第三章 姫、轟く。
「う…わざとじゃないんだよお。いてて…」
楓は殴られたであろうたんこぶを摩る。
「あなたのミスの所為で私の努力が水の泡となって消えたのですよ!?」
「まあまあ、そこまでにしとけって。優夜も驚いてるだろ?」
「麻琴!! 姫様の名前を気軽に呼んではなりません!」
「んぁ? 別にいいじゃねーか、優夜のほうが字数少ないし」
そういう問題なのか?
優夜は首を傾げながら思った。
「別に私のことは気軽に呼んでください。姫様とかそういうのは、あまり慣れないというか違和感があるというかなんというか…」
「ほらぁ、本人もこう言ってんだからいいんじゃねーの?」
「ならアタシは優たんね!!」
「凛々都、優夜、好きー」
「それどっかで聞いたことあるぞ」
喧嘩から帰ってきた要がツッコミをいれる。
かの有名な赤い半魚人だ。
ともかく、と那月は言葉を始め、
「今は名前より事態の説明の方を優先したほうがいいと思うのだけれど」
と本題を始めた。
「そうでした…本来の目的から脱線していましたね。では、姫様、こちらにお座りください」
「優夜、お座りだって」
「へ?! い、犬!?」
「せぇ、んん、どぉ、うぅ!!」
「ごめんなさい、ちょっとした乙女のおちゃめな冗談よ」
珠鬼の額にピキピキと血管が浮かび上がる。
どうやら、楓のことと言い仲間の自由気ままな言動と言い、珠鬼はだいぶお怒りのようだ。
「申し訳ありません、姫様。ご無礼な姿を」
「無礼だなんて。別にいいと思うよ。十人十色とも言うし」
「なんともお優しいお言葉!」
珠鬼はもの凄い勢いで頭を下げた。
「珠鬼よ。はよ、話さぬか。じゃないと姫がまた眠りにつくぞ」
「いや、それは大丈夫です。姫様に結界を貼っておきましたので」
はっ、優夜は気づいた。
このビル、正確には起きた時点から全然眠気に襲われていないことに。
何かと体が軽いことに。
「単刀直入に言います。姫様次第で世界の運命が決まります」
「は?」
「まあ、今から話すことをまとめると、そういうことになりますね」
「だとしてもなんで私次第で世界の運命が決まっちゃうの!?」
目を見開かせながら優夜は言った。
「姫様、ソロモン王はご存知ですか?」
「まあ…よくSFマンガで何回か聞いたことあるよ。でもソロモン王って空想の人物じゃなの?」
「いいえ、実際にいました。過去形になってしまいますが」
「まさか昔にいたの…?」
「はい、ソロモン王はこの世界を創ったお方。私たちの祖先はソロモン王に使えていたといいますね」
「ここにいる皆が?!」
はい、と言葉を始め、
「そしてある日、唐突にソロモン王は殺されました。その頃王宮内ではソロモン王派と反ソロモン王派がおられました。ソロモン王派はソロモン王の意思に従うもの達が集まった組織。反ソロモン王派はそのソロモン王の意思に反し、世界を暗黒に染めるという者たちが集まった、今で言うテロ組織ですね」
苦い顔で珠鬼は言った。
「ソロモン王が死ぬ間際、ソロモン王が一番愛した娘に意思を受け継がせました。ですが、残念ながら姫様も何者かに殺され、それが全面戦争の火種になり、文明は崩壊しました」
「もしかして、その姫様の生まれ変わりが私だったりする…?」
「しますね」
優夜は絶句する。
いや、しない方がおかしいだろう。
「でもなんで私…?」
「さあ? 私たちにもわかりません。プラス私たちはソロモン王の意思を遂げるという使命がありますから」
「でもでも! 風間くん達はソロモン王派だったら、そのソロモン王の意思は知っているんじゃないの?」
「全然知りません」
「じゃあ、何も知らずにこんなことしてるの!?」
「そうですね、親からそう教わりましたから。意思を受け継いだ姫に使えよ、と」
「でも、私、そんな意思知らないよ!?」
「でもが多い」
戸惑う優夜に珠鬼は一喝をいれた。
「姫としての覚醒だって、体に現れていますよ」
「まさかあの、一年前から始まったこの過眠症のこと?」
「それ意外に何がありますか?」
「暴飲暴食」
「知りませんよ」
「…おほん、ともかくじゃ」
二人の会話に柚小菜がはいる。
すると真面目な顔をし、
「お主は選ばれた者じゃ。それに今はこうしてゆったりまったり話をしている暇はないのじゃ。お主も見たと思うが魔物のことじゃ。あの魔物は自然に現れる。それを退治するのが我らの仕事。そしてやつらが暴れた結果がこうなるのじゃ」
ポケットからリモコンを取り出し、柚小菜はテレビのスイッチをいれた。
テレビ画面にはアナウンサーと先ほど珠鬼が魔物と戦った場所が映されていた。
ビルから煙が湧き上がっており、地面は減り込んでいた。
「派手にやったのう。珠鬼」
「あれでも最小限でしました」
珠鬼は余裕そうに笑みを浮かべた。
「それでじゃ。あの魔物は姫さんが覚醒する前からちょくちょく現れていたのじゃ。まあ、その度に人払いのルーンを貼って一般人と姫さんを巻き込まないようにしたのじゃ。姫さんも実感したじゃろ?」
柚小菜の言うとおり、優夜は先ほど経験した。
不気味なほどの静寂を。
「じゃがな、今回はこの馬楓の所為で姫さんを巻き込んでしまった。影ながら珠鬼は姫さんを守り巻き込まないようにしていたのじゃ。我らも例外ではないがな」
ごめんなさい、姫様…と楓は頭を下げた。
「話を戻すが、一年前から魔物は奇妙なことに急に増え出したのじゃ。まるで誰かが製造でもしているかのようにな」
「…それって昔にソロモン王を殺した人の生まれ変わりが造ってるってこと?」
「察しがいいのう。我らはそいつが黒幕と思っておる。故にそいつは世界を暗黒に染めるという野望を持ち続けているというとこじゃ。図太いやつじゃ」
「そこで姫を教育します!!」
時間が止まる。
そして時差というもので個々が轟いた。