、先生』
ちなみに楓の成績は下から数えたほうが早いのである。
「まったくですね」
「いやぁ、言ってみたかったんだよね! ああいうセリフ」
「それは楓の成績が上から数えたほうが早くなってからですね、いつになるのやら」
溜息混じりに珠鬼は言った。
だが、その手には銃があった。